カルド王国の闇
あまりの衝撃にふらついたラシードだったが、ナディクに支えられどうにか顔を上げる。
「父上が……余の暗殺を命じたのか?」
「おそらくそうでしょう。その計画に乗ったのがクバード王子殿下でしょうね。この女は国王陛下とクバード殿下の間をコウモリのように行き来し、ラシード殿下暗殺のために動いていたのでしょう」
カイラスとて本人から聞いたわけではない。そのため憶測の域を出ず、曖昧な答えになってしまう。だが確実に答えられることもあった。
「殿下を苦しめた毒物がこちらになります。製薬したのはラーミド族の人間でしたが、その者の手首にも『サソリの入れ墨』がございました。どうやらカルド王国に存在する『暗殺組織』に属する人間の証なのだとか。また組員の多くは脱獄囚という情報がございます」
「暗殺、組織……。ははっ、父上もクバード兄上も、なりふり構っていられないようだな」
乾いた笑いを上げたラシードだったが、その顔は苦痛に歪んでいる。
少なくとも『血縁者』だと思っていた。冷たくされても、恨まれてもしょうがないと思っていた。だがいざ『死ね』と言われている現実を突きつけられると、くるものはある。
そんなラシードにナディクが声をかけようとした瞬間、椅子に縛り付けられていた女が「うっ」と呻いて意識を取り戻す。
「おう。目ぇ覚めたか」
「ぐっ……貴様……」
「驚いたもんだなぁ。まさか信仰心の強い『ファリム族』の人間が、『予言の子』であるラシード殿下を害そうとするなんてよ」
解毒薬を打たれたせいで死ねなかった女は、自身が生きていることに腹を立てながらもカイラスを睨みつける。
「何も知らない異国人が……。貴様が知らないだけだ! 真の『予言の子』ではラシードではない! そやつは偽りの『予言の子』だ! 神が本当に『予言』を示したのは、偽りの子を庇って亡くなったイスハーク殿下である!」
「貴様、何を根拠に……!」
ガタガタと椅子を揺らしながら吠えた暗殺者に、ナディクは殺意を向ける。だが暗殺者となった『ファリム族』の女は「何も知らぬ愚か者共め!」と血走った目で『真実』を明かす。
「真の予言は族長によって捻じ曲げられたのだ! 占術により『凶兆が出ており縁起が悪い』というバカげた理由で、真実を捻じ曲げた! 真に神が予言した日はイスハーク殿下がお生まれになった日である!」
「何だ? 双子だから縁起が悪いってか?」
玉座は一つ。つまりそこに座れる人間も一人だけだ。だからこそ『双子』として生まれたイスハークとクバードは縁起が悪い。そう判断されたのかとカイラスが質問すれば、女は吐き捨てるように笑い、それを否定する。
「クハハハ! 真に神の意思を理解出来ぬ憐れな者共よ。クバードは真の王族ではない。アレはイスハーク殿下を守るために王族に仕立て上げられた、我らと同じ影よ」
「な、に、を……クバード殿下が王族ではないだと?! 不敬者めが!」
王家に仕える者としてナディクは剣を抜くが、女はへらへらと楽し気に笑う。
「イスハーク殿下をお守りするため、王妃殿下が偽っただけのことよ。だが……貴様のせいで真の王が死んでしまった! お前のせいだ! お前のせいだ! お前のせいでえええええ!!」
再びガタガタと椅子を揺らし始めた女に、カイラスは黙って注射器を用意し、それを打ち込んだ。
「う、ぐ……お……き、さま……」
「解毒剤と一緒に自白剤もぶちこんでおいたが、ちょいと効きすぎたな。まあ、おかげで知りたいことは分かったが」
カイラスは鎮静剤を打ち込むと、体を揺らして睨みつけて来る女を見下ろす。
「王族を偽った罪はデカイぞ。クバードは死ぬ。お前と、その隣にいる子供もだ」
「フ……子などしょせん道具……われらのいのち、どうよう……すべては……イスハークでんか……神の、ために……」
カイラスが容赦なく強い鎮痛剤を打ったため、女は白目を向いて意識を失う。ナディクとラシードはその姿を無言で見つめた後、詰めていた息を吐き出した。
「すまない……カイラス殿……そなた達には多くを背負わせてしまった……」
「致し方ないことですよ。ラシード殿下はまだ十一歳です。対するこちらは全員大人なわけですから、動くのは大人の仕事です。ですが、俺達が出来るのはここまでです。カルド王国の『王位継承争い』にまで首を突っ込むことは出来ません」
「ああ。分かっている」
ラシードは頷くと、血の気が引いた顔に無理矢理笑みを浮かべる。
「これは、余が片付けねばならぬことだ。カルド王国からエルドアン王国に流れている麻薬のことも、余が解決せねばならぬ」
「殿下……」
ナディクはまだ十一歳の主君に全てを背負わせることに戸惑いと罪悪感を抱く。カイラスも「ガキはガキらしく生きられたらいいのになぁ」と心中だけで呟き、まとめた資料をナディクに押し付けた。
「こんな危険なもん、手元に残しておきたくねえ。全部くれてやるからテメエらでどうにかしな」
「しかし、カイラス殿……」
「言っておくが、善意じゃねえぞ。カルド王国はエルドアン王国に『デケエ貸しが出来た』ってことだ。それはいつか、殿下が国王になった時に返しに来い。俺が言えるのはそれだけだ」
カイラスはそこまで言うと控えさせていた公爵家の騎士たちを呼び出す。そして二人の身柄を拘束し、秘密裏に護送することを伝えた。
「毒薬も麻薬も、出来る限りの解析はしてやった。こういうのは根絶するのはほぼ不可能だ。死ぬまでイタチごっこを繰り返すしかない。それでも、国を、民を『守る』っていうのはそういうことだ」
カイラスはそこまで言うとようやくラシードを見下ろす。そして地面に片膝をつくと、沈んだ瞳をまっすぐ見つめた。
「殿下。良き王におなりください。子に剣を向ける王ではなく、子も民も愛し、慈しみ、時に公平な裁きを下せる王に。それこそが真の『太陽』であると、私は思います」
ラシードはグッと拳を握り、唇を噛みしめ、熱いものが込み上げてくる喉の奥に全てを飲み込み、深く頷く。
「約束しよう。ラシード・ザーヒル・カターゴ・アル=ナシルは、必ず王位を継ぐ。そして愚かな国王と、偽りの王族であるクバードの罪を詳らかにし、必ずや友好国であるエルドアン王国に『貸し』を返す。……今は力のない子供でしかないが、余は、諦めぬ。必ずそなた達の期待に応えよう」
ロアンとも約束した。『民を愛し、幸せにする王になる』と。カイラスはその言葉を聞くと頷き、立ち上がる。
「私に出来るのはここまでです。ここからは、殿下と、それからお前が気張ってやらなきゃならねえことだ。しっかりしろよ」
「……感謝する」
カイラスはトントンとナディクの胸を拳で軽く叩くとドアを開け、二人に退室するよう促した。
「ラディア様は既にご存知ですが、子供たちは何も知りません。どうかあの子達の前では気丈に振舞ってください」
「分かっておる。本当に……感謝している」
ラシードは無力な自分を噛みしめながらも感謝を口にし、医務室から続く『隠し部屋』から出ていく。
残ったカイラスは、この二週間で各地から寄こされた情報と、密かに行われた治験結果の『写し』を両公爵に提出すべく、後片付けを始めるのだった。
次回更新8/6予定です。




