表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので辺境で好きに生きます〜なぜか辺境伯に溺愛されていますが〜  作者: きなこ
第2章「辺境の花、咲き始める」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/58

第43話「販売戦略」

第43話「販売戦略」


 鉱山崩落から十日ほど経った昼下がり。ルドルフが約束の資料を抱えてきた。


 管理棟の長机に、三人で向き合っている。中央にカイン様。右にルドルフ。わたくしは左側。窓から差し込む午後の光が、テーブルの上の書類を照らしている。


 机の上には、王都の魔法道具商から仕入れたルーン石の市場価格表と、ゲルツ親方がまとめた鉱脈調査報告書が広げてあった。ルーン石一個、金貨五枚。それが今の王都での流通価格だ。


「まず現状ですが」


 ルドルフが資料の一枚を指で押さえた。


「ルーン石の主な産地は王国南部の山岳地帯に集中しています。小規模の鉱山が四つ。どれも一族経営で、採掘量が少ない。供給が慢性的に足りていない」


「つまり、売り手市場ですね」


「その通りです。王都の魔法道具商が正直に言っていましたよ。『在庫があれば即日完売する。買えない客を返しているくらいだ』と」


 わたくしは数字を頭の中で並べ始めた。


(供給不足の市場に、大規模鉱脈の産出品が入る。扱い方を間違えたら価格が崩壊する。でも正しく扱えば——)


---


「さて、販売の方針についてお話ししてもよろしいでしょうか」


 カイン様が一言。


「聞く」


 ルドルフが少し背を伸ばした。


「ぜひ」


(前世なら上司の顔色を窺いながら、資料の数字を何度も確認してからの報告だった。今は対等な議論の場だ。ありがたい)


---


「四段階で考えています」


 わたくしは白紙に番号を振りながら言った。


「第一に——最初の一年は量を絞ります。品質の高いものだけを厳選して少量を出す。供給が増えすぎれば価格が崩れますから、希少価値を保つことが最優先です」


 ルドルフが頷いた。


「辺境産ルーン石は、量ではなく質で名前を売る段階ですわ。今ある南部産地と同じ水準の供給量に留めて、まず市場に『辺境グラフ産』の名前を認知させる」


「希少品としての地位を先に確立する。理にかなっています」


---


「第二に、販路の一本化です。ルドルフ商会に独占販売代理をお願いしたい。窓口を複数にすると値崩れが起きます」


「あたしが独占で?」


「信頼できる王都のネットワークを持っているあなたに任せるのが、一番確実です。石の流通量を管理できる唯一の商会です」


 ルドルフがわずかに目を細めた。商人の目だった。


---


「第三段階では、石のまま売るだけでなく加工品を並行して出します。灯り具、暖房石、農業補助具——需要があるのに供給元がない分野です」


「そして第四段階として、魔法道具工房の辺境への誘致。原石を外に出して加工するより、工房をこちらに招いた方が運搬の費用も減りますし、辺境に新しい仕事が生まれます」


 ルドルフが紙に書き付けながら答えた。


「王都で場所を探している小規模工房が二、三軒あります。声をかけてみますよ」


「助かります」


---


 カイン様が腕を組んだまま口を開いた。


「鉱山の警備はどうする」


(やはりそこだ。経済より先に安全を見る)


「そこが一番手薄な部分です。鉱脈の情報が漏れれば、不法採掘者が入る恐れがあります」


「ベルンハルト」


 カイン様が扉の方に声をかけた。控えていたベルンハルトが入ってくる。


「クレイン村の鉱山に専任の警備隊を編成してくれ。お前が指揮を取れ。必要な兵員の見積もりを出してほしい」


「承知しました」


---


 ベルンハルトが頷いた。退室しかけて——扉の前で、ふと足を止めた。


「カイン様」


「なんだ」


「——命令に"思う"が混じるようになりましたな」


 カイン様の手が、書類の上で一瞬止まった。


「……何の話だ」


「以前は『やれ』で終わっていたものが、最近は『してくれ』や『してほしい』に変わっておいでです」


---


 ベルンハルトの顔は、いつもの鉄面皮のままだった。観察をそのまま口にしただけ、というふうにも見える。


「変わったことがおありなのかと」


 何も付け加えず、静かに礼をして出ていった。


---


 残された三人の間に、短い沈黙が落ちた。


 ルドルフが何食わぬ顔で書類に目を戻した。その口端がわずかに上がっているのを、わたくしは見逃さなかった。


 話し合いに戻った。石の選別基準、運搬方法、価格の上限と下限——一つずつ決めていく。


 わたくしとルドルフが計算表を挟んでやりとりしていると、次第にテンポが上がった。


「この経路なら王都まで一週間短縮できます。費用は若干上がりますが——」


「初年度の価格設定で吸収できます。ここに数字を入れると——」


 計算表に書き込んで、ルドルフに見せる。


「ああ——なるほど。こう組むのか。よく回転しますね、頭が」


---


 そのとき、カイン様がぽつりと言った。


「その経路で問題ない。採用する」


 わたくしが計算書を正式な提案書にまとめる前に——もう、決まっていた。


 ちょうどお茶を運んできたディートリヒが、盆をテーブルに置きながら言った。


「旦那様。即答でしたね」


---


「何がだ」


「エリナ様のご提案に。書類を確認するより先に、もう頷いていらっしゃいました」


 わたくしは紅茶のカップに目を落とした。頬に熱が集まるのがわかった。


「合理的な提案だ。それだけだ」


 カイン様の声は低く、平静だった。


 ただ——視線が、わたくしから窓の外へ逸れた。


 ディートリヒは何も言わず、穏やかな顔のまま静かに退室した。


---


---


 会議が終わり、ルドルフが書類をまとめ始めた。帽子を取り上げ、革の書類袋を肩にかける。


「いやあ、今日も充実した会議でした。辺境伯、よろしい経済顧問をお持ちで」


「仕事の話は以上か」


「はい。あとは実行に移すだけです」


 ルドルフが席を立ち、帽子を被り直して扉の方へ歩きかけて——わたくしの横で立ち止まった。


---


「エリナ様」


「はい」


「ひとつだけ言っていいですか」


 ルドルフの声は、いつもより静かだった。冗談の気配がない。


「あなたと仕事をするのは、商人として最高の贅沢ですよ。これだけ頭が切れて、しかも誠実な方と仕事ができるのは」


 胸がじんとした。


「ルドルフさん……ありがとうございます」


「ただ」


 ルドルフが、くっと口端を上げた。琥珀色の目が、一瞬だけカイン様の方を流れる。


「カイン様は——別の意味でのパートナーになりたそうですがね」


---


 一秒、何の音もしなかった。


「ル——」


「それでは、また来週」


 ルドルフが軽やかに退室した。扉がぱたん、と閉まる。


 わたくしは計算表を眺めることにした。数字を見る。見ているが、何も入ってこない。


(ルドルフさん。なんということを——)


---


 恐る恐るカイン様を見た。


 カイン様は窓の外を向いていた。横顔しか見えない。


 でも——耳の縁が、はっきりと赤い。


「カイン様」


「……なんだ」


「あの、ルドルフさんは——その——ああいう方ですので」


「知っている」


 低い声。


「口が軽い」


 それ以上は何も言わなかった。


 カイン様が書類に目を戻した。わたくしも計算表に視線を落とした。


 顔の熱が引かない。数字が一つも頭に入ってこない。ルドルフの提出した輸送費の欄を三回読み返して、まだ数字を記憶できていなかった。


 廊下の先で、ディートリヒとルドルフが小声で何か話している気配がした。


(二人とも——完全に楽しんでいるのでは)


---


 管理棟を出ると、廊下の窓から夕暮れの山並みが見えた。


 部屋に戻って、鉢植えを見た。蕾が少し膨らんでいた。白い花びらの端が、昨日よりはっきりと覗いている。もうすぐ咲く。そう思えた。


(別の意味でのパートナー——)


 ルドルフの言葉が、もう一度頭の中を通り過ぎた。


 夕暮れの辺境の風が、窓から入って髪をそっと揺らした。


 心臓が——静かに、でも確かに、鳴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ