王子の葛藤
港で暴行を受けていた少年の治療を終えたカイラスは、椅子に深く腰掛け、天井を仰いでいた。
「こんなガキまで利用して、何がやりてえんだよ。向こうのお偉いさん達はよ」
独り言のように見せかけたそれは、実質ラシードに命令され、様子を見に来ていたナディクに投げられていた。
「……分かりません。我が国の宮廷は、この国とは異なります。私も単なる従者の一人にすぎず、陛下たちの御考えを理解するなど、おこがましいことなのです」
「チッ、クソがよ」
カイラスは目頭を軽く抑えた後、ナディクに向かって顎をしゃくる。
「見ろ。このガキ、全身に入れ墨を彫られてやがる」
「ッ! これは……」
「俺はそっちの国の人間じゃねえ。だが、アンタならその刺青の意味も分かるんじゃねえのか?」
ぼろきれとはいえ、纏っていた衣服の下には意味があるのか分からない模様が入っている。それを見たナディクは眉間に皺を寄せ、それから息を吐いた。
「殿下に奏上せねば……」
「その前に説明してもらわねえと困る。こっちもおたくのことで色々と問題を抱えてんだ。あれもこれも秘密にされたら全部手遅れになる。それとも、アンタはうちに混乱を持ち込みに来たのか?」
カイラスに鋭い指摘をされ、ナディクは咄嗟に「違う!」と声を荒げる。だがすぐに頭を下げて謝罪した。
「申し訳ない。殿下が毒殺されそうになり、気が休まらない日々に気が立っていた。貴殿の献身には感謝している」
「ハッ、感謝より情報が欲しいんだがな。……それとも、やっぱり『ファリム族』が絡んでるのか? それとも『ラーミド族』か?」
「なぜそれを……」
カイラスが隣国、カルド王国の言葉で部族名を口にしたことでナディクは驚愕を露わにする。だがカイラスは言葉を切り替えることなく、そのまま隣国の言葉を使って話し続ける。
「“サソリの入れ墨”と言えば俺達がどこまで動いているかもある程度分かるだろ?」
「……! もう、そこまで調べがついているのか……」
「殿下を襲った刺客が自決に使った毒はまだ分析中だが、こちらの国では出回っていないものだ。殿下を無事に帰すためにも必要なことだ。知っていることがあれば話してもらいたい」
「…………殿下の許可なく話すことは出来ない」
頭の固いナディクにカイラスは舌打ちしそうになったが、続いた言葉に動きを止める。
「だが、私がここで『独り言』を言ったとなれば、殿下も何も言うまい」
「……そうかい。じゃあ後ろでも向いておこうかね」
「フッ。そうしてくれ」
珍しく吐息で笑ったナディクが、訥々と言葉を漏らしていく。カイラスはそれを頭に叩き込んでいき、拳を握る手に力を込めた。
「私も誰が犯人か分からない。内通者が誰なのかも突き止められずにいる。不甲斐ない自分が嫌になっているところだ」
「適材適所って言葉があんだろ。だから殿下はアンタを傍に置いてんだ。……殿下の信頼を疑うような発言をするんじゃねえよ」
最後の言葉にナディクは振り向いたが、背を向けたままのカイラスに何も言うことなく、頭を下げて出て行った。
「……さて。どしたもんかね」
ナディクが『独り言』として漏らした情報は多くない。
一つは『カターゴ族』も一枚噛んでいること。だが敵か味方かは分かっていない。
二つ目は『第八妃』は無実の可能性が高いということ。現在祖国では王子二人に毒を盛った大罪人として牢に入れられており、二人の姫も同じように捕まっている。また護衛に至っては全員処刑されたとのことだった。
そして最後。三つめは『ファリム族』は『敵ではない可能性が高い』ということだった。
これらの情報は、後から合流してきた護衛騎士が祖国の仲間と連絡を取り合って得た情報だという。
『ファリム族は信仰心が強い部族だ。そして殿下は、十五年前に下された『国を発展させる偉大な王になるだろう』という予言の日にお生まれになったお方だ。だからファリム族は殿下を全面的に支持している。敵になることはないだろう』
ナディクの発言を信じれば、ファリム族は全面的にラシードを推薦していることになる。そうなればファリム族出身の第八妃が無実の可能性は高い。
そしてこれは現状カイラスにしか明かされていない情報ではあるが、宮廷から逃げ出した際にいた八名の護衛に加え、二名の騎士が後から合流した。だが実際は『三名いた』という。
「双子を使った情報のやりとり、か。中々考えるじゃねえか」
総勢十名に見せかけ、実際は十一名の護衛がラシードを守っている。そしてそのうちの三名はファリム族から送られ、双子の騎士の一人が祖国で情報を集め、こちらに流しているという。
カイラスは「同族意識の強いカターゴが『予言の子』を貶めるか?」という疑念を抱いたが、権力を欲する人間が何をするかは分からない。
暫し悩んだが、結局ラディアに相談することを決めた。
一方、ナディクから子供の様子を伺ったラシードは、窓辺に備え付けられた椅子の上に深く座り込んだ。
「全身の入れ墨、か……。やはり、余を狙っているのは兄上なのだろうな……」
「殿下……」
「そう珍しい話でもないだろう。クバード兄上が余を憎むのも無理はない。何せ、『余のせいで死んだ』も同然だからな。イスハーク兄上は」
そう言って海を眺めるラシードは、七歳の誕生日の時に襲われたことを思い出す。
いきなり現れた刺客から身を挺して守ってくれたのは、二つ年上の双子の兄だった。深い刺し傷により命を落としたイスハークに対し、深い信頼と心を預けていたもう一人の双子の兄であるクバードは病んでしまった。
「あれは、殿下のせいではございませぬ。イスハーク殿下も仰られていたではありませぬか。『殿下は予言の子だ』と」
「そうだな。だがそのせいでイスハーク兄上は死んだ。『お前がこの国を照らすのだ』と満足げに笑ってな。……余は、神など信じていないというのに……」
グッと組んだ手に額を押し当て、息を吐くラシードにナディクも目を伏せる。
「……叔母上とカイラス殿、そして公爵に伝えて欲しい。余は国へ帰ると」
「殿下!」
「これ以上他国に面倒はかけられぬ! 余は他国に責任をとってもらわねばならぬほど弱いのか?! ならば初めから玉座など分不相応である! 余は『予言の子』ではない! 皆が望むような大層な器ではなかったということだ!」
血反吐を吐くような思いで叫び、椅子から立ち上がったラシードとナディクの間でピリピリとした空気が流れる。
だがそんな空気を壊すように、海辺側の庭先から「あ~!」と言う声が聞こえて来た。
「今の声、ラシード様だ! おーい! ラシード様~!」
「あれは……ロアン?」
窓を開けて下を覗き込んだラシードとナディクの視線の先に、浜辺で貝殻を集めていたロアンが大きく手を振る。
「ラシード様~! やっほー!」
「フッ。護衛騎士を連れて何をしているのかと思えば……」
「貝殻集め……でしょうな。貴族の子どもとは思えない無邪気さではありますが……」
「ロアン! 余の部屋に来い! もてなしてやろう!」
これ以上ナディクと話しても喧嘩にしかならない。ならば幼いロアンと話していた方が心も落ち着く。
そう判断したラシードが声をかけると、ロアンは「はーい!」と元気よく返事をし、護衛騎士とメアリを連れてトコトコと浜辺から移動を始めた。
次回更新7/29予定です。




