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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-東部編-
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調査報告


 ラシードが東部に来て早くも二週間が経った。アレクシスは王都での王太子教育があるため既に王都に戻っていたが、その間に子供たちはすっかり打ち解けていた。


「イリアス、それは違う。正しいスペルはこうだ」

「え。これがリ、ア、じゃねえのかよ……。カルド王国の言葉って難しいな」

「ラシード様! 書けました!」

「おお、ロアンは合っているぞ。覚えるのが早いな。上出来だ」

「やったあ!」


 子供同士で顔を寄せ合い、広げた用紙に書き連ねていたのは『自分達の名前』だ。

 ラシードはカルド王国の言語を皆に教え、ロアン達はラシードにエルドアン王国の言葉を教える。『留学』として正しい授業風景に、保護者として同伴していたラディアは笑みを浮かべていた。


「ヴィエラ嬢は字が綺麗ね。流れるようで、実に美しいわ」

「ありがとうございます。ですがまだまだ練習が必要ですわ。読むのにも時間がかかりますもの」

「勤勉なことね。エルディオン様もお上手ですこと。学習速度も速くて、流石ですわね」

「ありがとうございます。僕も覚えるのが楽しいです。いつかラディア様ともカルド王国の言葉で話してみたいです」

「まあ。嬉しいこと。その時が来るのが楽しみですわ」


 そんな穏やかなやり取りをする中、久しぶりにカイラスが子供たちの前に姿を現した。だがその顔は憮然としており、ロアンとヴィエラは顔を合わせる。

 当の本人はというと、子供達には目もくれずにラシードの元に歩み寄った。


「殿下。例の子供の意識が戻りました」

「本当か!」

「例の子どもって……」

「港で暴行を受けていた、あの子供か」


 瞬くロアンの呟きを聞き、ピンと来て声を上げたのはイリアスだ。それに対しカイラスも頷きを返す。


「状態が悪かったからな。ようやく対面させられるようになった。殿下、如何致しますか?」

「もちろん、会うに決まっている。ナディク、着いて来い。皆の者、すまんな。少し席を外す。叔母上、後は頼みます」

「ええ。ここでお待ちしているわ」


 笑顔で見送るラディアに後を任せ、ラシード達は護衛達を連れながら医務室へと足を踏み入れる。

 そして清潔に整えられたベッドに横たわっていたのは、痩せ細った少年だった。


「カイラス殿。会話は出来るのか?」


 人払いを済ませた医務室の中、入室させたのはナディクとファリム族出身の護衛騎士二人だけだ。後は皆部屋の外で待機している。そんな中ラシードが問いかけた言葉に、カイラスを首を横に振った。


「おそらく無理でしょう。舌を切られておりましたので」

「……そう、か」


 ギリッ、とラシードが強く拳を握りしめる。カルド王国の罪人は全身に入れ墨を掘られるが、他にも度合いによっては耳をそぎ落とされることもあるし、舌を切られることもある。それは罪状によって変わるが、こんな子供の舌が切られるなどあってはならないことだ。


 ラシードが悔しさを滲ませる中、少年はじっとラシードを見つめる。それからカイラスを見上げると手を伸ばした。


「何だ?」

「薬を欲しがっているのですよ」

「薬? 痛み止めか?」

「似たようなものですね。この子が欲しがっているのは、痛みや苦しみを紛らわせる『麻薬』ですので」

「!!」


 ナディクまで目を丸くする。だがカイラスが一瞥することもなく懐から丸薬を取り出すと、少年は目を大きく見開き、うめき声を上げながら両腕を伸ばした。

 しかし立ち上がる力はないようで、ベッドの上で上体をグネグネと動かし、手を上下させることしか出来ない。


「……進行は……どの程度進んでいるのだ」

「ハッキリ申し上げますと、ほぼ『回復不可能な状態』です。歯も殆ど溶けておりますし、何本かは根元の神経が死んでおります。足の骨にも変形が出始め、また小指は両足ともに無くなっています。もしくは小指の骨が溶けてしまったのかもしれません」

「なんということだ……。何故そんな危険なものがここに……」


 悔しがるラシードに対し、カイラスは淡々と調べたことを告げる。


「東部辺境伯からの申し出を受け、グラディアス公爵家、並びにセルディア公爵家の諜報員が調べた結果、この薬はカルド王国から流れてきているものと推測されております」

「何だと?! 我が国にそのような危険な薬はないぞ?!」

「王宮に流れぬとはいえ、このようなものはどこの国でも存在しています。それこそ、我が国にでさえ」


 カイラスはそこまで言うと、室内での警護に当たっていた一人の護衛に近付いた。


「お前は心当たりがあるんじゃねえのか?」

「はい? 何を……」

「男の振りして紛れ込んだファリム族出身の女暗殺者……だったか?」

「ッ!」


 カイラスが勢いよくむしり取った頭髪の下から、赤茶色の髪が零れ出る。ナディクは即座にラシードを背に庇い、もう一人の護衛に視線を走らせる。だがその瞬間、視界の端でカイラスが反撃に出ようとした相手に向かって迷わず拳を打ち込んだ姿が見えた。


「ぐあっ!」

「気概だけは認めてやるよ。だが薬師舐めてんじゃねえぞ。髪の色と体毛が合ってねんだよ。どうせ誰にも気付かれなかったからと考えてなかったんだろ。バカにしやがって」

「う、うぅぅ……!」

「おっと。仕込んだ毒で死ねるなんて思うなよ。こちとら東部中をひっくり返す勢いで薬草集めて実験してきたんだ。死なねえ程度に解毒なら出来る」

「あぐっ」


 カイラスは刺客を床に押し倒すと、ギリギリと体重をかけて関節を締める。そして藻掻く相手の頭を掴むと、床に叩きつけた。打ち付けられる度に響く鈍い音とくぐもった悲鳴にナディクは口を噤み、ラシードは目を瞑った。


「よし。気を失ったな。おい、そっちのお前。間者じゃないと証明したいなら、今すぐ縛るもんをあっちの棚から持ってこい」

「は、はい!」


 血みどろになった床になど見向きもせず、指示を出したカイラスに従いもう一人の騎士が走る。そして大人しく持ってきたロープを受け取ったカイラスは、手早く刺客を縛りあげた。


「あとはそっちのガキだな。殿下、そこのガキもグルだとご報告いたします」

「は? それは、どういう……」

「コイツがこうなったのは、俺が『実験台にしたから』ですよ」


 そう言って少年の体も縛ると、カイラスは「俺が何故そうしたか、これからお伝えします」と告げ、医務室から繋がる『隠し部屋』に気を失った刺客と子供を連れて入る。そこでカイラスはこの二週間、寝食を削って調べ上げた内容と、両公爵とラディアが金と人脈に物を言わせてかき集めた情報を纏めていた。


「既にお察しのこととは思いますが、東部辺境伯にもお力添えを頂き、カルド王国にも人を遣りました。殿下が人気者で助かりましたよ。ファリム族とカターゴ族の多くの人々が力になってくれましたからね」


 淡々と話しながらもカイラスは簡素な椅子に二人を座らせると、そこに縛り付ける。そして意識を失っている暗殺者の一人に注射を打ち込み、冷たい瞳で見下ろしながら「明らかになったこと」を隠すことなく告げた。


「この女は現国王陛下の命令を受け、ラシード殿下暗殺の為に動いていた者の一人です。そしてこの子供は、クバード王子殿下がこの女に産ませた子供です」

「…………」

「殿下!」


 足元をふらつかせたラシードを、ナディクが咄嗟に支える。そしてラシードを苦しめ、最愛の弟を殺したと思わしき毒物も、カイラスは隣国から手に入れていた。



次回更新8/4予定です。

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