第58話「神官長の決断」
第58話「神官長の決断」
王都、第一王子シュテファンの執務室。
室内は質素だった。壁には地図が二枚。机には書類の束。窓から差し込む秋の光が、磨かれた木の机の上を照らしている。
シュテファンは椅子に座って、神官長ハインリッヒの報告を聞いていた。
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「バウム顧問の計測記録は、三年分の全データを精査した上での結論です。加えて——」
ハインリッヒは机の上に三つの文書を並べた。
一つ目。バウムの計測記録——メリアの光の波長が聖光石と酷似していること。
二つ目。商人ギルドの内部調査書——ハウアー副会長が処分される前に取引していた聖光石の流通経路。購入者の名義に、アルフレートの側近の名が載っている。
三つ目。メリアの衣服から検出された微量の魔力残留物の分析報告。聖光石を肌に密着させた場合に残る特徴的な痕跡と一致。
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シュテファンは三つの文書を順に手に取り、読んだ。
顔色は変わらなかった。もともと穏やかな表情を崩さない人だが、今日は——その穏やかさの底に、静かな怒りがあった。
「神官長。率直に聞く」
「はい」
「これは——聖女詐称で間違いないと」
「はい、殿下。三年間の偽りです」
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シュテファンは文書を机に置いた。
窓の外を見た。王都の秋空は高く澄んでいる。
「公式の調査として進める。ただし——慎重に」
「殿下のお考えは」
「聖女の力は国民の信仰に関わる。偽りだったと発表すれば——混乱は避けられない。発表の仕方と時期を慎重に選ぶ必要がある」
神官長が頷いた。
「もう一つ」とシュテファンが言った。「弟のことだ」
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沈黙が落ちた。
シュテファンの目が、机の上の書類に戻った。購入者名義に載っている側近の名前——それはアルフレートの侍従のものだった。
「弟が——どこまで知っていたか。それも調べる必要がある」
「殿下」
「言いたいことはわかっている、ハインリッヒ。弟がもし共謀していたなら——王家の恥だ。そうでないなら——騙されていたということだ。どちらにせよ」
シュテファンは静かに息を吐いた。
「弟にとって、辛い真実になる」
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その日の夕方。
シュテファンは弟の執務室を訪ねた。
アルフレートは書類を前に座っていたが、目は書類を追っていなかった。窓の外を見ている。
「兄上」
「少し話がある」
シュテファンが向かいの椅子に座った。兄弟二人だけの、静かな部屋。
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「最近のメリアの様子はどうだ」
アルフレートが眉を寄せた。
「……メリアは、少し疲れているだけです。最近は夜中に一人で祈っていることが多い。信仰深い方ですから」
(祈っている——のではなく、追い詰められているのだ。弟にはそれが見えていない)
シュテファンは内心でそう思ったが、口にはしなかった。
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「弟よ」
「はい」
「今からでも遅くない。自分の目で——周りを見直せ」
アルフレートが顔を上げた。
「兄上の言いたいことはわかっています」
「本当にわかっているか」
「メリアのことでしょう。何度も聞きました。しかし——メリアは聖女です。それは変わりません」
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シュテファンは弟の目を見た。
確信に満ちた目だった。けれどその確信は——事実に基づいたものではなかった。メリアの微笑みと、柔らかな声と、「殿下」と呼ぶときの甘い響き——それだけが根拠の、脆い確信だった。
(弟よ。お前はまだ——わからないのか)
シュテファンは立ち上がった。
「忠告はした。あとは——お前が決めることだ」
扉に手をかけたとき、もう一度だけ振り返った。
「一つだけ聞く」
「何ですか」
「お前が婚約を破棄した——エリナ・フォン・ヴァルトシュタインのこと。考えたことはあるか」
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アルフレートの表情が、一瞬だけ固まった。
「……なぜ、今その名前を」
「辺境からの報告書を読んだ。あの娘は——鉱山崩落の現場で人を救い、辺境の経済を立て直し、今では辺境伯と共に領地を変えつつある。お前が『不要だ』と捨てた女だ」
アルフレートの拳が、膝の上で握りしめられた。
「……あいつは、ただの——」
「ただの、何だ」
言葉が続かなかった。
シュテファンは静かに扉を開けて、出ていった。
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一人になったアルフレートは、しばらく動かなかった。
窓の外に、秋の夕焼けが広がっている。
エリナの顔を思い出そうとした。淡い銀灰色の髪。紫紺の目。婚約破棄を宣言したとき——微笑んで「ありがとうございます」と言った、あの顔。
あの時は、清々したと思った。
今——その記憶が、胸の奥で小さな棘になっていることに、アルフレートはまだ気づいていなかった。
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翌日。
神官長の執務室に、調査チームの編成書が完成した。
宮廷魔法師二名。神官庁の上級神官一名。王宮の書記官一名。
「メリア・シュヴァルツへの正式な調査通知は——三日後に届けます」
ハインリッヒはペンを置いた。
一人の女の嘘が、ゆっくりと、しかし確実に——解き明かされようとしていた。




