人混みの罠
迎えた翌日。可能な限り人員を増やした大人たちの保護の元、子供たちは再び港町に来ていた。
「でもさあ、先生達も過保護だよなぁ。前の騒動があったせいで警戒してんのかな」
自分達の周りを固める護衛が倍になったことに呆れた顔をしたのは、例の如くイリアスだ。だが隣に立っていたエルディオンは同意しつつも涼しい顔を崩さなかった。
「否定はできないかな。秘匿はされているけどこっちには隣国の王子がいるんだ。警戒するに越したことはないよ」
「そりゃそうだけどさ。でも、多すぎねえか?」
二人の前には更に多くの護衛に囲まれたラシードとロアン、ヴィエラが立っている。ヴィエラも当初は護衛の多さに目を丸くしたが、既に受け入れていた。
「ラシード様、本日はロアンのわがままにお付き合いくださり、光栄ですわ」
「とんでもない。前回あんなことになってしまったからな。余としてももう一度楽しみたかったから、ありがたい申し出だったさ」
「ヴィー、もしかして、おこってる?」
「ちがうわよ。こういうあいさつの仕方があるの」
「そうなんだ!」
ヴィエラに叱られていると思ったロアンがしょんぼりとすれば、すかさずヴィエラが否定し、その頬を突く。途端にロアンは顔を上げて笑みを浮かべ、ラシードもつられるようにして笑う。
こうして平和に始まった観光だったが、カイラスには気掛かりなことがあった。
「おい、ロムラス」
「おう? どうした」
「ラディア様から聞いていると思うが、まだ終わったわけじゃねえ。お前も子供達から目を離さないでくれ」
「分かってるさ。いざとなれば俺が前に出るから心配するな」
ロムラスはカイラスから頼まれ、この二週間ずっと子供達の保護者として過ごしていた。元来子供好きであり、腹違いの弟であるカイラスからの頼みだったのだ。快く引き受け、子供達とも仲良くなった。だからこそ今回も「任せておけ」と胸を張るが、カイラスは「何も起こらねえといいんだが……」と不安を抱きながら周囲を見回す。
「それにしても、今日はやけに人が多いな」
「ああ、もうすぐ『豊漁祭』があるからだって聞いたぞ。東部式の『豊穣祭』らしい。もうすぐ開催だからと、人員を増やして準備してるみたいだぞ」
「道理で前より人が多いわけか。こりゃ面倒だな」
ぼやくカイラスだったが、子供達からは目を離していない。護衛達もそれぞれの主人を守るべく周囲を警戒しており、町民も楽し気に豊漁祭の準備を進めている。
「そっち持ってくれ!」「おい! それじゃねえ! そこにはこれだ!」「退いた退いた! 道を開けてくれ!」
あちこちで屋台や舞台を作るための資材が運ばれていく。どこで使うのか分からない大樽に、詰まれていく沢山の木箱。どこかからはアルコールの匂いも漂い、非常に賑やかだ。
ロアンはゴロゴロと転がしながら移動させられる大樽に「わあ……!」と目を輝かせ、手を繋いでいたラシードを見上げた。
「ラシード様! かくれんぼの時、あの中に入ったらばれないですよね?!」
「バレないとは思うが、どうやって入るんだ? 今は横にして転がしているが、普段は縦になっているんだぞ? 背が届くのか? 出られないと怖いぞ?」
「そっか……。出られないのはやだなあ……。ヴィーに会えなくなっちゃう……」
普段ならここでヴィエラから「バカね」や「探してあげるわよ」といった言葉が飛んでくるが、それがない。不思議に思ったロアンが隣を見れば、そこにヴィエラの姿はなかった。
「あれ? ヴィー? どこ行ったの? ヴィー?」
「どうした。ロアン」
「ラシード様、ヴィーがいない」
「なに?!」
キョロキョロと周囲を見回していたロアンがラシードに告げた途端、ナディクはすかさず視線を走らせる。そして自分以外の護衛もこの場にいないことに気が付き、血の気が引いた。
一方その頃、人の多さによりロアンと分断されてしまったヴィエラも必死に周囲を確認していた。
「リゼル! ロアンと殿下とはぐれてしまったわ! 急いで探してきて!」
「かしこまりました!」
足が速く、帯剣もしている侍女にロアン達の捜索を任せる。だがそれで終わらせず、今度は護衛達を見上げる。
「カイラスおじさまのところに行くわ! おじさまがどこにいるか分かる?」
「それが、我々も先程から探しているのですが……」
「人が多く、見つけられておりません」
東部の豊漁祭の話は聞いていたが、北部とはまったく様式が異なるため、護衛達もうろたえている。その姿にヴィエラは「やられた」と察して唇を噛んだ。
「ゆだんしたわ……! 殿下がいらした時点で隣国でなにか起きていると考えるべきだったのよ……! きっとおじさまたちも似たような状況になっているはずよ! 二人はわたくしについてきて! 残りは今の状況を調べなさい!」
「かしこまりました!」
ヴィエラはサマードレスの裾を掴み、小さな足を必死に動かし人並みを抜ける。勿論護衛から離れるわけにはいかないため猪突猛進に進むことはできないが、それでも元来た道を戻っていると、どこかから言い争う声が聞こえて来た。
「お嬢様! 危険ですからここでお待ちください!」
ヴィエラ付きの護衛が咄嗟に走り出そうとした小さな体の前に飛び出る。瞬間的にヴィエラは「どきなさい!」と命令しそうになったが、聞こえて来た声に言葉は引っ込んだ。
「だー! クソ! やっぱりこうなると思ったんだ!」
「先生! こっちは終わったぞ!」
「公爵家に伝令を送りました! すぐに皆を集めて帰還しましょう!」
護衛達の隙間から見えたのは、二人の人間を引きずって歩くカイラスと、髪を乱した二人の兄だった。
「カイラスおじさま! エルディオンお兄様! イリアスお兄様!」
「あ? 今お嬢様の声がしなかったか?」
「ヴィエラ! 無事か?!」
「よかった! 探しに行こうと思っていたんだ」
カイラスは一瞬幻聴かと思い首を巡らせたが、二人の兄はすぐさまヴィエラを見つけて駆け寄る。そして大切な妹が無事であることにほっとしたが、すぐに「ロアンと殿下は?」と声をかけた。
次回更新8/10予定です。




