第59話「化けの皮」
第59話「化けの皮」
王都、聖殿の大広間。
秋の叙勲式——国王テオドール臨席のもとで行われる、王国の公式行事だ。
広間には百名を超える貴族が居並んでいた。金糸の刺繍が施されたドレスと正装の軍服。燭台の光が天井のモザイクに反射して、広間全体を黄金色に染めている。
メリアは広間の一角に立っていた。聖女として——今日も、白い法衣を纏って。
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式は滞りなく進んでいた。
国王の祝辞。叙勲の授与。拍手。形式に則った、穏やかな行事。
メリアは微笑みを顔に貼りつけたまま、立ち続けていた。手は法衣の袖の中で——握りしめている。
胸元に隠した聖光石は、もうほとんど光らない。最後の一つだった。
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そのとき——広間の奥で、悲鳴が上がった。
「きゃっ——!」
子供の声だった。叙勲を受けた騎士の息子——七歳ほどの少年が、大広間の階段から足を滑らせて転落した。
石の床に叩きつけられる鈍い音。
「テオ!」
父親の騎士が駆け寄る。少年の額から血が流れていた。右腕が不自然な角度に曲がっている。
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広間が騒然とした。
侍医が呼ばれる前に——周囲の視線が、一斉にメリアに向いた。
「聖女様——!」
「聖女様、お力を!」
「あの子を——どうか!」
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メリアの足が、止まった。
心臓が、鳴っている。手が——もう、隠せないほどに震えていた。
(だめ。だめ。今は——力が)
周囲の期待の目が、四方から突き刺さってくる。聖女として三年間——こういう場面で手をかざし、光を放ち、傷を癒してきた。あの光があれば。
あの光は——もうない。
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「聖女様!」
父親の騎士が、すがるような目でメリアを見ていた。
メリアは一歩、前に出た。足が重い。
少年の前にひざまずいた。両手をかざした。
聖光石に、意識を集中する。光れ。光れ。お願いだから——
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手の下に、微かな光が灯った。
蝋燭よりも弱い、頼りない光。メリアの持つ光属性の魔力——Bランク程度の、ほんの小さな力。
少年の額の傷に手を当てた。光が触れる。けれど——血は止まらない。腕の骨も、動かない。
「……お力が、今日は……体調が——」
声が擦れた。
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広間が、静まった。
誰もが見ていた。
宮廷魔法師バウムが、広間の柱の影から冷静に観察していた。光の強度を目測し、放射パターンを確認している。七十年の経験が——今、この瞬間を記録していた。
神官長ハインリッヒも、貴族席の端から動かない目で見ていた。
シュテファンは父王の隣に立ちながら、弟を見た。アルフレートは——顔が白かった。
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そして——ヴィルヘルム公爵がいた。
エリナの父。六十に近い壮年の公爵は、広間の中央からやや離れた場所に立っていた。
その目が——冷たく光った。
(この女が——わたしの娘を陥れた女か)
公爵はメリアを見ていた。震える手。消えかけの光。額から血を流し続ける子供。
三年前。この女が「聖女」として現れたとき、娘は婚約を破棄された。社交界から追い出された。辺境に送られた。
今——その「聖女」が、子供一人の傷すら癒せずにいる。
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「もう結構だ」
声が広間に響いた。ヴィルヘルム公爵ではなかった。
侍従武官の一人が、通常の治癒魔法師を連れてきていた。
「治癒の専門家が参りました。聖女様はどうかお下がりください」
治癒魔法師が少年の前にひざまずき、両手をかざした。暖かい緑色の光が傷を包む。数秒で出血が止まり、骨が正しい位置に戻っていく。
聖女の力では届かなかった傷を、通常の治癒魔法師が——十秒で治した。
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広間に、ざわめきが走った。
言葉にはされていない。けれど——全員がわかっていた。
聖女の光は、もう消えている。
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メリアは立ち上がった。
青ざめた顔で、静かに広間を出た。背筋を伸ばして。微笑みを保って。けれどその足取りが——僅かに、揺れていた。
誰もメリアを呼び止めなかった。
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広間の外の廊下。
メリアは角を曲がったところで——壁に手をついた。
膝が崩れた。
石の床に膝をつく。法衣の白い裾が広がった。
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「終わった——」
声が、唇から漏れた。
手を見た。何の光も灯らない手のひら。
三年間、この手で——嘘をついてきた。聖女ではないのに、聖女のふりをした。聖光石の力を借りて、光を放って、周囲を欺いた。
アルフレートを惹きつけるために。エリナ・フォン・ヴァルトシュタインから、婚約者を奪うために。
でも——もう、終わった。石も、嘘も、全て。
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廊下の向こうから、足音が近づいてきた。
メリアは慌てて立ち上がろうとした。けれど足に力が入らない。
「メリア」
アルフレートの声だった。
「大丈夫か。体調が悪いのなら——」
「……大丈夫です。少し、立ちくらみが」
アルフレートが手を差し出した。メリアはその手を取って、立ち上がった。
アルフレートの目が——不安で揺れていた。今まで見たことのない表情だった。確信が、初めて——僅かに、揺らいでいた。
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翌日。
メリアの元に、一通の書簡が届いた。
神官庁の正式な封印。蝋封には聖典の紋章。
「聖女の力の検証のため、王宮魔法庁への出頭を命ずる」
日付は——三日後だった。
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メリアは書簡を読み終えて、そっと膝の上に置いた。
窓の外に、秋の風が吹いていた。
もう、逃げる場所はなかった。




