表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので辺境で好きに生きます〜なぜか辺境伯に溺愛されていますが〜  作者: きなこ
第3章「告白と因果応報」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/119

第59話「化けの皮」

第59話「化けの皮」


 王都、聖殿の大広間。


 秋の叙勲式——国王テオドール臨席のもとで行われる、王国の公式行事だ。


 広間には百名を超える貴族が居並んでいた。金糸の刺繍が施されたドレスと正装の軍服。燭台の光が天井のモザイクに反射して、広間全体を黄金色に染めている。


 メリアは広間の一角に立っていた。聖女として——今日も、白い法衣を纏って。


---


 式は滞りなく進んでいた。


 国王の祝辞。叙勲の授与。拍手。形式に則った、穏やかな行事。


 メリアは微笑みを顔に貼りつけたまま、立ち続けていた。手は法衣の袖の中で——握りしめている。


 胸元に隠した聖光石は、もうほとんど光らない。最後の一つだった。


---


 そのとき——広間の奥で、悲鳴が上がった。


「きゃっ——!」


 子供の声だった。叙勲を受けた騎士の息子——七歳ほどの少年が、大広間の階段から足を滑らせて転落した。


 石の床に叩きつけられる鈍い音。


「テオ!」


 父親の騎士が駆け寄る。少年の額から血が流れていた。右腕が不自然な角度に曲がっている。


---


 広間が騒然とした。


 侍医が呼ばれる前に——周囲の視線が、一斉にメリアに向いた。


「聖女様——!」


「聖女様、お力を!」


「あの子を——どうか!」


---


 メリアの足が、止まった。


 心臓が、鳴っている。手が——もう、隠せないほどに震えていた。


(だめ。だめ。今は——力が)


 周囲の期待の目が、四方から突き刺さってくる。聖女として三年間——こういう場面で手をかざし、光を放ち、傷を癒してきた。あの光があれば。


 あの光は——もうない。


---


「聖女様!」


 父親の騎士が、すがるような目でメリアを見ていた。


 メリアは一歩、前に出た。足が重い。


 少年の前にひざまずいた。両手をかざした。


 聖光石に、意識を集中する。光れ。光れ。お願いだから——


---


 手の下に、微かな光が灯った。


 蝋燭よりも弱い、頼りない光。メリアの持つ光属性の魔力——Bランク程度の、ほんの小さな力。


 少年の額の傷に手を当てた。光が触れる。けれど——血は止まらない。腕の骨も、動かない。


「……お力が、今日は……体調が——」


 声が擦れた。


---


 広間が、静まった。


 誰もが見ていた。


 宮廷魔法師バウムが、広間の柱の影から冷静に観察していた。光の強度を目測し、放射パターンを確認している。七十年の経験が——今、この瞬間を記録していた。


 神官長ハインリッヒも、貴族席の端から動かない目で見ていた。


 シュテファンは父王の隣に立ちながら、弟を見た。アルフレートは——顔が白かった。


---


 そして——ヴィルヘルム公爵がいた。


 エリナの父。六十に近い壮年の公爵は、広間の中央からやや離れた場所に立っていた。


 その目が——冷たく光った。


(この女が——わたしの娘を陥れた女か)


 公爵はメリアを見ていた。震える手。消えかけの光。額から血を流し続ける子供。


 三年前。この女が「聖女」として現れたとき、娘は婚約を破棄された。社交界から追い出された。辺境に送られた。


 今——その「聖女」が、子供一人の傷すら癒せずにいる。


---


「もう結構だ」


 声が広間に響いた。ヴィルヘルム公爵ではなかった。


 侍従武官の一人が、通常の治癒魔法師を連れてきていた。


「治癒の専門家が参りました。聖女様はどうかお下がりください」


 治癒魔法師が少年の前にひざまずき、両手をかざした。暖かい緑色の光が傷を包む。数秒で出血が止まり、骨が正しい位置に戻っていく。


 聖女の力では届かなかった傷を、通常の治癒魔法師が——十秒で治した。


---


 広間に、ざわめきが走った。


 言葉にはされていない。けれど——全員がわかっていた。


 聖女の光は、もう消えている。


---


 メリアは立ち上がった。


 青ざめた顔で、静かに広間を出た。背筋を伸ばして。微笑みを保って。けれどその足取りが——僅かに、揺れていた。


 誰もメリアを呼び止めなかった。


---


 広間の外の廊下。


 メリアは角を曲がったところで——壁に手をついた。


 膝が崩れた。


 石の床に膝をつく。法衣の白い裾が広がった。


---


「終わった——」


 声が、唇から漏れた。


 手を見た。何の光も灯らない手のひら。


 三年間、この手で——嘘をついてきた。聖女ではないのに、聖女のふりをした。聖光石の力を借りて、光を放って、周囲を欺いた。


 アルフレートを惹きつけるために。エリナ・フォン・ヴァルトシュタインから、婚約者を奪うために。


 でも——もう、終わった。石も、嘘も、全て。


---


 廊下の向こうから、足音が近づいてきた。


 メリアは慌てて立ち上がろうとした。けれど足に力が入らない。


「メリア」


 アルフレートの声だった。


「大丈夫か。体調が悪いのなら——」


「……大丈夫です。少し、立ちくらみが」


 アルフレートが手を差し出した。メリアはその手を取って、立ち上がった。


 アルフレートの目が——不安で揺れていた。今まで見たことのない表情だった。確信が、初めて——僅かに、揺らいでいた。


---


 翌日。


 メリアの元に、一通の書簡が届いた。


 神官庁の正式な封印。蝋封には聖典の紋章。


「聖女の力の検証のため、王宮魔法庁への出頭を命ずる」


 日付は——三日後だった。


---


 メリアは書簡を読み終えて、そっと膝の上に置いた。


 窓の外に、秋の風が吹いていた。


 もう、逃げる場所はなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ