友との約束
ラシードは一度ロアン達が待つ部屋へと戻り、いつも通り過ごした。それがカイラスとの約束であったし、自身に課した役目でもあったからだ。
それでも考えることは多い。父王のこと、クバードのこと、麻薬問題。一つだけでも大きいのに、これら三つが同時にのしかかって来ているのだ。その重責は並大抵のものではない。
ラシードはバルコニーから入って来る夜風を浴びながら「帰国した際、何を真っ先に片付けるべきか」を考えていた。するとドアがノックされ、護衛が動く。そして数度やり取りをすると、ラシードの元に近付いてきた。
「殿下。例の子供がお見えになっております」
「ロアンか? 構わん。通せ」
「はっ」
幾ら『留学』と言えど王子の部屋だ。前触れなく訪れるものではない。だがラシードにとってロアンは『友人』だ。異国で出来た友にそこまで礼儀を押し付ける気はない。
ラシードはナディクと共に眺めていた資料を隠すと、快くその来訪を受け入れた。
「よく来たな、ロアン。しかし、こんな遅い時間にどうしたのだ? 緊急の用事か?」
ラシードは極力『いつも通り』を心掛けていたし、実際うまく出来たと思っている。だがロアンはキョロキョロと周囲を見回すと、ラシードに近付いて「あのね」と話し出す。
「ラシード様、明日カンコウに行きませんか?」
「観光? 明日とはまた急だな」
特に公務が入っているわけではないが、それでも王子という立場上『スケジュール』を気にしてしまう癖がある。だがロアンは「うん」と頷き、ラシードの目をまっすぐ見つめた。
「ラシード様、ずっと元気なかったから……。またカンコウに行って、町の人とか、ウミとか見たら元気になるかな、って……」
「………………」
これでもロアンはちゃんと大人に許可を取りに行ったのだ。久しぶりに顔を合わせたカイラスとセルディア公爵両名に、だ。事の顛末を知る二人は最初こそ渋ったが、ロアンが「ラシード様、元気なかったから元気になってほしい」と訴えたところ、「護衛を増やし、数時間程度であれば」という条件付きで了解を得て来た。
それを伝えたロアンに、ラシードはフッと目を細めて笑う。
「そなたは……本当によく人を見ているな」
「? だって見ないとお話できないよ?」
「フッ、そうだな。……本当に、その通りだ」
ラシードは改めて思う。自分は『一体何を見てきたのだろうか』と。
父王の気持ちも、考えも、何故自分を殺そうとしているのかも、ラシードには分からない。記憶にある姿はいつも気難しそうな顔をして、自分を冷たく睥睨するだけだった。
(王と子供に血縁以上の関係など望むものではない、と教えられてきたが……。余が『予言の子』でなければ、カターゴの族長に選ばれた子でなければ、父上はもっと余を見てくれたのだろうか……)
親子として接した時間はない。それでも『見よう』という努力をすれば何かが違っていたのではないか。そんな考えが首をもたげたところで、ロアンに手を掴まれる。
「ラシード様、大丈夫?」
「……ああ。大丈夫だ。少し……考え事をしていた。すまないな」
ラシードは長椅子にロアンを座らせると、自身も隣に座る。そしてバルコニーの向こうから聞こえてくる波の音に耳を澄ませた。
「……ロアン。余は、もうすぐ国に帰るつもりだ」
「え!? もう帰っちゃうんですか?!」
「ああ。長く国を空けることは出来ん。余は『王子』だからな」
皆に望まれた『予言の子』だと信じて生きて来た。だが実際は違うのだと言われ、命を狙われた。
その情報も本当なのか偽りなのか、現時点では何も分からない。それに他国にいては迷惑をかけるだけだと実感した。体の方もカイラスが準備した薬で後遺症も残らず回復した。ならばこれ以上他国で過ごす理由はない。
ラシードは寂しそうに俯くロアンの頭を優しく撫でる。
「二度と会えぬわけではない。それに、明日帰るわけでもないのだ。そう落ち込むな」
「わかりました……。でも、ラシード様がかえっちゃうの、さびしいです」
素直に気持ちを吐露する姿に、ラシードは亡き弟を思い出す。だが「あの子はロアンほど大人しくなかったな」と思い出し、苦笑いを浮かべた。
「ありがとう、ロアン。そう言って貰えると余も嬉しい。だが余は『王子』だ。国のために帰らねばならん」
「はい……」
「帰国すれば、そなたとは長らく会えぬであろう。だから……そうだな。余と『手紙』を交換しないか?」
「てがみ?」
キョトンとした目を向けて来るロアンに、ラシードは頷く。
「そうだ。余が国でどう過ごしているか、ロアンに教えよう。だからロアンも、どんなことをしたか、何が楽しいか、余に教えてくれ。そうすれば遠く離れていても、余との友情はずっと続く」
「そっか……! はい! ぼく、おてがみいっぱい書きます!」
ラシードとの友情が消えるわけではないと理解出来たからだろう。丸い目を輝かせ、立ち上がるロアンにラシードも笑顔を浮かべる。
「互いの国について、文字についても勉強できるからな。いい考えだろう?」
「はい! おてがみ楽しみです!」
ようやくいつも通りに笑ったロアンに対し、ラシードも「うむ」と頷く。そうして「明日は共に観光を楽しもう」と約束すれば、ロアンはニコニコと笑いながら手を振り、帰って行った。
「本当に……寂しくなるな」
大切な兄を喪い、弟を喪い、残されたのは信頼できる腹心と母ぐらいだ。そんな孤独な自分にも心を許せる『友』が出来た。
ラシードは「名残惜しいとはこのことか」と苦笑いしながらも、ナディクに指示を出す。
「明日は忙しくなる。護衛達にも今の話を伝え、準備を頼む」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げたナディクであったが、内心では少しだけ安堵した。先程までのラシードはどこか気鬱に満ちていたが、ロアンの来訪により随分と和らいだからだ。
ナディクは「出来ればあの子は我が国に来て欲しいものだ」と思いながらも、仕事を全うするためその場から下がった。
次回更新8/8予定です。




