05話 愛の奴隷はホワイト待遇
次の日の朝、目を覚ますと、マミカが朝ごはんの準備をしてくれていた。
「おはよう、マミカ」
「おはようございます。ゆきお様。
もう少し、お時間をください。
朝ごはんを、ご用意しています」
「ありがとう、マミカ」
「いえ、マミカはゆきお様の【愛の奴隷】ですから、当然です」
「当然じゃないからね。ボクは、いや、俺は、うれしいよ。
じゃあ、顔を洗ってくるから、またね」
ボクがマミカに背中を見せると、マミカがクスッと嬉しそうに笑う声が聞こえた。
ボクも、なんだかうれしくなった。
◇
もどって来ると、テーブルに食事を並べて、マミカが待っていてくれた。
「ゆきお様、お待たせしました」
マミカは椅子に座らずに立って、ボクを待っていた。
「椅子に座ってよ」
「ありがとうございます」
ボクが椅子にかけると、ボクの表情をうかがうようにマミカが見ていた。
なにを、おびえているのだろうか? 考えても分からない。
「とっても、美味しそうだね」
「ありがとうございます」
「では、『いただきます』の号令をお願いします」
「あの、わたしが号令をかけても良いのですか?」
「料理を作ったひとが号令をかけるものだよ」
「は、はい。では、『いただきます』」
「『いただきます』」
ボクは、みそ汁をひとくち飲んで、シャケの切り身をひと口食べた。
それから、ごはんもひと口食べた。
「うん、おいしいよ。マミカは料理が上手なんだね」
「こ、光栄です」
ボクは、さらに食べ始めたけれど、マミカは食べようとはしなかった。
「ど、どうしたの? 美味しいのに食べないなんて、身体の調子が悪いの?
もしかして、熱があるの?」
「い、いいえ、でも、私は奴隷ですから」
「ああ、愛の奴隷ね。それと、食べないことに関係があるの?」
「もちろんでございます。わたしは奴隷ですから、床で食事をするのだと思っていました。それなのに、ゆきお様は、わたしがしれっと、自分の分の食事をテーブルの上に並べても、文句をおっしゃいませんでした」
「??? ええと、どういうことかな?」
「で、ですから、ゆきお様が美味しそうに食事をするところを、空腹を抱えながら、うらやましそうに見ていろ! そして、ゆきお様が食べ終わってから、冷めたごはんを不味そうに食え! というご指示だと思いました」
「ひ、ひどい。ボクは自分がされて嫌なことはしないよ。
どうして、そんな風に考えるの? なぜ、会って間もないボクの人格を否定するの?」
ボクは、ごはんを食べるのをやめて、泣きだしていた。
「えっ? ゆきお様? 俺じゃなく、ボク。もしかして?」
「ボクは、マミカのことを愛の奴隷にしたよ! それは、ボクに愛情を注いで欲しいからだ。いっしょにご飯を食べて、『美味しいね』と会話しながら、楽しい食事の時間をくれたって、いいじゃないか?」
ボクは、愛の奴隷にしても、マミカはボクを分かろうとしてくれないんだと知って、悲しかった。
「ゆきお様、わたしが考えすぎでした。わたしは悪い方向にばかり、考えていました。
どうか泣きやんでください」
「だったら、ぼくといっしょに食事を楽しんでよ。マミカが作ってくれた美味しい朝ごはんをいっしょに食べたいよ」
マミカは、ひとすじの涙を流してから、ボクと同じように、みそ汁をひとくち飲んで、シャケの切り身をひと口食べた。
それから、ごはんもひと口食べた。
「おいしいです」
「うん、もう、意地悪しないでね」
「いえ、ゆきお様のことを誤解していました」
マミカとボクは泣きながら、ご飯を食べていた。
後から食べたはずなのに、マミカの方が少しだけ食べ終わるのが早かった。
ボクが食べ終わるのを優しい笑顔と視線で見つめながら、待っていた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
そのときは、お互いに笑顔を取り戻して、見つめ合うことができた。
◇
マミカが食器を洗う横で、ボクは立っていた。
「美味しかったよ。ボクは幸せだよ」
「うれしいですわ」
「あとで、お茶を飲みながらお話したいな」
「聞き流すだけで良ければ、聞きますよ。
ただ、わたしは同時に二つのことはできないので、返事ができません。
器用な人たちは、おしゃべりしながら、用事や仕事ができるそうですが」
「ああ、そうだね。じゃあ、邪魔しないように静かにしていようか?」
ボクはマミカの美しい横顔を眺めて、見とれていた。
「もう、そんなに見つめられたら恥ずかしいので、なにかお話してください」
「あっ、うん、じゃあ、聞いて欲しい話をするよ」
◇
皿洗いが終わったマミカとボクは、テーブルをはさんで座っていた。
マミカが嬉しそうに笑った。
「ゆきお様が、『いただきます』を言う習慣があるひとで良かったですわ。
最近の主流派というのでしょうか?
『いただきます』を言うのは、かっこ悪いとか、お金を払っているのだから、それでいいだろう! というひとたちが増えて気がします」
ボクは、首をはげしく縦に振った。
「そうだね。ボクは、『いただきます』を言う習慣は大事だと思っているよ。
たとえ権力者であっても、お金持ちでも、もし、お風呂に入っている瞬間に、砂漠の真ん中に瞬間移動テレポートをさせられたら、御飯が食べられないからね」
マミカは嬉しそうに、くすっと笑った。
「おっしゃる通りですわ。例えは極端ですけれど」
「うーん、ボクの心根は、仏教徒なのかもしれない。
仏教では、ありがとうの語源は、有り難い。滅多に起こらないことを言う。
他人からの好意や善意は当たり前ではなくて、それが得られることが奇跡だと思っている」
マミカは微笑んで答えた。
「一期一会と似ていますわね」
「そうだね」
「その言葉を知っているなら、最初、わたしを見捨てようとしたことはひどいじゃありませんか?」
「根に持っている。いや、当然だね、マミカは賢くて記憶力も高そうだ。
ボクがイケメン男性か若い女性だったら、迷うことなく助けたと思う。
でも、ボクの様な無職の弱者男性は、マミカのように若くて美しい女性の半径5m以内に近づくことは、大きなリスクなんだよ」
マミカは仕方ないなあという感じで、くすっと笑った。
「ええ、分かりました。でも、今は、ゆきお様の【愛の奴隷】ですから、同じようなことがあったら、迷わずに助けてくださいね」
「も、もちろんだよ!」
とボクは、すぐに返事をした。
◇
マミカは両手の指を組んで、伸びをしながら、安心したように話し出した。
「それにしても、【性奴隷】になれと言われたときは、絶望しましたが、【結婚】と大差ありませんね」
ボクは手を大きく振って否定した。
「とんでもない、ものすごい差があるよ」
「そうなんですか?」
ボクは、紙に書いて、マミカに説明を始めた。
①愛の奴隷
②恋の奴隷
③心の奴隷
④性の奴隷
⑤金の奴隷
⑥命の奴隷
⑦結婚奴隷 ※①~⑥全部の奴隷
マミカは目を丸くして驚いていた。
「なんですか? これは?」
「なにって、奴隷のランクだよ」
「ランクって?」
「下に行くほど、ひどくなる。マミカの言う【結婚】って、【⑦結婚奴隷】のことだよ!」
「①~⑥全部の奴隷って、ウソですよね?」
マミカは信じられないものを見たって、表情をしていた。
「説明してくれますか?」
「まず、ボクがマミカに最初に問いかけたのは、【④性の奴隷】になれだ」
「ええ、でも、実際には、【①愛の奴隷】ですよね」
「その通りだよ。上から順番に説明するよ。
【①愛の奴隷】は、今のマミカの状態です。
ボクの愛を注がれて、マミカの愛をボクに捧げる状態。
簡単に言うと、一番大事にされています。
マミカにとっては、希望の相手じゃないことがイヤだろうけれど、ガマンしてもらっている」
「・・・」
マミカは、無表情だった。
「【②恋の奴隷】は、主人に恋をしてしまい、暇さえあれば、主人のことを考えて、主人に好かれようと時間と労力を取られてしまいます」
「報われない恋は、無駄ですね」
マミカは、悟りきった達観した顔をしていた。
「【③心の奴隷】の奴隷は、尊厳を踏みにじられます。
きつい言葉を言うから、横を向いて言うよ!
『バカ』、『まぬけ』、『役立たず』、『死ねよ』
などと、精神力を奪い、いじめて楽しむための奴隷です。
容姿が美しかったり、自分より秀でたナニカの才能を持つ個体が高く売れます」
ボクがマミカの方を向くと、怒りに満ちた表情をしていた。
「ひどい、あんまりよ」
「その通りだね」
「【④性の奴隷】は、文字通り性欲のはけくちだね。【愛情交換】との違いは、相手にケガをさせても構わない。1回で使いつぶしても構わない。相手が体調不良だったり、病気やケガで動けない状態でも、無視して、性欲をぶつける。
当然、避妊具は使わせない。妊娠しても知ったことではない。健康に害をなす小道具や薬、拷問に近い状態の性行為を好む主人と契約したら、死ぬより苦しいかもしれない。
でも、優しいご主人様なら、媚薬を盛られるくらいで優しく絶頂継続地獄を味あわせてくれるかもしれない。
たまにだけれど、優しく愛撫するだけのひともいるかもしれない」
「わたしは、危うい選択をしたのですね。ゆきお様の【①愛の奴隷】で良かった」
「ありがとうと言って良いのか迷うな。とりあえず、他の誰かの奴隷にされることはないよ。ボクが無事でいる限りはね」
「それは、つまり、どういうことですか?」
「マミカが自分の安全を守りたければ、ボクの安全を守る必要がある。
精神面、健康面、安全面などなど」
「努力します」
「【⑤金の奴隷】は、全部のお金を取られてしまいます。まあ、継続して搾り取るためには、生活費をギリギリ残しておくとはおもうけれど」
「お金が無いと生活できない。家賃や食事代を払えなくなってしまいますね」
「そうだね。お金がない苦しみは、誰よりも理解している」
ボクは、怖い顔になったかもしれない。マミカが少しおびえた表情をしたからだ。
「【⑥命の奴隷】は、殴られたり、蹴られたり、命の危険を伴う行為を強要される。
金持ちのスペアパーツにされることが多い」
「人権侵害ですね」
「そして、最後は、人生のロシアンルーレット【⑦結婚奴隷 ※①~⑥全部の奴隷】だ。
国がなぜ、結婚を薦めるかというと、連帯責任を取らせたいからだ。
結婚相手がした借金を肩代わりさせられる。
配偶者が犯罪を犯したときは、いっしょに罪をつぐなわされる。
配偶者が無収入でも、病気をしても、大怪我をしても、面倒をみることを要求される。
家庭内で配偶者から何をされても、警察は助けれくれない。
唯一の利点は、【愛情交換】をして、子どもを作ることだった。
でも、今は、【性交不同意】が夫婦間でも成立する。だから、セックスレスになっても文句を言えない。
最悪の場合は、いっしょにいて何のメリットも得もない相手のために、自分自身が苦労して手に入れたコレクションを勝手に売り払われたり、捨てられたりしてしまう。
子どもに会わせてもらえないのに、養育費だけは請求されることも極めて多い。
結婚していないひとに、俺は結婚して子供もいるぞ! だから、俺の方が上だ!
とマウントを取るくらいしか良いところがない」
「でも、幸せな家庭を築いているカップルもいるわよね」
「とってもラッキーなケースだね」
以上の説明を聞いたマミカは考え込んでいた。そして、ボクに自分の考えをぶつけてきた。
「ねえ、もしかして、【①愛の奴隷】って、ホワイト待遇じゃない?
だって、相手に取られるのは、【愛情交換】だけだよね?
宝物やお金を奪われることもない。
毎日の【愛情交換】を最高の状態で捧げるために、健康と命の保証も保証される。
パートナーに浮気されたり、セックスレスになることも無い」
ボクは、うんうんと首を縦に振った。
「相手が求めることと、自分が差し出すものが、明確だから良いかもしれないね。
ただし、マミカの意中の人がいても、お別れしてあきらめてもらいます。
マミカにとって、ボクが好みのタイプのはるか遠い彼方だとしても、【愛情交換】してもらいます」
うーん、と可愛い顔をした後で、マミカは、ボクにささやいた。
「私の参照パラメータは教えませんが、ゆきお様と【愛情交換】するのは、イヤではありませんよ」
「そ、そう良かった」
マミカの笑顔を見て、社交辞令の作り笑いかも知れないが、うれしくなったのだった。
「じゃあ、トイレ休憩のあとで、異世界ダンジョンに行きたいわ。
お金を稼ぎたいのよ」




