第71話「秋の日の贈り物」
第71話「秋の日の贈り物」
秋が深まっていた。
城下の通りに焼き芋の匂いが漂い始めた。市場の出店には秋の収穫物が山と積まれていて、城下を歩くだけで胸がいっぱいになる。
ルーン石の最初の出荷も、ルドルフ商会を通じて王都に届いた。
ルドルフからの手紙が来た。
「エリナ様へ
ルーン石の販売結果をご報告します。上位等級3個が即日完売。中位等級も1週間で全て売れました。追加の引き合いが5件来ております。エリナ様の戦略通り、供給を絞ったことで希少価値が維持されています。詳細は別紙にて。
——あと、カイン様との進展、おめでとうございます。あたしの目に狂いはなかったでしょう?
ルドルフ」
(やっぱり書いてきた……)
わかっていた。百パーセントわかっていた。それでも——読んだ瞬間、頬が熱くなった。
どこから知ったのだろう。クラウス兄様の手紙で書いたわけではないのに。
(ルドルフの情報網は、王都の諜報機関より優秀かもしれない)
昼過ぎに、城下でマルタに会った。
この娘は——最近、わたくしを見つけるのが異常に早い。嗅覚が鋭いとしか言いようがない。
「エリナ様! 聞きました?」
「何をですか」
「隣のマルテンシュタイン侯爵領から、辺境伯様に縁談の話が来ているって!」
手が——止まった。
「……縁談?」
「はい。侯爵の姪御さんだとか。美人だって噂ですよ。でもフリッツ様がお断りになったって——」
マルタの声が遠くなった。
縁談。カイン様に。マルテンシュタイン侯爵の姪。
(知らなかった。カイン様に——そういう話が来ていたなんて)
「エリナ様、顔色が変わりましたよ? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「もしかして——嫉妬?」
「し、していません!」
マルタがにっこり笑った。
「してますよ」
城に戻ってからも、胸の中がざわざわしていた。
帳簿を開いたが集中できない。数字が頭に入らない。
(嫉妬なんてしていない。フリッツが断ったと言っていた。カイン様は——わたくしに「好きだ」と言ってくれた。なのに——なぜ、こんなに気になるの)
夕方。城壁に上がった。
カイン様がいた。いつもの場所に。
手を繋いだ。
しばらく黙って、夕焼けを見ていた。
「カイン様」
「何だ」
「マルテンシュタインからの——縁談の話を、聞きました」
カイン様が——こちらを見た。
「断った」
即答だった。一秒もかからなかった。
「いつから——」
「お前が来る前からある話だ。何度も来ている。ずっと断っていた。今後も断る」
胸の奥のざわつきが——静まった。
でも——もう一つ、聞きたいことがあった。
「……なぜ、言ってくださらなかったのですか」
カイン様が——少し、首を傾けた。
「言う必要がないと思った」
「必要がない?」
「俺にはお前しかいない。他の誰の話も——関係がない」
心臓が——大きく跳ねた。
この人は——こういうことを、何の前触れもなく、真顔で言う。
恥ずかしいとか、照れるとか——そういう概念が欠落しているのか。いや、視線だけがほんの一瞬、逸れた。それなのに、口は止まらない。この人の正直さは——本当に、反則だ。
「カイン様」
「何だ」
「もう少し——そういうことは、事前に教えてくださいませ。心臓に悪いですわ」
「……ああ」
カイン様の耳が赤い。わたくしの耳も——赤いだろう。
秋の風が、二人の間を通り抜けた。
手を繋いだまま、少し笑った。
嫉妬していた。認めよう。していた。マルタの言う通りだ。
でも——この人の「俺にはお前しかいない」を聞いたら、もう何も怖くなかった。
城壁を降りるとき、ルドルフへの返信を頭の中で書いた。
「ルドルフへ。ルーン石の売上報告、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。——なお、あなたの目が正しかったことは、認めます。ただし、それ以上は聞かないでください。追伸——カイン様は元気です。耳は相変わらず赤いです」
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