表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので辺境で好きに生きます〜なぜか辺境伯に溺愛されていますが〜  作者: きなこ
第3章「告白と因果応報」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/119

第56話「聖女の影」

第56話「聖女の影」


 王都、宮廷魔法庁。


 窓のない石造りの部屋に、朝の光は届かない。壁に等間隔で掛けられた魔灯だけが、白い光を床に落としていた。


 机の上に、一通の報告書が広げられている。


---


 神官長ハインリッヒ・フォン・ゼーベルクは、報告書の最後の行を読み終えて、静かに目を閉じた。


 六十を超えた痩身の老人で、銀灰色の髪を後ろに撫でつけ、法衣の襟元には聖典の紋章が縫い取られている。穏やかな顔つきだが、その目は——四十年の奉仕を経て、人の嘘を見抜くことに慣れている目だった。


 報告書の署名は、宮廷魔法師バウム。七十年の経験を持つ老魔法師が、その流儀で——確信を持って初めて筆を執るという流儀で——書き上げた文書だった。


---


「メリア・シュヴァルツが放つ光の波長は、聖女の顕現として歴史的に記録されている波長と一致しない。むしろ——市販の聖光石から放射される人工光と酷似する」


 バウムの文章は淡々としていた。感情を排した、計測値と比較データの羅列。けれどその一行一行が、一人の女の虚構を静かに解体していた。


 光の波長。放射パターン。持続時間の推移。


 三年分の記録が並べられている。メリアが「聖女」として初めて光を放った日から、直近の計測まで。光は——年を追うごとに弱まっていた。聖女の力なら、ありえない推移だった。


---


「確認の段階は、終わりました」


 神官長は報告書を閉じた。


「これは——証拠です」


 部屋に誰もいなかった。独り言だった。けれどその声には、何かに終止符を打つ重さがあった。


---


 同じ日の午後。


 王都の東区画、かつてアルフレートが手配した居室にメリア・シュヴァルツは一人でいた。


 部屋は広い。調度品も揃っている。けれど——以前と比べると、花が少なくなっていた。以前は毎日届いていた生花が、週に一度になり、今は月に一度届くかどうかだ。


 メリアは鏡台の前に座っていた。


---


 鏡の中の自分を見る。


 亜麻色の髪はまだ整えてある。薄い緑色の目も、昔と変わらない。けれど——肌の色が少し褪せている。睡眠が足りていないのだ。


 手を持ち上げた。


 掌の上に、微かな光が灯った。自分の魔力で出せる、ほんの小さな光。光属性の魔力はある。Bランク程度の。でも——それは「聖女の光」ではない。


 聖光石がなければ、あの圧倒的な光は出せない。


 そして——その聖光石が、もう手に入らなくなっていた。


---


 ハウアー副会長が処分を受けた。王都商人ギルドの闇ルートは完全に途絶えた。アルフレートの名義で購入することもできなくなった。


 自分の資金で探そうとした。けれど——聖光石は希少品だ。正規の流通に乗る品は全て王宮の記録に載る。裏で動ける商人は、もういない。


 メリアは手を下ろした。


 光が消えた。


「わたしは——まだ、聖女よ」


 声に出して言った。鏡に向かって。


「まだ——」


 手が、震えていた。


---


 そのとき、部屋の扉が叩かれた。


「メリア様。お手紙が届いております」


 侍女の声だった。メリアは表情を整えて——鏡の前で一瞬だけ笑顔を作ってから、扉を開けた。


 受け取った封書の蝋封に——神官庁の紋章が押してあった。


 メリアの指が止まった。


「ありがとう。下がっていいわ」


 声は平静だった。侍女が去るまで、手は動かなかった。


---


 一人になって、封を切った。


 文面は短い。


「聖女認定に関する定期的な再確認のため、王宮魔法庁への出頭をお願いいたします。日時は——」


 定期的な再確認。


 そんなものは、三年間一度もなかった。


 メリアは手紙を机に置いた。指先が白くなるほど、手を握りしめていた。


---


(大丈夫。大丈夫よ。まだ——方法はある。何か——何かあるはず)


 思考が空回りしている。


 聖光石を手に入れる方法。検査を避ける方法。時間を稼ぐ方法。


 ——何もなかった。


 メリアは椅子に座ったまま、窓の外を見た。王都の秋の空は高く澄んでいて、残酷なほど美しかった。


---


 同刻。王宮の東翼、執務室の一角。


 神官長ハインリッヒは、一通の面会申請書に署名をしていた。


 宛先は——第一王子、シュテファン・フォン・ルヴェンタール殿下。


「殿下。お時間をいただきたい件がございます」


 ペンを置いた。


 書類を封筒に入れ、蝋封を押した。


 この封が開かれたとき——一つの嘘が、終わりに向かって動き始める。


 神官長はそれを知っていた。四十年の経験が告げていた。


---


 真実は——静かに、しかし確実に、扉を叩いている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ