第65話「クラウス、辺境に立つ」
第65話「クラウス、辺境に立つ」
城門の前に立って、街道の先を見ていた。
秋の朝。空気は冷たくて、吐く息がうっすらと白い。遠くの山の稜線に朝日が当たって、紅葉が金色に輝いている。
ヨハンナが隣に立っている。フリッツが城門の脇に控えている。ディートリヒがカイン様の後ろに立っている。
カイン様は——城門の柱にもたれるように立っていた。腕を組んでいるが、指先が外套の袖を掴んでいる。
街道の向こうから、馬蹄の音が聞こえてきた。
最初は遠く。それから、はっきりと。
土煙が上がった。数頭の馬影が見えた。先頭の騎馬が——近衛騎士の紋章入りの外套を翻しながら、城門に向かってくる。
クラウス・フォン・ヴァルトシュタインが——辺境に来た。
馬を降りた兄の姿は、王都にいた頃と変わらなかった。銀灰色の髪を短く整え、紫紺の目——わたくしと同じ色——が朝の光の中で光っている。近衛騎士の白い外套に、ヴァルトシュタイン家の紋章。背が高くて、肩幅が広くて、堂々とした姿だった。
「お兄様!」
駆け寄りたい衝動を押さえて——それでも少し早足になってしまった。
クラウス兄様が手綱を従者に渡して、こちらに歩いてきた。
一瞬——わたくしの顔を、じっと見つめた。
「……変わったな、エリナ」
「お兄様こそ。ますますご立派に」
「そういうことじゃなくて——」
兄の目がわたくしの顔を探るように動いた。何を見ているのだろう。
「いい顔してるじゃないか」
その一言で——胸の奥が、ほどけた。
(兄に認めてもらえた。それだけで——こんなに、嬉しい)
「ありがとうございます、お兄様」
「あとで色々聞かせろ。手紙だけじゃ足りないんだ」
カイン様が、城門の柱から一歩、前に出た。
クラウス兄様の目がカイン様を捉えた。
空気が——一瞬だけ、変わった。
「ドラクロワ辺境伯。妹がお世話になっています」
クラウス兄様の声は丁寧だが——その目は笑っていなかった。計量している目だ。相手を測っている。近衛騎士として、そして兄として。
「クラウス・フォン・ヴァルトシュタイン卿。遠路ご苦労だった」
カイン様の声はいつも通り低く、平坦だった。
二人が——互いを見ていた。
クラウス兄様は「この男は、妹を大事にしているか」を。
カイン様は——おそらく「エリナの兄に、どう接すればいいか」を。
わたくしは二人の間に立ちながら、少しだけ胃が重くなるのを感じていた。
城の中を案内した。管理棟、帳簿の部屋、温室、城壁の見張り台。
クラウス兄様は一つ一つを丁寧に見て、時折メモを取っていた。
「なるほど……この温室は、お前の発案か」
「はい。暖炉石と石壁の蓄熱を利用して——」
「報告書で読んだが、実物はすごいな。王都の農務官に見せたいくらいだ」
兄が素直に感心してくれることが、嬉しかった。
夕食は、城の食堂で取った。
カイン様、クラウス兄様、わたくし。フリッツとディートリヒが控えている。ゾフィが腕によりをかけた料理が並んでいた。
根菜のスープ。焼き肉。温室の野菜を使った付け合わせ。焼きたてのパン。
「ゾフィ。これは美味いな」
兄が素直に褒めると、ゾフィが嬉しそうに頭を下げた。
食事の間、クラウス兄様とカイン様の間に——ぎこちない沈黙があった。
兄は社交的な人だが、カイン様の寡黙さの前では——言葉の持って行き場がない。カイン様は普段通り静かに食事をしているだけなのだが、兄にはそれが「壁」に見えているのだろう。
わたくしは間に入って、辺境の話題を振った。温室のこと。燻製サーモンのこと。城下の変化のこと。
「お前、ここで楽しそうだな」
クラウス兄様が、わたくしを見て言った。笑っていた。
「ええ。とても」
そう答えたとき——カイン様の目が、ほんの一瞬だけ、わたくしを見た。
すぐに器に目を戻した。何事もなかったように。
でも——クラウス兄様は、それを見逃さなかった。
食事が終わって、わたくしが客室まで兄を案内した。
「おやすみなさい、お兄様。明日は城下もご案内しますね」
「ああ。——エリナ」
「はい」
兄が、少し声を低くした。
「あの辺境伯——お前を見る目がある」
「……え」
「他の人間を見る目と、お前を見る目が違う。俺は見逃さないぞ」
クラウス兄様が、にやりと笑った。
「明日、あの男と少し話をさせてもらう」
わたくしは廊下を歩きながら、頬の熱を感じていた。
(お兄様に——バレている。完全に)




