サソリの入れ墨
各人が個々の力量で動く中、アルノアは東部辺境伯である『バルドス・マルコス』と顔を合わせていた。
「王子殿下の警護、ご苦労だったな。マルコス卿」
「おいおい、アルノアよぉ。久しぶりに会ったからってつれねえ呼び方するなよ。俺達の仲だろう」
「今は仕事中なんだが」
顔をしかめたアルノアの視線の先では、空になった酒樽に体重を預けながらジョッキを傾けるバルドスがいる。そんな『お堅い』アルノアに対し、バルドスは太陽のような笑顔を浮かべた。
「こっちは仕事が終わったんだから問題ねえな! そんで? お前さんが引っ張り出されたってことは、やっぱり『そういうこと』か?」
「分かっていたなら聞かないでくれ。人払いをしているとはいえ、どこに目と耳があるか分からないからな」
「そりゃそうだ。だが、それを知っていても会いに来たってことは『知りてえことがある』ってこったろ?」
バルドスに促され、アルノアは頷く。
「単刀直入に言おう。ラシード殿下と合流した時の子細な情報が欲しい」
「だと思ったよ。だが俺も詳しいことは知らねえぞ? 夜も遅かったしな。飲み屋から船に戻る帰り道でよ、護衛の奴らが殿下を庇いながら逃げてたんだ。その時襲ってた奴はあっちの長い……なんだ? ローブって言うのか? 黒いよぉ、こう、足首まである長いマントみたいなので全身を覆ってたから、顔が見えなかったんだ。とりあえずやばそうだったからぶん殴っておいたけどよ」
「……それで? その時何か情報は得たか?」
相変わらず筋肉で物事を解決する方向にあるバルドスに内心で呆れたものの、アルノアは先を促す。バルドスも東部の辺境伯だ。大勢の人間を纏める『領主』としてやるべきことはやっている。
「捕虜とした捕まえたが、自決した。だが死体は残してある。調べたきゃ持っていけ。だが早くした方がいいぞ。腐り始めてるからな」
「感謝する」
頷いたアルノアに対し、バルドスは珍しく声を潜めて「実はよ」と話し出す。
「最近、海、っつーより港で変なものが出回ってるんだ」
「変なもの?」
「ああ。周りは『薬だ』って言ってるが、俺ァそう思わねえ。パイプを使って煙を吸ってるようでな。この前戦った海賊の船にも大量に積んであった。うちの国に流すつもりなんじゃねえかと踏んでいる」
「看過できない重要案件だな。情報の提供感謝する。それから、その薬を幾つか持ち帰ってもいいだろうか」
「構わねえよ。縁起でもねえもん置いておく趣味はねえからな。それに、海を汚すのは俺達にとっても許せねえ。『海神の涙シリーズ』なんて大層な名前が付けられてるからよ。黙っちゃいられねえよ」
海を領地とするバルドスにとって、海神を騙ることは冒涜にも近い行為だ。だからこそ腹を立てている様子に、アルノアは頷いた。
「腕のいい薬師を連れて来ている。その者に頼もう」
「そうかい。ならうちの倉庫に連れて来な。やべえ薬もだが、死体を運ぶなんざ外聞がよろしくねえだろ」
「そうだな。気は進まないが……あの者なら何とかしてくれるだろう」
アルノアが脳裏に思い浮かべている人物は、当然ながらカイラスだ。当人は既に動き出しているのだが、アルノアの知る由ではない。
そしてバルドスと別れたアルノアが夜半カイラスを連れて倉庫に赴けば、そこにはバルドス本人と、バルドス家の兵士数名が待っていた。
「夜分にすまないな」
「構わねえよ。港は遅くまで飲み屋が開いてるからな。俺達も普段は飲んだくれてる時間だ。で? そっちの細っこいあんちゃんが噂の薬師様かい?」
「……カイラス・アルカディウスだ。アルカディウス家の四男だと言えば通じるか?」
細身と言われてイラっとしたカイラスではあったが、比較対象が悪い。何せ海の男と言うのは積荷の上げ下げや漁師が多いため、筋肉が大きく発達しがちなのだ。
そのため張り合うことはせず、西部辺境伯の息子であることを告げる。
基本的に辺境伯同士は年に一度しか顔を合わせる機会がないが、それでも父親であるレオニスが簡単に忘れられる男だと思っていない。
その読みは的中し、バルドスは目を丸くする。
「お前、あの筋肉バカの息子か!」
「そうだ。あの筋肉の塊の息子だよ」
「だはははは! こりゃ驚いたな! だが、アイツの息子なら信頼も出来るってもんだ。いいぜ。ついて来い。とっておきの『お宝』を見せてやる」
勿論『お宝』なわけがない。それでも今回の件に関しては『重要な情報』であることに間違いはなく、カイラスは奥に進むにつれ強くなる腐敗臭に口元をハンカチで覆った。
「閣下……。せめて事前にご説明をですね……」
「すまん。子供たちの前で『死体の解剖を手伝ってくれ』とは言えなかった」
「………………承知いたしました」
カイラスは心の底から「タイミングが合わねえんだよなあ!」とツッコミたい気持ちを抑えながら歩みを進め、鉄製の作業台に乗せられていた死体を見下ろす。そしてすぐさまハッと見開いた。
「サソリの入れ墨……!」
「サソリの入れ墨? 何だそれは」
隣に立っていたアルノアが尋ねれば、カイラスは「少々お待ちを」と返してから手指のすべてに厚く布を巻く。そして指を保護した後、死体が纏っていた衣服を開いた。
「ご覧ください。この男には全身入れ墨が入っています。カルド王国に属する部族の中で入れ墨の文化があるのは『武のバルゴ族』と『司祭のファリム族』そして『薬毒を扱うラーミド族』です。ですが、バルゴ族は武勇を誇る戦士文化のため、毒を持つ『サソリ』を卑怯者の証として嫌っています。ですので、体に入れる入れ墨は自然の象徴であると定められています」
だが死体に入っている入れ墨は自然を表す『炎』『風』『水』とはかけ離れている。そして何より、死体の右手首の内側には小さくサソリの入れ墨が入っていた。
「では、他の部族はどんな入れ墨を入れるんだ?」
「『司祭のファリム族』は主に神の声を聞くという予言、神への信仰が一段と強い部族だと習ったことがあります。そのため、体に刻むのは神を表す紋様です。略式ですがね。俺も本物を目にしたことはありませんが、宗派によって入れるものが変わるのだとか。ですが『サソリ』は毒を持つ生き物。信仰を司るファリムで入れる者はいないはずです」
「ということは、残ったラーミド族が一番怪しいということか?」
そう尋ねたアルノアだったが、カイラスは暫し考える。
「確かに、サソリを扱うのはラーミド族という考えにもなりますが、ラーミドが神聖視しているのは『ヘビ』です。ヘビを殺す可能性がある『サソリ』を扱うかと聞かれたら、少々疑問が残りますね」
カイラスはラディアから叩き込まれた隣国の知識を掘り起こしながら考える。更に言えば全身に入れ墨をいれるのは『犯罪者』と決まっている。つまり、この男は最初から『切られること前提の下っ端』だった可能性が高い。
「サソリを信仰する、あるいは扱う部族はいないのか?」
「どうでしょう……。私の知識はあくまでもラディア様から授けられたものです。ラディア様が隣国から離れた後に増えたとなれば、分かりかねます」
「そうか……。中々に難しいことだな」
それでもカイラスは黙々と解剖をしていく。マルコスは「うえっ」と都度声を上げて顔を顰めていたが、吐くことなく、夜通し続けられた調査に付き合ったのだった。
次回7/23更新予定です。




