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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-東部編-
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収束


 リゼル、カイラス、ロムラスが参戦したことにより戦況は一変し、刺客は捕らえられることになった。カイラスが海に落とした刺客も引き上げられ、騎士団に連行される。そしてカイラスはセルディア公爵が馬車に載せて来た様々な薬を引っ張り出し、「もし服毒して死のうとしたら、この薬を使ってくれ」と解毒薬を数種類渡した。


「セルディア公爵閣下、ありがとうございます。おかげで戻る手間が省けました」

「構わんよ。むしろ君には沢山の仕事を任せてしまったからね。アルノアからもよく休ませるよう言われている」

「はあ。それはありがたいですが……」


 カイラスはチラリと東部辺境伯、マルコス家の駐屯所を振り返る。兵士が出てこなかったということは、異常事態が起きている、ということだ。セルディア公爵もそこは分かっているのか、カイラスのやろうとしていることを察し、肩をすくめる。


「やれやれ。君を働かせてばかりで申し訳ないな」

「構いません。私の本業は薬師です。救える命に背を向ける気はございません」

「そうか。だがね、終わったらちゃんと戻って来るんだよ。追加で馬車を呼ぼう。帰りはそれに乗ってきなさい」

「かしこまりました。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 カイラスは自身も随分とボロボロなことに気付きながらも、敢えて無視してセルディア公爵に頭を下げる。そしてラディアと護衛に促され馬車に乗るラシードとロアン、メアリを見送った後、駐屯所へと足を踏み入れた。


 静まり返った室内には兵士たちが倒れており、ロムラスと共に介抱する。

 リゼルは既に公爵家の馬車と共に帰還しているため、ここにいるのは腹違いの兄弟二人だけだった。


「こりゃ何か盛られてるな」

「んなもん見りゃ分かる。酒か水か食い物か、何かに混ぜられたんだろう。辺境伯家が警戒を怠るはずがねえ。ってことは……」


 カイラスは水が入った樽を開けると少し掬い、カップに注ぐ。その後セルディア公爵が積んできた道具を机に広げ、薬品を数種類試し、反応を見た。


「やっぱりな。飲み水に薬が盛られてる」

「酒じゃなくて水に盛ったのか」

「普段酒ばかり飲んでいるように見えるかもしれねえが、マルコス家はそこまでアホじゃねえよ。むしろこの時期は豊漁祭もあるんだ。警備を怠るなんて、辺境伯としてありえねえだろ」

「おお。それもそうだな」


 カイラスがどの薬が最適か調べる中、ロムラスは「なあ」と声をかける。


「その道具、うちから持って行ったやつか? 何か違う気がするんだが」

「いや。これは母上から贈られてきたものだ。今回、ラディア様がこちらに来る際に積んできてくれた荷物があっただろ。あれだよ」

「ああ! アレか! やけに厳重に梱包されていたから不思議に思っていたんだが、そうか。医療器具だったのか」


 ロムラスが感心する中、カイラスは「母上には感謝しかねえよ」と呟く。


「正直、これがなきゃ毒の解析なんざ短期間で出来なかった。俺が北部に持って行ったのは年代物だったからな。アレだと何ヶ月かかったか分からん」

「ほお。そんなに違うのか」

「ああ。高い買い物をさせちまったと申し訳なく思っていたんだが、むしろ隣国を救ったんだ。母上の功績はデカいぞ」


 そう言って切れた唇を気にせず笑うカイラスに、ロムラスも笑みを返す。


「イレーナ様は先見の明があるな。やはりお前のお母上だ」

「そうだろ。もっと崇めとけ」

「わははは! 帰ったらそうしよう!」


 こうして兄弟が辺境伯家の兵士のために働く中、ロアンとラシードはセルディア公爵家へと戻り、無事を確認されていた。


「ロアン!」

「ヴィー!」


 ヴィエラは今か今かと待っていたため、知らせが届いた瞬間から走り出していた。そしてロアンを見つけるや否や、ドレスの裾を持ち上げながら階段を駆け下り、笑顔を見せるロアンの前に立つ。


「ヴィー、ただいま!」

「なにが『ただいま』よ! このおバカ!」

「あいたっ」


 ペチン、とヴィエラにしてはかなり手加減しているビンタを食らわされたロアンは、ポカンとした顔でヴィエラを見返す。


「ヴィー……?」

「お前……! 自分がどれだけ危なかったか理解していないの?!」


 ヴィエラが声を荒げることは珍しい。エルディオンとイリアスも部屋を飛び出してきたが、階下で激昂する妹を見て「そりゃそうなるよな」という顔をした。


「でも、あぶなかったのはラシード様で、ぼくは……」

「何を言っているのよ! もしものことがあったら、もう二度と会えなかったかもしれないのよ?!」


 殆ど悲鳴に近い声で突きつけられた『もしも』の世界に、ロアンは「え」と声を上げる。


「隣国に連れて行かれたら、公爵家の兵士は探しにいくことはできないのよ?! それに、もし殺されていたら……」


 そこまで告げたヴィエラの赤い瞳から、不安と安心によりあふれ出た大粒の涙がボロボロと零れ始める。ロアンは初めて見たヴィエラの涙にギョッとし、思わずその体に手を伸ばした。


「ヴィ、ヴィー、ぼく、」

「どうしてそんな平気そうな顔をしていられるのよ……! わたくしがどれだけ心配したと思って……!」

「ごめん、ごめんね、ヴィー。ぼく、そんなこと、かんがえてなくて……みんないるからだいじょうぶだって、ぼく……」


 ロアンもヴィエラと『二度と会えない自分』を想像したのだろう。

 見慣れない土地で、ラシードともヴィエラとも引き離され、何をされるか分からない自分。伯爵家にいた頃のようにまた『真っ暗な場所』に閉じ込められるかもしれない。

 そう考えた瞬間、ようやく小さな体に恐怖が宿る。逃げている間も刺客に囲まれた時も、一度たりとも泣かなかったロアンの目にも涙が溜まり始めた。


「やだ……そんなのヤダ……ごめんなさい、ヴィー、ごめん……!」

「ロアンのバカっ、バカ、バカ! ゆるさないんだから!」

「うう、ごめん……ごめんね……ぼく、ヴィーとはなれたくないよ……もう会えないなんて、やだよぉ……」


 ギュッと抱きしめたヴィエラの体が震えていることに気付き、ロアンもようやく「自分がどれほど心配をかけていたのか」を実感する。そして自分も「もう二度とヴィエラに会えなかったかもしれない」という実感を抱き、声を上げて泣き始める。

 エルディオンとイリアスは「やっと泣いたな」と苦笑いを浮かべながら二人に近付き、恐怖と不安と戦い続けてきた弟妹をそっと抱きしめた。



次回8/18更新予定です。

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