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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-東部編-
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100/114

子供達の涙

祝100話!

いつもお読みくださり、本当にありがとうございます。



 ヴィエラとロアン、そして公爵家の子供達の抱擁を後ろで眺めていたラシードだったが、割って入ることはしなかった。むしろ『自分にはあんな風に心配してくれる兄弟はいないな』という寂しさまで感じていたほどだ。

 そんなラシードに、エルディオンは声をかける。


「ラシード様も、ご無事で何よりです。ロアンを守ってくださり、ありがとうございました」

「いや……。むしろ余は何もできなかった。ロアンが無事だったのは、公爵家の騎士が優秀だったからだ」


 ラシードは『王子』として『無力である』と認めることは許されないと教わってきた。だがこの瞬間だけは緊張の糸がほどけたこともあり、うっかり口にしてしまう。気づいた頃には遅かったが、見守っていたラディアは何も言わず、まだ成長途中の頭を撫でた。そして驚いた顔を向けて来るラシードの体を、叔母として強く抱きしめる。


「本当に、無事でよかったわ。あなたは、私にとっても大切な『家族』だもの」

「叔母上……」


 ラシードは込み上げてきた熱いものをグッと飲み込もうとする。それでも『愛されたかった』と自覚した後の“一人の少年”にとって、その抱擁はあたたかく、溢れるものを堪えることが出来なかった。


「ご心配を、おかけしました……!」

「何を言っているのよ。子供なんて生き物はね、親に心配をかけるのが当然なのよ。だから存分に甘えなさい」


 そう言ってラシードの濡れた頬を両手で挟んだラディアは、元王女としてではなく、ラシードの親族であり、一人の“親”として笑みを浮かべる。

 実母には決して向けられたことのないあたたかな笑顔に、ラシードは今度こそ顔をクシャリと歪めて涙を零す。


 そんなラシードの背にもイリアスは手を当て、エルディオンもハンカチを渡す。ヴィエラとロアンは変わらず涙を流していたが、その手はしっかりと繋がれている。そうしてロアンは反対側の手でラシードの手を握ると、改めてラシードにも「ごめんなさい」と謝罪した。

 だがロアンは何も悪くない。むしろ巻き込まれた側だ。だからこそラシードはロアンとヴィエラを両腕で抱きしめた。


「すまなかった……! 余が弱かったばかりに、お前たちを巻き込んだ……! 本当に、すまない……!」


 ラシードは王族として、滅多に人に謝罪することはない。だがこの時ばかりは『友』と、その『恋人』に多大な恐怖を与えてしまった。だからこそ心からの謝罪を口にしたラシードに、ヴィエラは小さな手を伸ばし、むにっ。とその頬を摘まむ。


「これで許してあげますわ。……ラシード様も、おかえりなさいませ。ご無事でなによりですわ」

「ラシード様はなにもわるくないもん……」

「ヴィエラ嬢……ロアン……。ありがとう」


 泣けばいいのか笑えばいいのか、ラシードは分からない。それでも泣きながら笑う少年を誰も責めることなく、ただ手を伸ばして触れては慰め、励ますだけだった。


 一方その頃、ロアンとラシードが行方不明になったという報せは王都にいた公爵夫妻にも届いており、タウンハウスにいたアルノアは表情を変えた。


「何だと? ロアンとラシード殿下が行方知れずになったとは、どういうことだ」

「分かりません! 急ぎ東部より報告に来た次第でございまして……!」

「そうか……。厄介なことになったな」


 アルノアはこの二週間、ずっと王都と東部を行き来していた。というのも、東部辺境伯から知らされた『麻薬』について調べていたからだ。成分についてはカイラスに任せてきたが、東部から広まる麻薬がどこまで影響しているか調べる必要があった。

 加えて外交問題に発展する可能性もあるため、自ら登城し、国王に報告をしていたのだ。


 だがラシードの身に何かあったとなれば戻らざるを得ない。アルノアは共に戻っていたセラフィアに向き直り、頷き合う。


「こちらは任せて頂戴。あの厄介な薬がどこまで広がっているか、私が調べるわ」

「すまない。ただでさえご夫人方にも協力をお願いしているというのに……」

「何を言っているの。夫の浮気相手や愛人のすべてを知る、私の心強い友人達よ? 彼女たちにかかればすぐに分かることだわ」


 セラフィアはそう言って笑ったが、すぐに表情を切り替えた。


「だからあなたはすぐに東部へ戻って。子供達を任せたわ」

「ああ。最善を尽くす」


 アルノアは力強く頷き返すと、すぐさま伝令兵を含めたすべての使用人に「東部に向かう! 準備を急げ!」と指示を飛ばす。そして向かった厩舎では、アルノア以外誰も乗せない北部の『暴れん坊』が待っていた。


「ヴェノン。また東部まで走ってもらうことになる。いけるか?」

「ブルルルッ、ヒヒーン!」

「フッ、バカにするな、と言いたげだな。北部産まれのくせに、暑さに負けないとは頼もしい限りだ」


 アルノアは黒い毛並みを持つ大きな軍馬──ヴェノンに跨り、手綱を握る。そして馬を変えた伝令兵と共に東部に向かって駆けだした。


 それを屋敷の窓から見送ったセラフィアは、改めて腕を組み思案する。


(現状、被害が出ているのは東部の一部地域だけ。でも王都の警備隊の話では、夜間に町を徘徊する人や、何かを欲しがる人が増えた、という報告も上がってきている。これは……思ったより早く取り掛からないと王都の治安も崩壊するわね)


 セラフィアはまとめた資料を手に取ると、傍にいた侍女に声をかける。


「陛下に前触れを出して。これから登城するわ。久しぶりに弟の顔を拝みに行こうじゃないの」


 そう言って赤い髪を払ったセラフィアは、元王女としての威厳と責任に満ち溢れていた。



次回8/20更新予定です。

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