はじめての観光
ラシードが渡来してから二日経ち、子供たちは改めてラシードと対面することになっていた。
「今日はラシード殿下と交流を兼ねて一緒に行動する予定だから、失礼のないようにね」
「はい! がんばります!」
「うん。いい返事だね、ロアン」
「えへへ」
いつの間にか子供たちのまとめ役になっていたエルディオンに対し、ロアンは嬉しそうに笑みを向ける。実の兄弟にも見えるやり取りに、アレクシスは「ずいぶんと仲がいいんだな」と改めて驚いていた。
一方でヴィエラはここ数日まともに会えていない父親とセルディア公爵、そしてカイラスのことが気になりつつあった。何せすぐにロアンが「先生~! あ、いなかった」ということを繰り返しているからだ。
それだけカイラスがロアンの日常に食い込んでいるという証左なのだが、だからと言って嫉妬しているわけではない。ただ水面下で何かが動いていることは肌で感じているため、もどかしい気持ちはあった。
「さあ! 今日は待ちに待った『観光の日』だぞ! ロアン! はぐれんなよ!」
「はい! ちゃんとキシさんたちといっしょにいます!」
「いい返事だね。それじゃあ殿下が来る前にロビーに行こうか」
「はーい!」
元気いっぱいなロアンと手を繋ぎ、ヴィエラはエルディオン達の後に続く。そしてロビーで待つこと数分。護衛を複数名連れたラシードが現れ、ロアンは「あ」と声を上げた。
「カイラス先生だ! カイラスせんせ~!」
「ちょっと会わなかっただけなのに変な感じだな」
ヴィエラと繋いでいない方の手をブンブンと大きく振るロアンに対し、カイラスは寝不足の顔を盛大に顰める。対するラシードは面白そうに笑顔を浮かべた。
「ロアンといったか。お前は元気だな」
「はい! ぼくいっぱいげんきです! ラシード様はげんきじゃないですか?」
「ははは。そんなことはないぞ。余も元気だ」
ラシードから笑顔を向けられ、ロアンもにっこりと笑みを返す。そんな二人を視界に入れながら、ヴィエラは略式のカーテシーをとった。
「おはようございます。ラシード様」
「ああ、おはよう。ヴィエラ嬢。……すまんな。練習はしているんだが、まだうまく喋れないのだ。大目に見てもらえると助かる」
「とんでもございません。お上手ですわ。わたくし、お会いした時おどろきましたもの。ラシード殿下は勤勉でいらっしゃいますのね。尊敬いたしますわ」
「はは。聡明と噂のそなたに褒められるとは、浮かれてしまうな。ありがとう。嬉しいよ」
ラシードにとっては他国だが、それでもそつなく会話をこなす姿にヴィエラは本心から驚き、敬意を抱いたのだ。
そんなヴィエラとラシードを交互に見た後、ロアンはギュッとヴィエラの手を握る。
「あら。どうしたの? ロアン」
「んーん……。なんでもない……」
ラシードは悪い人間ではないと思っているのだが、どうにもヴィエラと見つめ合って話している姿を見るのは心が落ち着かない。
そんなロアンの『小さな嫉妬』に気付いたイリアスは、ニヤニヤと口元を緩める。だが即座にエルディオンに「ハウス」と止められ「犬じゃねえよ!」と突っ込んだ。
「おい。騒ぐのもそこら辺にしろ。今日は護衛がいるとはいえ、人が多い町に出るんだ。やっちゃいけねえことはちゃんと頭に入ってるだろうな」
いつもの教師モードに入ったカイラスに見下ろされ、ロアンが真っ直ぐ手を挙げる。
「はい! ゴエイのキシさんからはなれちゃダメです!」
「正解。他には?」
「カッテに走らない!」
「いいだろう。他には?」
「えっと……見たいものがあったらキシさんか先生に言う!」
「よし。少なくともその三つは守れ。いいな?」
「はーい!」
最年少であるロアンとヴィエラがはぐれることが最も恐ろしいことではあるが、アレクシスもまだ六歳なうえ、イリアスも十歳、エルディオンも十一歳と決して目を離していい年齢ではない。
カイラスは「今日こそ過労死するんじゃねえかな……」と嘆きながらも、全員を馬車に乗せていく。そして騎士達に囲まれながら移動した港町で、改めて『観光』をすることになった。
「わあ~! 先生! 見て! いろいろある!」
「大雑把な感想だな、お前」
「ははは。言いたいことは分かるぞ、ロアン」
二日ぶりにカイラスと会えて嬉しいのだろう。ヴィエラと手を繋ぎながらも、反対の手でカイラスの裾を引っ張るロアンにラシードは笑う。その目は亡くした弟を思い出すのか、時折寂しそうな色を乗せたが、すぐに笑顔で誤魔化していた。
「ロアン。余も普段海に来ることは少ないんだ。一緒に楽しもうじゃないか」
「はい! ラシード様も楽しんでくださいね! あ、カイラス先生! アレなに?!」
「バッカお前! 走るなっつただろうが!」
「あ。そうだった」
ヴィエラまで巻き込んで走り出そうとしたロアンの後ろ襟首を反射で掴んだカイラスの隣で、ラシードは小さく笑う。
「ロアン。気持ちは分かるがヴィエラ嬢もいるんだ。走りたい時は余の手を掴むといい。余ならばお前についていけるからな」
「あら。お言葉ですが、わたくしだって走れますのよ」
「はははは! それは失礼した! ヴィエラ嬢は活動的な女性なのだな!」
そう言って笑ったラシードだったが、ギュッと手を掴まれたことでハッとする。
「先生~、見て~! ラシード様とおててつないだ!」
「おう。捕獲されたみてえでいいんじゃねえの?」
「ほんと?! でも『ホカク』ってなに?」
「ははは。お前たちは本当に愉快だな」
祖国では兄弟同士でこんな気軽なやり取りは出来なかった。各妃の立場や政治の都合があったからだ。だがここでは子供たちが政治を気にすることなく言葉を交わし、笑いあっている。
ラシードは久方ぶりに心がフワリと浮ついた感覚を味わいながら、ロアンの手を握り返し、「そろそろ行くか!」と小さな手を引いて歩き出した。
次回更新7/25予定です。




