はじめての『友達』
浜辺で貝殻を集めをしていたロアンを呼び寄せたラシードは、現在机上に並べられたそれらを見下ろしていた。
「ほう。なかなかの収穫ではないか」
「はい! いっぱい見つけて、一番キレイなのをヴィーにあげようと思って!」
「そうか。そなたは本当にヴィエラ嬢が好きなのだな」
大小形問わずに並べられた貝殻には、子供らしい愛情と煌めきが詰まっている。ラシードはそれを心から眩しく思いながら眺めていると、比較的大きな貝殻をロアンが手に取った。
「セルディア公爵様がね、『カイガラを耳にあてると、ナミの音が聞こえるよ~』って言ってたんですけど、ウミにいたから分かんなかったです!」
「ブハッ! それはそうだろうな」
波の音と言うのは存外大きいし、慣れていなければ気になるものだ。それに加え、海辺で拾っていたのであれば波の音が最も近くで聞こえる。だからこそ貝殻から聞こえるという現象が確認出来ず、ロアンは首を傾けるばかりだった。
そんな素直な、五歳児らしい報告を受けてラシードは笑ってしまう。
「そういえば聞いていなかったな。ロアン。そなたは今何歳なんだ?」
「五歳です! もうすぐ六歳になります! 多分!」
「五歳……そうか。しかし、何故“多分”なのだ?」
貝殻を選定していたロアンの発言内容が不思議で問いかければ、ロアンは手にしていた貝殻を置いてから「おたんじょうび、知らなかったので」と返す。
「誕生日を、知らない?」
「はい。ぼく、おうちでは『いらない子』だったから。おいわいされたことないんです」
ラシードは目を丸くした。誰からも愛されるような子供が、今まで一度も『祝われたことがない』とは思ってもみなかったからだ。
それに比べ、ラシードは毎年国を挙げて祝われていた。『予言の子』として認知されているラシードへの好感度は高く、少し前まではそれを当たり前のように受け取っていた。双子の兄の片割れ、イスハークが亡くなるまでは。
「そうか……。そなたにも色々とあるのだな」
「でも、今はヴィーとカイラス先生とメアリがいるから、さびしくないですよ! あと、エルディオン様に、イリアス様に、公爵様に、セラフィア様もいるから!」
指折り数えていくロアンに対し、ラシードは心から「よかったな」と返す。いつになく柔らかな声に気付いたロアンが目を向ければ、ラシードは小さく笑った。
「……余にも、そなたと同い年の弟がいた。小さくて、色んなものに興味を持っていた。余を慕ってくれた、可愛い弟だ」
「いた? 今は? いないんですか?」
「ああ。死んだ。つい先日、余の腕の中でな」
ナディクは小さく「殿下」と声をかけたが、ラシードは聞こえていない振りをした。
別にロアンを怖がらせようと思ったわけではない。ただ、大人ではない『誰か』に聞いて欲しかったのかもしれない。
致し方ないことではあるが、痛ましげに『可哀想に』『殿下は悪くない』と言われることに辟易していた。だから敢えて同い年の子どもに聞かせることで「ひどい!」と詰ってもらいたかったのかもしれない。
こう見えてラシードもまだ十一歳だ。どれほど大人びていようと、賢かろうと、子供でしかない。
だからこそ心が『罰』を求めて告白したというのに、ロアンから返ってきた言葉は斜め上だった。
「そっか……。じゃあ、その人は大好きなラシード様といっしょだったから、きっとさびしくなかっただろうなぁ」
「……は?」
一瞬何を言われたか分からずに瞠目したラシードとナディクに対し、ロアンは寂しそうに笑う。
「だって、ぼくはおうちじゃだれにもだきしめてもらえませんでした。まっくらで、せまいクローゼットの中にいれられて、お父様から『出てくるな』って言われてたから。だから、大好きな人にだきしめられて、大好きな人をみながら『おやすみなさい』ができたら、きっとぼくはうれしくて、しあわせです」
「────」
言葉が出ない二人にとっては衝撃的な過去だった。だがロアンはギュッとズボンの裾を握っていた手から力を抜く。
「ぼく、『たんじょーび』がなにかも知りませんでした。たくさんの人に「おめでとう」って言われたこと、なかったから。でも、今度みんなが『おいわい』してくれるんです。ぼく、はじめて『たんじょーびのおいわい』をしてもらえるんです。だから、もうさびしくないです。ここがいっぱい、ぽかぽかして、ふわふわして、すっごくしあわせだから!」
そう言って胸に手を当てて笑ったロアンに、ラシードは思わず立ち上がる。そうしてナディクが手を伸ばすよりも早くロアンに駆け寄ると、自分よりも小さな体を抱きしめた。
「ならば! 余も祝ってやる! そなたが祝われることのなかった分まで、この先もだ!」
「えへへ。ラシード様、カイラス先生とおなじこと言ってる。うれしいなあ」
ラシードはもう二度と『弟』の誕生日を祝うことが出来ない。自分が毒入りの杯を渡したがために死んでしまったからだ。
だがロアンは違う。この先何度も祝われる未来があるのだ。少しずつ背が伸びて、知恵がついて、そしてその時隣にヴィエラがいて、ロアンは幸せそうに笑っているのだろう。
──そんなあたたかな未来が来ることを、ラシードは心から願う。
「じゃあぼくも、ラシード様のおたんじょーび、おいわいするね!」
「そうか……。なあ、ロアン。そなたは、余が『王子だから』祝ってくれるのか?」
ロアンの隣に腰掛けたラシードの問いかけに、ロアンは心底不思議そうな顔で首を傾ける。
「ラシード様はラシード様だよ? 王子様だけど、ラシード様は『王子様』って名前じゃないでしょ? カイラス先生に教えてもらったんです。王子様って、いっぱいいるんだって。だから『王子様』じゃなくて、ぼくはちゃんと『ラシード様』に「おめでとーございます!」って言うよ!」
そう言うとロアンは並べていた貝殻の中で、一番色鮮やかな貝殻を手に取った。
「はい! ラシード様にあげる!」
「ヴィエラ嬢に渡すのではなかったのか?」
「うん! でも、またさがすからだいじょうぶです! だから、これは今までのラシード様への「おめでとーございます!」の気持ちです! うけとってください!」
ペコリ。と貝殻を差し出した状態で頭を下げたロアンに、ラシードはクシャリと顔を歪めて笑う。
「は、ははっ……はははは! そうか。ならば、受け取ろう。……ありがとう。ロアン。そなたは──余にとって、大切な『友人』だ」
王族にとって『友人』という言葉には、存在には、大きな意味がある。だがまだ幼いロアンはそれに気づくことなく瞬きを繰り返し、それから嬉しそうに笑う。
「やったあ! あのね、ぼくね、ラシード様がはじめてなんだ! ラシード様が『はじめてのおともだち』なんだよ!」
ヒョコヒョコと体を上下左右に揺らし、喜びを露わにするロアンにラシードは「そうか」と言って癖のある髪ごと頭を撫でる。
そうしてもう一度ロアンを抱きしめると、優しく背中を叩いた。
「ならば余も、『初めての友人』に五年分の祝いを渡そう。おめでとう、ロアン。そなたと出会えたことは、余にとっての『祝福』だ」
「えへへ。ラシード様も、いっぱいおめでとーございます!」
ギュッと背中に回された小さな腕に、ラシードは笑顔で抱き着いてきた弟を思い出す。
「そなただけは……見上げるほどに大きくなってくれ。それが、余の願いだ」
そう零したラシードに、ロアンは「どこまで大きくなればいいんだろう?」と不思議そうに瞬いた。
次回更新7/31予定です。




