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婚約破棄されたので辺境で好きに生きます〜なぜか辺境伯に溺愛されていますが〜  作者: きなこ
第3章「告白と因果応報」

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第66話「兄の目」

 翌朝、クラウス兄様と城下を歩いた。


 温室を見せた。露地の畑を見せた。市場を案内して、燻製サーモンの加工場を見せた。


第66話「兄の目」


 兄は一つ一つを丁寧に見て、時折わたくしに質問した。農業のこと。商売のこと。ルーン石のこと。辺境の冬のこと。


---


「すごいな……お前がこれをやったのか」


 市場を一回りして、城門に向かって歩きながら、兄が言った。


「わたくし一人の力ではありません。カイン様や、ルドルフや、みんなの——」


「いや」


 兄が足を止めた。


「お前の力だ。それは認める」


 まっすぐな目だった。近衛騎士として人を見る目——ではなく、兄として妹を見る目だった。


---


「一年前、お前が辺境に行くと言ったとき——正直に言う。俺は反対だった」


「知っています」


「書斎で父上と一緒にお前の説明を聞いて——まあ、論理は通っていた。でも心配だった。お前が一人で、こんな辺境で——」


 兄が息を吐いた。


「杞憂だったな」


---


 城に戻ったのは昼過ぎだった。


 カイン様が管理棟の前にいた。巡回から戻ったところらしく、外套にまだ朝の冷気が残っていた。


「辺境伯」


 クラウス兄様が声をかけた。


「少し話がしたい。二人きりで」


---


 わたくしは——二人を残して、管理棟の中に入った。


 帳簿を開いたが——正直、一文字も頭に入らなかった。


(お兄様が、カイン様と何を話しているのだろう)


---


 管理棟の窓から、中庭が見えた。


 カイン様とクラウス兄様が、中庭の石のベンチの近くに立っていた。


 クラウス兄様が何かを言った。カイン様が答えた。


 表情は——ここからは見えない。


---


 十五分ほど経って、二人が戻ってきた。


 クラウス兄様の顔は——穏やかだった。怒っている様子はない。


 カイン様の顔は——いつも通り無表情だった。ただ——耳が、微かに赤かった。


---


 夕方、兄と二人きりになったとき——聞いた。


「お兄様。カイン様と、何をお話しになったのですか」


「単刀直入に聞いた。妹をどう思っているか、と」


「お兄様!」


「兄として当然の質問だ」


---


 クラウス兄様が腕を組んだ。


「あの男は——『大切な人間だ』と言った」


「……そうですか」


「『それだけか?』と聞いたら——」


「聞いたのですか」


「当然だ。そうしたら、こう言った。『それ以上のことは——本人に伝えた』と」


---


 胸が——熱くなった。


 カイン様がクラウス兄様に、そう答えたのだ。「本人に伝えた」と。


(この人は——嘘をつけない人だから。兄の前でも、取り繕わないのだ)


---


「正直に言おう。あの寡黙な男が——お前に何かを伝えたという事実だけで、俺は驚いた」


「お兄様」


「合格だ」


「……え」


「兄としての審査。お前を泣かせるような男じゃない。あの不器用さは——本物だ」


---


 クラウス兄様が、にっと笑った。


「あの男、お前のことになると声が変わるぞ」


 顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。


「お兄様! そういうことを——」


「事実だ。他の話をしているときは低い声で淡々と答えるのに、お前の名前が出た途端——声のどこかが柔らかくなる。本人は気づいていないだろうがな」


---


 わたくしは両手で顔を押さえた。


「もう、お兄様——」


「からかっているんじゃない。安心しただけだ」


 兄の声が、少し低くなった。


「一年前、お前を送り出したとき——ずっと心配していた。あいつは妹を大事にしてくれるのか。妹は幸せなのか。手紙だけではわからなかった。だから来た」


---


「お前は——幸せか、エリナ」


「はい」


 迷いなく答えた。


「ここが——わたくしの場所です。お兄様」


---


 クラウス兄様が——少しだけ、目を細めた。


「そうか」


 一言だった。でもその一言に——兄の安堵の全てが詰まっていた。


---


 翌日、クラウス兄様の滞在最終日。


 朝食のとき、兄がカイン様に向かって言った。


「辺境伯。妹を——頼む」


 カイン様が——顔を上げた。


「……ああ」


 短い言葉だった。でもその声は——わたくしが今まで聞いた中で、一番力のこもった「ああ」だった。


---


 窓の外に——兄が立っていた広場が見えた。


(お兄様。また——来てくださいね)


 胸の中が、温かかった。


 ——ふと、カイン様の方を見た。窓の外を見ている横顔が、いつもより少しだけ、遠い気がした。



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