メアリの覚悟
ヴィエラにロアンとラシードの捜索を託されたカイラスは、現在人が溢れる港町を駆けていた。そして真っ先に見つけた人物を視界で捕らえるや否や、速度を上げて近付き、その力を殺さぬまま巨体の横面を殴り飛ばした。
「テメエ! ロムラス! ガキ共見てろつっただろうが!」
周囲の人物が悲鳴を上げる中、たたらを踏んだロムラスが殴られた頬に手を当てる。だがその顔に怒りはなく、むしろ申し訳なさそうに顰められていた。
「悪い。俺の責任だ」
「クソが……! テメエになら任せられると閣下に進言したんだぞ、コッチは!」
「悪かった。お前と公爵家の信頼を裏切ってしまったな」
謝罪するロムラスだったが、その足元には三人ほど人間が伸びている。カイラスはチラリとそれを見てから、ロムラスを睨み上げた。
「テメエにも刺客が襲い掛かってきたのは分かった。だがそれとこれとは別だ。必ず閣下に謝罪しろ」
「分かっている。西部と北部の仲を引き裂くわけにはいかん。俺の首一つで収まるなら喜んで差し出そう」
神妙に頷き、頭を差し出したロムラスだったが、カイラスは鼻で笑い飛ばした。
「ハッ! そんなに簡単に差し出せる首なんぞ、俺なら欲しかねえがな。それより、緊急事態だ。ロアンと殿下の行方が分からない。テメエも探すの手伝え」
「何だと?! 分かった。俺も動く。お前はどっちへ行く?」
「このまま進む。向こうにはマルコス家が所有している倉庫がある。積荷に押し込んで出航するかもしれねえからな」
「分かった。ならば俺は人が少なそうな方へ行こう。人身売買の可能性も考えられるからな」
カイラスは先日死体を解剖した倉庫を思い浮かべる。あの一帯は大なり小なり倉庫が並び立ち、多くの荷物が詰められている。特に今は豊漁祭だ。常より人が多く、動きが読めない。それを利用される可能性を考慮しての判断だった。
対するロムラスは「人通りの少ない場所に誘導された可能性がある」と判断し、手分けして探すことを決める。
「今度こそ頼んだぞ。また裏切ったら二度と口きかねえからな」
「分かっている。兄として、お前の期待には応えるさ」
カイラスは差し出された拳に自身の手を殴るようにして打ち付け、再度走り出す。ロムラスは「思い切り殴ってきたな……」と痛む頬と手を振りながら苦笑いする。それでも暑さが苦手な弟が必死になっているのだ。これ以上期待は裏切れんと、自身も捜索のために走り出した。
勿論倒した人物は騎士団が回収に来ており、彼らも彼らで「早く事態を収拾させねば……!」と必死だった。
そして分断されていたロアンとラシードは、人が少ない場所を必死に走っていた。
「殿下!」
「うっ!」
ヒュン! と音を立てて飛んできたナイフを、すかさずナディクが叩き落とす。ロアンについていた護衛達も飛んでくる武器や襲い掛かって来る刺客を薙ぎ払い、子供達を安全な場所に誘導していた。
「お二人とも、頑張ってください! もうすぐで東部辺境伯の私兵がいる屯所がございます!」
「分かっている!」
「はあ、はあ、あと、すこし……!」
ラシードはロアンの手を引きながら、必死に走る。自分が抱えて走れるほど大きくないことを悔やみながらも、汗で滑りそうな手に必死に力を入れて小さな体を励ます。
「ロアン! 頑張るんだ!」
「は、はひ……らしーど、さま……」
「くっ……!」
ロアンは五歳だ。どれだけ公爵家で訓練を積んでいようと、まだ数ヶ月しか経っていない。それなのにこんな危険に晒され、敵に背中を向けて逃げることがどれだけ大変か。ラシードは「自分のせいで」と悔やみながら流れる汗を拭う。
そんな時だった。後ろを必死について来ていたメアリが「危ない!」と叫び、二人に覆いかぶさるようにして抱きしめる。
「侍女殿!」
ナディクが叫ぶ中、二人を守ろうと盾になった背中に弓矢が飛ぶ。辛うじてその一矢は公爵家の騎士により叩き落とされたが、ぞろぞろと建物の影からローブを被った刺客が現れ、息をのんだ。
「辺境伯家の兵士はどうした……!」
「フン。祭りにかこつけて飲み比べしてる飲んだくれ共なんて、はなから相手にしてないわよ」
顔は仮面で隠しているが、声の高さからして女だろう。刺客の一人が短剣を弄びながら笑う。そして反対の手が懐に伸びると、床の上に白い粉をまき散らした。
「安心しな。ちょいと強めの薬だ。毒じゃないから死にはしない。こっちも『戦争を起こせ』とは命じられてないんでね」
「おい。喋りすぎだ」
「あら、ごめんなさい。冥途の土産に少しぐらい教えてあげてもいいかと思ったのよ」
女の手首にはサソリの入れ墨が入っており、ナディクは「暗殺組織……国王陛下の命か」と低く唸る。だが相手はもう答える気はないらしく、短剣を回すだけだ。そしてラシードとロアンを強く抱きしめるメアリの足元に向かい、その短剣を投げつけた。
「ヒッ!」
「可愛いお嬢ちゃん、そこの獲物を渡してくれる? 大丈夫。そっちの王子だけ渡してくれたら、アンタ達は帰してあげる。本当よ? 無闇にお偉いさんに手を出すほどバカじゃないの」
じりじりと周囲の刺客がにじり寄る中、ナディク達は円陣を作る形で三人の前に立つ。
ラシードとロアンはブルブルとメアリの腕と体が震えていることを感じ、声をかけようとした。だがメアリはグッと奥歯を噛みしめると、震える腕を伸ばし、足元に飛ばされたナイフを引き抜く。そして息を荒げながらも両手でそのナイフを持つと、震える足で立ちあがった。
「私は、公爵家のメイドです。ロアン様にお仕えする、専属侍女です。ロアン様の大切なご友人様を、渡すわけにはいきません……!」
「へえ。泣きそうな顔して言うじゃん。いいね。持ち帰って遊びたくなっちゃった」
女は楽しそうな声でメアリの勇気を認めては笑う。ロアンは「メアリ……」と後ろからスカートの裾を掴み、ラシードは他国のメイドに守られる自身が不甲斐なかった。
それでもメアリは二人に安心させるように笑いかける。
「大丈夫ですよ。お二人のことは、私たちが守ります。だって──」
メアリは、ずっと後悔していた。ストーンリッジ伯爵家にクビを言い渡され、追い出された時、まだ四歳だったロアンを置いて行くことしか出来なかったのだ。どんなに後ろ髪を引かれても、自分は単なる貧乏男爵家の女でしかない。伯爵家に楯突くことは出来ず、背中を向けることしか出来なかった。
だが今は、別の意味で自信の背中を見せることが出来る。
「私は、もう二度とロアン様を置いて逃げないと決めたんです。ですから、絶対に逃げません!」
どんなに弱くても、泣き虫でも、メアリは『アレスト男爵家』の長女だ。家族を養う為に働き続けた彼女のメンタルは、そう簡単に折れるほど弱くはなかった。
次回8/14更新予定です。




