悔しさをバネに
予約投稿の日時間違えてました…。すみません。
ヴィエラはあまり我儘を言わない性格だ。『グラディアス公爵家』という由緒正しい名家に生まれ、赤子の時から様々な人が世話を焼いている。特に血を分けた兄弟は双方世話焼きで、ヴィエラが癇癪を起しても怒ったことがない。
だが『ダメな時はダメだと教える』という母親の方針の元育ったため、単なる『傲慢令嬢』でもない。むしろ五歳にしては非常に冷静で、大人顔負けの発言をする。
そんなヴィエラでさえ、今回の『誘拐未遂事件』は酷く堪えた。
むしろ去年目にした『敷地内に侵入してきた他国の男』以上の恐怖を与えて来た。
また目を離した隙にロアンがいなくなるかもしれない。自分の手が届かないところに行ってしまうかもしれない。二度と会えないかもしれない。
そう考えたら恐ろしく、夜が更けてもその手を離すことが出来なかった。だからこそ淑女としてあるまじき発言をするに至ったのだ。
『ロアン。わたくし、お前と離れたくないわ』
そう言ってロアンの手を強く握ったヴィエラは、周囲から見ても『グラディアス公爵令嬢』ではなく、普通の『五歳の女の子』に見えた。
だが続いた発言に、全員が耳を疑った。
『ねえ、今夜はいっしょに寝ましょう?』
淑女にあるまじき発言だ。だがロアンもヴィエラと『会えなかったかもしれない未来』を想像して恐怖した側である。周りが止めるよりも早く「うん」と頷いてしまい、慌ててエルディオンとイリアスが説得にかかった。それでもヴィエラは意思を変えず、ロアンも「ヴィーといっしょがいい」と俯いてしまう。
連れ去られかけたロアンを思うと叱るわけにもいかず、結局エルディオンとイリアスも一緒に寝ることが決まった。
ラシードはそれを隣で聞いていたが、ロアンが「ラシード様もいっしょにねよ?」と聞いたことにより、今度はナディク達が慌てることとなった。だがラディアが「いいじゃない。一緒に寝れば」と笑顔で圧をかけたため、子供たちは大部屋に運び込まれたベッドで眠ることになったのだ。
そんな大部屋に運び込まれたベッドの真ん中で、ヴィエラはゆっくりと目を覚ます。そしてぼんやりと隣で眠るロアンを見つめた後、周囲を軽く見渡した。
(朝……でも、まだリゼル達が起こしにくる時間ではないのね……)
ヴィエラの背中側で眠っているのは、長兄であるエルディオンだ。ロアンが戻ってくるまでの間、ずっとヴィエラの傍にいてくれた。久しぶりに甘えた兄の体温や手の大きさを思い出していると、不意に人の気配を察知して目を見開く。
思わず敵襲かと体を強張らせたが、そこにいたのは父親であるアルノアだった。
「お父様……!」
「ヴィエラ。起きたのか」
考えてみればセルディア公爵家の屋敷にいるのだ。護衛があちこちにいる中、敵が堂々と入り込むわけがない。
ほっとしたヴィエラに、アルノアはいつもと変わらぬ様子で声をかける。その姿に頼もしさと安心感を覚えたヴィエラは、無意識に両手を伸ばしていた。
「お父様」
「おはよう、ヴィエラ。いい朝だな」
公爵令嬢なのだから、と跳ね除けることなく、アルノアは伸ばされた両腕に応えるように小さな体を抱き上げる。
そうしてバルコニーの手前に置かれた椅子に腰かけると、少しだけ窓を開け、朝の風を浴びさせた。
「お父様、いついらしていたの?」
「昨日の夜だ。ロアンと殿下が行方不明になったと伝令が入ってな。急ぎ戻ってきたんだ」
「そうでしたの……。王都にいらしたのでしょう? お疲れではございませんの?」
ヴィエラも王国の地図は頭に入っている。王都から東部まで、馬車で走ると大体三日から四日は掛かる。幾ら北部最高峰の軍馬を乗りこなすアルノアであっても強行突破できる距離ではない。だがアルノアは「ヴェノンが走れると言ったからな」と飄々と答え、ヴィエラの頭を撫でた。
「セルディア公爵から聞いた。公爵令嬢として、優れた判断が出来ていたと」
「……でも、わたくしがロアンと手をつないでいれば、あんなことにはならなかったはずですわ」
ヴィエラはギュッと太い首に縋るように抱き着く。アルノアに甘えるのはほぼ一年ぶりだったが、今はそうでもしないと抱いた不安は消えそうになかった。
アルノアもそれを理解しているのだろう。優しく背中を撫でる。
「例えロアンと手を繋いでいたとしても、誘拐されかけたのが三人になっただけだ。むしろあの時お前がリゼルや護衛達を動かしたことで大事に至らずに済んだ可能性すらある。出来なかったことを悔いるのではなく、やれることをやった自分を誇りなさい」
「……はい」
ヴィエラは無力だった自分をずっと後悔していた。歯がゆく思っていた。だが潮風が二人の髪を撫でる中、公爵である父親から「よくやった」と遠回しに褒められる。
だが腑に落ちていないと察したのだろう。アルノアはヴィエラを抱いたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「お前の後悔や歯がゆさは、俺にも覚えがある」
「お父様にも、ですか?」
「ああ。俺は、十四歳の時に父と兄を同時に亡くしているからな」
初めて聞いた事実にヴィエラが目を丸くして顔を上げれば、アルノアは『大したことではない』と言わんばかりの微笑を浮かべる。
「既に終わったことだ。そんな顔をするな」
「ですが……」
「いいんだ。亡くなった者は戻ってこない。イヤというほどに知っている。だが、今回は違う。ヴィエラ。お前の判断が、ロアンと殿下、双方の命を救ったんだ」
大きな手が強張る頬に触れ、そのまま撫でる。そして朝日が水面を輝かせる中、アルノアは「よく頑張ったな」と娘の目を見ながら伝えた。
途端にヴィエラの赤い瞳は潤み、ボロボロと真珠のような涙を零す。アルノアはそれを自身の肩に吸わせてやりながら、ポンポンと小さな背を叩いた。
「ごめんなさい、お父様……! わたくしが、もっと、ちゃんとしていれば……!」
「今褒めたばかりだというのに、お前は自分を責めてばかりだな。もう少し自分に優しくなりなさい」
「でも、だって、ロアンが……!」
普段のヴィエラらしくない、支離滅裂な言葉の羅列。それだけ恐ろしかったのだな、とアルノアは再度認識を改めながら、愛娘を抱いたまま立ち上がる。そうしてバルコニーに出ると、眩い朝日に目を細めつつ話を続けた。
「ヴィエラ。無理にその悔しさや後悔を忘れろ、とは言わない。だがその経験を『傷』として残すのではなく、次に生かす『経験』にするんだ」
「……けいけん……」
「そうだ。俺も、そうやって乗り越えてきた」
ヴィエラは、アルノアが『大事な話をしている』ことを肌で感じ取り、顔を上げる。対するアルノアは濡れた頬を優しく指の腹で拭ってやると、国を守る『公爵』ではなく、一人の『父親』として微笑んだ。
「お前は自慢の娘だ、ヴィエラ。だからこそ、その涙はここですべて流してしまうといい。波の音がかき消してくれるだろう」
そう言ったアルノアの背後には、当然のように護衛が立っていた。また、ベッドから起き上がっていなかったとはいえ、エルディオンやイリアスもすでに目を覚ましている。
だが護衛達は動くことなく目を閉じ、二人の兄も寝たふりを続け、ヴィエラのすすり泣く声を静かに受け止めたのだった。
次回8/24更新予定です。




