表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-東部編-
PR
85/86

薬師の仕事


 一方その頃。ラシードと共にいたカイラスは部屋の中に衝立を用意し、その前に護衛を置いた状態でラシードの体を確認していた。


「苦労をかけるな」

「いえ。本職は薬師ですので。興味本位のようなものです」

「はは。余を実験台扱いか。相変わらず肝が据わっているな」


 それでも、とラシードは冷静に思い返す。去年顔を合わせた時、カイラスは今ほど饒舌ではなかった。むしろ顔色も悪く、今にも死にそうなほど生気を感じられなかったのだ。

 だが今は目の下にクマこそあるものの、活き活きとしている。一年の間で何があったかは分からないが、いい影響があったのならそれでいいか。と詳しく聞かないことにした。


「どうだ。余の体は」

「何とも言えませんね。熱は平熱より高めに感じますが、疲労から来ている可能性も否めません。脈も大きな異常とは感じませんが……気になることはございます」


 カイラスはラシードの隅々を診察しながら手元のメモに走り書きを残していく。ラシードはその文字を見て「おお」と声を上げた。


「驚いたな。見たことのない文字だ。医者が使う文字なのか?」

「違います。単に綺麗に書いていないだけですよ」


 自虐を込めた一言に聞こえるが、実際は違う。カイラスは『外に立つ護衛』から情報が漏れないよう、敢えて自身を下げる発言をしただけだ。加えて使っている文字は決して汚いわけではない。むしろ『アルカディウス家』が王国に属する前に使っていた、旧王国の王族のみが使っていた古語だ。

 だからこそラシードは興味を示したが、カイラスはすぐさま「口をあけてください」と診察を続行する。


「ふむ……。全体的に悪くはありませんが、やはり気になる点はございますね」

「どういったところだ?」

「まずは、目に軽度の充血が見られます。また下瞼の色も薄く、貧血である可能性が高いです。舌の色も健康的とは言えません。口内の状況も荒れています。毒物の影響か、単なる栄養不足かは断言出来ませんが。反面脈は安定しています。今すぐ危険という状態ではありません」

「そうか。生き延びるためとはいえ、片っ端から解毒薬を試したからな」

「殿下と同じ状況下であれば、誰もが同じことをしたでしょう。それに毒物が何であったかを調べるのは薬師の仕事でございます。今はどうかお休みください」


 脱いだ服を着せながら、カイラスは細々とした説明を侍従の如く続けていく。


「晩餐まで時間はありますが、外に出るのはお控えください。護衛はこちらが用意した者もお付けいたしますが、彼らはグラディアス公爵家の騎士です。信用するのは難しいかもしれませんが、敵意はございません。御身を守る剣と盾が増えたとお考えください」

「はは。至れり尽くせりだな」

「……御身がナディク卿以外を信頼していないのは、見て分かりましたので」


 最後の一言だけは声を潜めて囁いたカイラスに、ラシードは目を細める。


「よく見ておるな。流石叔母上の息子と言うべきか」

「幸いなことに違いますよ。ラディア様には指導を通して叩き上げられただけです」

「わははは! ならば納得というものだ! ……用心せよ。そなたも目をつけられる可能性がある故な」

「心得ておりますとも」


 しっかりと身なりを整えたラシードが「うむ」と頷くと同時に、衝立が取り払われる。ソファーに座って待っていたラディアは、二人に目を向けると笑みを向けた。


「もう終わったの? 早かったわね」

「叔母上、この者藪医者かもしれませぬぞ」

「まあ。何ということかしら。一度で見抜かれてしまうなんて。カイラス。お前、腕が落ちたのではないの?」

「残念ながら私は医者ではなく薬師なのですよ。つまり『藪医者』は見当違いな発言となります。それでは、仕事がございますので失礼いたします」

「はははは! 冗談が通じぬ奴だな!」


 明るく笑い飛ばしたラシードだったが、カイラスがどこに向かったかおおよそ見当はつく。その程度の知識と経験は既にあった。


「叔母上。余はしばらく休みます。藪医者殿に『部屋から出るな』と言われたのでな」

「ええ。分かったわ。あの藪医者の言うことはひねくれているけれど間違いがないから、よく覚えておきなさい」


 笑顔で冗談を言い合う二人だが、実質カイラスが去り際に渡したメモに目を通していた。


『ファリム族出身二名』


 たったそれだけのことだが、二人が警戒するには十分な内容だった。


「フフッ……。相変わらず目敏い子だこと。それとも、古狸のおかげかしらね」


 ラディアはナディクを連れて奥の寝室に下がったラシードの背を見送りながら、手の中のメモを握り潰す。そして琥珀色の瞳に確かな闘志を燃やしながら、元王女は立ち上がった。


「カターゴは売られた喧嘩を見逃すほど弱くはない。そんなことも忘れてしまった愚か者には、改めて教えてあげなくてはね」


 ラシードを毒殺しようとしたのは本当にファリム族出身なのか。それとも裏で糸を引く人物がいるのか。

 ラディアはそれを知るためにも、長年連絡を取り合っている東部の『情報屋』に声をかけることにした。


 一方先に部屋を出ていたカイラスはというと、『いかにも』な様子で人々が行き交う廊下を進み、するりと近くの部屋に滑り込む。


「ん? お客さんかね?」

「失礼。公爵閣下の命により派遣された『医者』でございます。お加減が悪いとお聞きいたしましたが、大丈夫ですか?」

「おお。そうだったか。いやあ、なんだか胸のあたりが落ち着かなくてね。それにしても公爵様は医者の手配も早いね。さっき使用人を呼び出したばかりだと言うのに」


 そう言って笑った老紳士に笑みを返し、カイラスは自分の後をつけてきた何者かに怪しまれないよう、急遽『医者』を演じることにした。

 それが頼みごとをした対価であると知る者は当事者達だけだ。それを複数回繰り返したところでようやく監視の目がまけたことに気付き、カイラスはそっと息を吐きだす。


「こりゃマジで油断出来ねえな……」


 それでも用意された『隠し部屋』の中で待っていた公爵家の者から渡された物を見て、闘志を燃やす。


「やってやろうじゃねえか。こっちにまで火種を持ち込みやがって。死にたくなるほど後悔させてやるからな」


 カイラスはセルディア公爵が短時間で集めて来た『カルド王国』から流れて来た薬草と薬物一覧を一つ一つ取り出し、成分の分析を始めたのだった。



次回7/21更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ