尾を踏まれた獅子
ラシードはロアンを守るように両腕で抱き込みながら、必死に周囲に視線を走らせる。だがこの場にいる刺客だけでなく、物陰に潜んでいる可能性もある。そのため正確には何人いるのか分からず、見えない場所から飛んでくる武器にも警戒しなければならなかった。
またロアンにつけられた護衛達も、夏場の日中に走りながら交戦を続けており、かなり体力が削られている。だがここで倒れるわけにはいかないと剣を構え、刺客と睨み合っていた。
だが交戦続きだったナディク達と異なり、刺客は潜んでいたため万全の状態だ。お喋りな女刺客は既にその手に別の短剣を持ち、双剣使いとして構えた。
「アタシはあの可愛い子ちゃんを貰うよ。ちょっと脅せばすぐに腰抜かしそうだからさ」
「これは仕事だ。遊びじゃないんだぞ」
「分かってるよ。でもこっちは精鋭、あっちはヨレヨレ。負けるはずないでしょ!」
「ヒッ!」
女が再度メアリに向かって短剣を投げる。メアリは咄嗟に「イヤ!」と叫んで目を瞑ったが、襲い掛かって来る痛みはなかった。代わりに聞こえたのは、短剣を弾き落とす鋭い金属音だった。
「……なに? アンタ」
「ふぅ……。間に合ってよかったです」
「リ……リゼル、様……?」
メアリの前に立っていたのは、剣を抜いたリゼルであった。彼女はヴィエラ専属の侍女ではあるが、騎士の資格も持っている。れっきとした『剣士』だ。そんな彼女はぽっと出のどんくさいメアリを『仲間』として認識出来ずにいたが、今回ばかりは違った。
「──先程の啖呵、実にいいものでした」
「へ?」
「貴女は身体能力が低く、決してメイドとしても侍女としても質が高いとは言えません。ですが……」
リゼルは叩き落とした短剣を拾い上げると、その剣を女刺客に向かって投げ返す。
「”命を賭けて主人を守る”。その心意気は、私たちと一緒です。認めましょう。メアリ・アレスト。貴女は『北部グラディアス公爵家』に仕える、立派なメイドです」
「あ──」
南部出身の、ロアンのために呼び寄せられた専属侍女。つまり公爵家の使用人からすれば『ぽっと出のコネ入社』である。そんな彼女を『北部の一員』として認める者は少ない。リゼルもその一人だった。
だが駆けつける際に聞こえて来たメアリの覚悟に対し、その認識を覆した。
「私はグラディアス公爵家の侍女として、公爵家に属するすべての人間を守る義務があります。貴女はそこでお二人を守ってください。それが、今の貴女に出来る“最善”です」
「は、はい! 分かりました!」
リゼルが来たことよりも、ようやく『北部の一員』として認められたことにメアリは喜ぶ。だが刺客側は一人敵が増えたことに苛立つ。特に女刺客は投げ返された短剣を不快そうに摘まみ上げた。
「よくも可愛い子ちゃんとの時間を邪魔してくれたね? アンタはアタシの好みじゃないから、切り刻んであげる」
「そちらの国にはないようですね。『弱い犬程よく吠える』という言葉が」
「殺す!」
女刺客が動き出したのと同時に、他の刺客も走り出す。メアリはすかさず敵に背を向けラシードとロアンを抱き込み、盾になる。ロアンは無意識に「メアリ!」と叫び、ラシードも目の前で二人の男に襲い掛かられるナディクの名を叫ぶ。
その隙に後ろから伸びた手がメアリを突飛ばし、ラシードとロアンを引っ張り上げた。
「やめて! はなして! はーなーしーてー!!」
「やめろ! この子供に手を出すな! この子はエルドアン王国の貴族だぞ!」
「そんなこと知るかよ。むしろ人質は一人でも多くいた方がいい。特に、お前が静かになるならな」
「この下衆が……!」
大柄の男が野太い声でロアンの後ろ襟首を掴み、宙吊りにする。ロアンは必死に小さな手足をばたつかせて藻掻くが、当然ながらビクともしない。そして突飛ばされたメアリが「ロアン様!」と叫び立ち上がるも、男の足がメアリの腹部を蹴りつけたことで横転した。
「あぐっ!」
「メアリ!」
「メアリ! おじさんのバカ! メアリをいじめるなー!!」
「うるせえガキだな。殺しちゃいねえよ。蹴飛ばしただけ──」
だが男の言葉は最後まで続けなかった。どこからともなく投げつけられた石が側頭部に当たったからだ。
そしてその石を投げつけた人物はというと、ロアン達が認識するよりも早くその男に近付き、振り向いた顔面を拳で強く殴りつけた。
「ごあっ……!」
「テメエ……よくもロアンとメアリに手ェだしやがったな」
「カイラス先生!」
「カイラス殿……」
殴られた男の腕から力が抜け、ロアンの体が宙に浮く。その体をキャッチしたカイラスはロアンを下ろすと、咳き込んでいたメアリに手を差し出した。
「大丈夫か」
「カイラス、様……」
「少しの間、ロアン達を頼む」
メアリが吐血していないこと、手足の骨が折れていないことだけ確認すると、カイラスは改めて拳を手の平に叩きつける。
「いい加減こっちも腹立ってんだ。テメエらが手段選ばねえってんなら、後は殺し合うしかねえよなあ?!」
カイラスの本業は薬師である。だが学園を卒業した十三歳から十五歳の間、兵士として西部を守ってきた。
元より過酷な西部で四歳から訓練を積んできた人間だ。西部辺境伯家の四男としても、元王家の末裔としても、身内を傷つけられて黙っていられるほど穏やかな性格はしていない。
アルカディウスの家門に刻まれた獅子の如く、カイラスは吠えると同時に起き上がった男をもう一度殴り倒す。
そうして始まった乱闘の中、メアリは必死にラシードとロアンを抱きしめる。だが幸いなことに、道中で交戦していた騎士たちが応援を呼んでいた。そのため続々と馬に乗った騎士が駆けつけてくる。中には馬車まで走ってくる始末だ。
だがそこに刻まれた家門を見て、メアリは安堵から涙を零した。
「ラシード!」
セルディア公爵家の家紋が刻まれた馬車の窓から顔を出したのは、ラシードの叔母であるラディアだ。その横を馬に乗ったロムラスが駆け抜け、敵を海に投げ込んだカイラスに向かって「お前だけずるいぞ!」と声をかけながら敵を馬で蹴り飛ばす。
そうして自身も馬から降りると同時に相手の剣を避け、腕を折る。そして悲鳴が上がる前に顔面を殴りつけて地面に叩きつけると、こちらも楽しそうに笑っては吠えた。
そのあまりにも異様な光景に、ラシードとロアンはポカンとした表情を浮かべる。そして駆けつけてきたラディアとセルディア公爵に対し、ラシードはぼんやりとした顔で「もしかして、カイラス殿はとてつもなくお強いのか?」と尋ねる。
これに対しセルディア公爵は肩を竦め、ラディアは楽し気な笑みを浮かべた。
「いやはや、驚いたよ。顔立ちは母親似だが、あの暴れ方は若い頃の雄獅子そっくりだ。特にあの咆哮が驚くほど似ている」
「あれであの子は一番旦那様に似ているのですよ。ですから、安心なさい。ラシード。うちの子供達があんなゴロツキ共に負けるわけがありません」
そう答えたラディアの背後では、カイラスがまた一人、武器を持った男を蹴り飛ばしては海に落としていた。
次回8/16更新予定です。




