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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-東部編-
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101/115

公爵として、父親として


 王都から東部へと向かったアルノアが公爵邸に着いたのは、既に夜も更けた頃だった。


「王都から飛ばしてきたようだね。馬は大丈夫なのかい?」

「問題ない。ヴェノンは北部で最も力強いからな。多少休憩時間を削っても走れる体力はある」


 わざわざ出迎えに出て来たセルディア公爵と挨拶じみた会話を交わしつつ、馬を従者に預ける。そうして間髪入れずに「子供達は」と尋ねれば、セルディア公爵は「無事だよ」と簡潔に答えた。


「今は全員寝ているがね」

「そうか……。怪我はなかったんだな?」

「ああ。それぞれの護衛達がいい仕事をした。やはり北部の騎士は格が違うね」


 公爵は最後まで戦い抜いたロアンの護衛達と、的確に情報を集め、また報告した者達全てを褒める。勿論ナディクを始めとした隣国の護衛達にも賞賛を送り、アルノアは小さく頷いた。


「では、事の詳細を聞きたいのだが」

「その前に君は汗を流してくるといい。その間に軽く摘む物も用意しよう。子供たちは無事だったんだ。気を休めるためにも手足を伸ばすのは大事だよ」


 セルディア公爵はそう言ってアルノアの背を叩き、執事と使用人に目配せする。『こうなったら絶対に口を割らない』と分かっているため、アルノアは溜息を一つだけ吐き出し、従う。そうして広い浴場で心身の疲れを解した後、改めて両公爵は向き直った。


「ラシード殿下を襲った刺客は二十五名で、豊漁祭に紛れて子供達と護衛を分断した。マルコス家の兵士たちも飲み水に毒を盛られてね。カイラスくん曰く瀕死の状態だったそうだよ」

「二十五名か。向こうもなりふり構わなくなってきたようだな。それで、マルコス家の兵士たちは無事なのか?」

「幸い、命に別状はないそうだ。だが動けるようになるまで少なくとも一週間はかかるみたいだよ」


 幸い、当主であるバルドスは海に出ていたため被害はなかった。だが自身の兵士に毒を盛られたのだ。その怒りはすさまじいとセルディア公爵は肩を竦める。


「彼も怒ると怖いからね。騎士団の駐屯所に殴り込みに行きそうだったから、止めるのが大変だったよ」

「そうなるのも当然だな。それで、尋問はどこまで進んでいる」

「残念ながら進みはよくないようだ。ただカイラスくんが作った解毒薬のおかげで服毒死は免れている。根気強くやっていくしかない状態だ」

「そうか……。改めて彼には無茶を敷いたな」


 アルノアは自身より年下の、優秀な薬師の顔を思い浮かべる。これに対してはセルディア公爵も「全くだよ」と同意した。


「本来なら彼も“客人”の立場だ。通常であればこんなことはさせないんだがね。驚くほどよく働いてくれた。……本当に、頼りになる男だ。まあ、その優秀さのせいで無茶をするのは困りものだがね」


 セルディア公爵は金を使って人を動かし、情報を集めさせたが、それをまとめたのはカイラスだ。そのうえ別所で公爵が行わせた『実検結果』から最適な解毒薬を作り出したのも彼である。

 それだけでも優秀だというのに、今回の『王子誘拐未遂事件』でも港町を駆けまわって子供達を探し出し、それを食い止めた。

 ヴィエラの侍女であるリゼルの功績もあるが、やはりカイラスの働きがなければ難しい部分も多かった。

 アルノア自身、死体の解剖などを頼んだ自覚がある。だからこそ「同意する」と頷いてから「カイラス殿は今どこに?」と尋ねる。


「寝てるよ。流石に疲労がたまっていたみたいだ。二週間もまともに寝ていなかったからね。馬車の中で気を失うように寝ていたそうだよ。ロムラスくんが部屋に運んで、今はぐっすりさ」

「そうか。では、彼には明日改めて礼を言おう」

「彼が明日起きてくればの話だがね。ロムラスくん曰く、二、三日は起きないかもしれない、ということだよ。現に彼は働きすぎだ。今回の誘拐事件に関してもそうだが、彼はいの一番に動いて最悪の事態を阻止してくれた。れっきとした功労者だ。しっかり休ませるのも、上の務めだよ」

「……それもそうか。では、顔を合わせた時にでも」


 その後も両公爵は細々とした報告を続ける。王都に残ったセラフィアが夫人のネットワークを使ってどこまで被害が及んでいるか調べていること、国王であるセリオスからも「可及的速やかに事態を詳らかにし、収束するよう」命令されたこと、また海賊の増加による被害についてや、その積荷の中身まで、多岐に渡る。

 それらの話がひと段落したのは、既に明け方に近かった。


「さて。我々もそろそろ休もうではないか。ああ、そうだ。寝る前に子供達の寝顔でも見て行くかい?」

「確かに気にはなるが、一部屋ずつ回るのは大変だろう」


 公爵家の屋敷なだけあり、部屋は相応に広い。また公爵家の子供達とラシードの部屋は違う。それに誘拐未遂の後だ。気配に敏感になっている可能性もある。だからこそ刺激したくないと告げるアルノアに、セルディア公爵は楽し気に笑う。


「なに、心配いらないさ。向かう部屋は一つだけだからね」

「どういう意味だ?」

「ヴィエラちゃんがロアンくんから離れるのを嫌がってね。結果『全員で寝る』ことになったんだ」

「は? 全員で、寝る……だと?」


 流石のアルノアでも驚かざるを得ない。滅多に見ない困惑する姿に、セルディア公爵は笑いながら廊下を歩く。そうして急遽『子供部屋』として用意した広間の扉を開け、中に促した。

 そこには複数のベッドを隙間なくくっつけ、眠る子供達の姿があった。


「……まったく。今回ばかりはヴィエラの我儘に救われたな」

「そうだとも。だからあまり怒るんじゃないよ、お父さん」

「分かっている」


 ベッドの中央。小さな手を繋ぎ合って眠る愛娘とロアンの反対側では、同じように手を繋いで眠るラシードの姿がある。ラシードはエルディオンと同じ十一歳だが、背負ってきたものがあまりにも違い過ぎる。

 そんな子供が他者の来訪にも気付かず、また他人とベッドを共にしている。

 それだけ不安が大きかったのだろう。アルノアは両端で眠るエルディオンとイリアスの姿にも安堵しながら、ベッドの端に腰掛けた。


「本当に……無事でよかった」


 囁くような声で呟くアルノアの横顔は、北部をまとめ、国家を守る『守護者』ではなく『父親』のものだ。

 セルディア公爵はそんなアルノアに同意しつつ、交代で見張りを行っている兵士達に「子供達を頼んだよ」と念押しするのだった。



次回8/22更新予定です。

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