カイラスの受難
セラフィアとラディア、元王女である二人の会談も無事終わり、ラディアとロムラス親子は公爵が用意した客室へと去って行く。対するカイラスはセラフィアを部屋へ送った後、疲れ切った顔で子供部屋へと足を向けていた。
「坊ちゃん、お嬢様、ロアン。入っていいか?」
コンコンと扉を軽くノックし、声をかけたカイラスに「どうぞ」という返事がそれぞれ返って来る。ドアを開けたのはリゼルとメアリだったが、カイラスの視線の先にはテーブルいっぱいに紙を広げて何かを書いている子供達がいた。
「あー……お絵描き大会開催中か?」
「ちがうわ。ロアンの誕生日パーティーの『企画書』を作っているのよ」
「ロアンが『祝福の子』と聞いたものですから、盛大に祝ってあげたくて」
「でも招待客は最低限にするぜ? ロアンは社交に慣れてないからな。カイラス先生も案だしてくれよ」
隣国の王子の暗殺未遂事件やら、元王女同士の交流に疲れ切っていたカイラスからすれば平和な話題である。だが今はそれに参加するよりも、伝えるべきことを伝えなくてはならなかった。
「後で手を貸してやるから、まずはこっちを見ろ。注目だ、注目」
パンパンと手を打ったカイラスに、四人の視線が一斉に向く。それに対し物怖じすることなく、カイラスは死にそうな顔で片手を上げた。
「あんまり嬉しくない報告と、ものすごく嬉しくない報告、どれから聞きたいか言ってくれ」
「それ、実質悪い話しかねえよな?」
「お前たち、カイラス先生に冷たいものを淹れてやってくれ。今にも倒れそうだ」
「まるで生きるシカバネね。おじさま」
「うるせ。あとエルディオン坊ちゃんはお気遣いどーも」
一人掛の椅子にどっかりと深く座り込んだカイラスは、エルディオンの侍従が淹れたアイスティーを口にする。水分不足もあったのだろう。ズキズキと痛んでいた頭が若干マシになった気がし、ほっと息を吐く。
「それで? おじさま的には、どちらから伝えた方が負担が少なくて済むのかしら」
「残念ながらおじさま的にはどちらも大負担だよ、お嬢様」
「あら。ごしゅうしょうさまね。倒れないようによく食べて眠ることを推奨するわ」
「へいへい。どーも。そんじゃあロアン。お前はどっちから聞きたい?」
「へ? ぼく?」
三兄妹が書いていた『ロアンの誕生日パーティー企画書』を眺めていたロアンが目を丸くする。カイラスは「一人だけぼけっとしてるからだ」と注意しつつ「早く答えろ」と促すと、ロアンは「うーん、と……」と目線を彷徨わせてから口を開いた。
「じゃあ、あんまり嬉しくない方!」
「はいよ。お三方もそれでいいか?」
「ええ。かまわなくてよ」
「どうせどっちも聞く羽目になるんだろ? ならどっちが先でも構わないぜ」
「僕も構いません」
主家の子供達の許可を得たことで、カイラスは指を立て始める。
「報告は三点だ。その一、ラシード殿下が到着するのは三日後になる。だからあまり時間がない。特に両公爵閣下は受け入れ準備の為に忙しくなる。護衛と侍従を常に傍に置き、決して一人にならないよう厳守すること。
その二、新たに我が家の第一夫人であるラディア様と、長子であるロムラス兄上も到着した。やかまし……賑やかになるが、まず遭遇したら挨拶をするように。
その三、ここは北部じゃない。東部だ。誰が、どこで、何を聞くか分からない。そしてその話が誰に届き、誰が動くかもな。だから安易な会話は避けるか、人払いをした場所でのみ話すように。嬉しくない報告は以上だ。質問は?」
カイラスが口にした情報はそれなりに多く、また重要だ。公爵家での高等教育を受けている三名は表情を引き締めたが、ロアンだけはパチパチと瞬きを繰り返すだけだった。
「はい! じゃあ先生! 最後の『わるいほうこく』はなんですか?」
「………………」
「あれ? 先生? 聞こえてる?」
「めずらしいわね。おじさまが天井を見上げたまま固まるなんて」
「どんだけ嫌な報告なんだよ……聞くの怖くなってきたんだが」
「まあ、予想は出来ているんだけどね」
苦笑いするエルディオンに対し、三人は「マジで?」という目を向ける。一方でカイラスは「言いたくない。本当に言いたくない。マジで言いたくない」と心の中で何度も呟いたが、報告しないわけにもいかない。
ゆっくりと仰ぎ見ていた天井から首の位置を戻すと、純粋な目を向けて来る子供達に向けて大変口にし辛い報告をすることにした。
「……明日、この屋敷に、我が国の第一王子であるアレクシス殿下が参られる」
「はあ?」
「ヤダ!!」
「チクショウ! 俺だって言えるものなら『ヤダ』って言いてえよ!」
ドスの利いた、子供らしくない声を出したのはヴィエラだ。対するロアンは反射の如き速さで「ヤダ!」と答える。それに対し両手で顔を覆ったカイラスの心からの叫びに、エルディオンは「やっぱりそうか」と苦笑いを浮かべ、イリアスは「あー……」と先日のことを思い出した。
ヴィエラも非常に不快そうに、というより怒りを滲ませた表情でカイラスを睨みつける。
「どうして凡骨、王子殿下が参られるのかしら? おじさま、説明してちょうだい」
「んなもん、お嬢様ならもう分かってるだろ。外交だよ、外交。向こうから王子が来るのに、こっちが王子を出さずに迎えるのは失礼だろ。だから来るんだよ」
「ヤダ! 会いたくない! だって王子様、ヴィーにあやまってないもん!」
「うるせえよ! 俺だって会いたくねえし面倒も見たくねえわ!」
「あ。つまりカイラス先生が俺達と殿下の面倒を見る役目になったわけか」
納得したイリアスに対し、カイラスは「そういうことだ」と返して深く背もたれに体を預ける。
一方長兄であるエルディオンは「ふむ……」と顎に手を置き思案した後、ピンと来たように顔を上げた。
「カイラス先生、もしかして、僕達も巻き込もうとしてますね?」
「フッ……。こうなりゃ一蓮托生だろ。頼んだぜ、坊ちゃん」
「あ! ずりぃ! 俺達だってまだ子供なんだぞ!?」
「うるせー! 全部俺に丸投げすんじゃねえ! 俺の腕は二本しかねえし、頭も体も一つしかねえんだよ!」
「それを言うなら僕達もそうなんですが……」
ギャアギャアと子供相手だろうと構わず文句を言い合うカイラスに対し、侍従たちは「相変わらずだなあ……」という目を向ける。
だがカイラスが有能なのは事実だ。命令される側である自分達と違い、直接言葉と意見を交わすことが出来る数少ない人物である。
それに加え、仕える主人たちもカイラス相手には気兼ねなく、また忌憚なく物を言えるため、かなり親しんでいる。
だからこそ彼ら、彼女らは「カイラス様、ご愁傷様です」と心中で手を組んで祈るばかりだった。
「ヤダヤダヤダ! 先生! どうにかして!」
「無理だっつてんだろ! テメエは誕生日プレゼントのことだけ考えてろ!」
「じゃあ『王子様に帰ってもらう!』がプレゼントでいい!」
「無茶言うな! んなことしたら俺の首が物理的に飛ぶわ!」
「あら、その案はいいわね。私の誕生日も前借してもらって、どうにか出来ないかしら」
「乗り気になってんじゃねえよ、お嬢様! むしろ一番しっかりしてくれなきゃ困るんだが!」
「ラシード殿下にはちゃんとするわよ。ラシード殿下には」
「ははは……お前は相変わらずだね、ヴィエラ」
「笑ってる場合か!」
先程よりも更に賑やかになった子供部屋で、ただただカイラスだけが悲鳴を上げる。ドアの前で立っていた護衛達は、心の底から「頑張ってください」と言わずにはいられなかった。
次回7/13更新予定です。




