なんでもできるカイラス先生
欲しいものがあればプレゼントしてやる。そう言われたロアンだったが、静かに首を横に振った。
「いらない。ぼく、なにもほしくない」
「欲しくないのか? 金のことなら気にすんな。ここには金しか持ってねえ奴らしかいねえからな」
「おい」
「ちょっと」
「その言い方はよくないなあ!」
即座に大人三人がツッコミをいれたが、ロアンは顔を上げることなくモゴモゴと『望み』を口にする。
「お金なんかほしくない。ぼくは……ヴィーと、カイラス先生と、メアリと、みんながいてくれるなら、それだけでいい」
「ったく……。無欲なのか強欲なのか、分かんねえなぁ。お前さん」
カイラスは呆れたような笑みを浮かべながら、ロアンを座っていたソファーへと戻す。強く顔を押し付けていたせいか、それ以外の理由があるのか。ロアンの目は潤んで鼻先も赤くなっていたが、カイラスは何も言わず、ロアンの髪を整えるように頭を撫でた。
「まだ時間はあるんだ。もう少しだけよく考えてみな。ここには海もあるからな。海にいる生き物とかも食えるぞ」
「海にいる生き物? どんなの?」
「そいつは後で教えてやる。だから『何もいらねえ』なんて言うな。案外大人ってのはな、『何もしてやれない』ってことに傷ついたりするんだ。見栄っ張りだからな」
「ふぅん。じゃあ、カイラス先生も?」
「おう。俺以上の奴がいるなら見てみてえぐらいにな」
気さくな返事にロアンも気が楽になったのだろう。いつものように「へへ」と笑いだす。
「じゃあ、先生のためにもかんがえないといけないね」
「バーカ。俺だけじゃねえぞ。公爵閣下やセラフィア夫人もいる。何ならそこに座ってる大金持ちのおじさんだっているんだ。『欲しいな』じゃなくてもいい。ちょっとでも『いいな』と思ったら言ってやれ。案外、そういうのが嬉しかったりするんだぜ」
「うん! わかった! ありがと、先生!」
ロアンの調子も戻ったうえ、質問にも答えた。カイラスは「さて、俺も戻るか」と言わんばかりに立ち上がったが、即座に「コラコラ」とセルディア公爵が声をかける。
「何戻ろうとしてるんだ。君もこっちにいなさい」
「はい? お言葉ですが、先程も申しました通り、自分は『教育者』であって──」
「カイラス殿。諦めろ。こうなったら逃げられないぞ。セルディア公爵は君を気に入ったらしいからな」
「は? いえ、ちょっ、おわ?!」
アルノアから苦笑いを向けられている間にも、カイラスは音もなく近付いてきた使用人たちに肩を抑えつけるような形でロアンの隣に座らされる。それに驚いて素っ頓狂な声を上げてしまったが、ロアンは気にせず「先生もいっしょだあ」と嬉しそうに声を上げた。
「なるほどねえ。なぜアルノアがあの雄獅子の息子を『教育係』に選んだのか疑問だったが、これは確かに適任だ。いい人材を見つけたねえ」
「彼は昔から優秀だったからな。以前から『北部に欲しい』と思い、目をつけていたんだ。先に取られなかったことに心底安心している」
「カーッ! やられた! この私が優秀な人材を取られてしまうとは! 君もやるようになったじゃあないか。悔しいが、次世代の成長は嬉しいものだね」
本人そっちのけで談笑する両公爵家当主に、カイラスは思わず不満を滲ませた顔を向けてしまう。そんな素直さも好ましいのか、セルディア公爵は声を上げて笑い、アルノアは黙ってお茶を口に含んだ。
「はあ、笑った笑った。さて、このままロアンくんの『五年分の想いを込めた誕生日パーティー』について話をしたいところではあるが、今は仕事をしないといけないからね。ヴィエラちゃん達と一緒に海で遊んでくるかい? 町を見てもいいよ」
「え。いいんですか?」
「構わないとも。気になるなら屋敷の中を探検してもいい。疲れたなら部屋でお昼寝してもいいよ。我々は大人の話があるからね。好きに過ごすといい。私が許可しよう」
「ありがとうございます! セルディア公爵様!」
海。町。探検。どれもが魅力的に聞こえ、ロアンの瞳がキラキラと輝き始める。セルディア公爵は「子供はこうでなくちゃね」と笑みを浮かべながら呼び鈴を鳴らし、入室してきた使用人たちに子供達を部屋に案内するよう伝えた。
「ああ、そうだ。カイラスくん。君はこっちに残るように」
「はい? 何故私が……」
「悪いが、これは『命令』だよ。意地の悪いおじさんからのね」
「…………承知いたしました。メアリ、ロアンを頼む」
「はい! お待ちしておりますね、カイラス様!」
子供達と一緒に立ち上がり、退出しようとしていたカイラスを即座にセルディア公爵が止める。それに対しカイラスは『俺関係なくね?』という顔をしたが、結局『命令』されればはねのけることは出来ない。
表面上は落ち着いたように見えるが、その実ロアンの精神状態が不安だったカイラスはメアリにロアンを託し、ソファーに戻る。
そして子供たちが全員いなくなったところで、セルディア公爵が両手足を組みながらサラリととんでもない発言をした。
「さて。それでは本題だ。先程は濁したが、実は先日、隣国の王子であるラシード殿下の暗殺未遂事件が起きた。今回は一時的な『留学』と称して避難してくる形だ。アルノア。厳重な警護を頼む。我が国で死者が出ることは許されない。ましてや隣国の王子だ。外交問題にも関わる重要案件となる。いざとなったら君にも前に出てもらう必要があるだろう。覚悟しておいてくれ」
「了解した。……確かに、その内容は子供たちの前では言えないな」
「だろう? だからせっかちはよくないんだ。覚えておきたまえ」
「そうしよう」
カイラスは「暗殺未遂って……だから聞きたくなかったんだよ……」と言わんばかりに項垂れ、片手で顔を覆う。それを視界の端で捉えたセラフィアは、小さな声で「勘が鋭いから捕まるのよ」と鋭いツッコミを入れていた。
「ま、そういうことだからね。カイラスくん。実は君の家の第一夫人がこちらに来ることになっている。おそらくもうすぐ着くんじゃないかな」
「は? ラディア様がこちらにいらっしゃるのですか?」
「ああ。彼女は殿下の叔母にあたるからね。『留学』として来ているんだ。親族である彼女が迎え入れないと不自然だろう? それと、向こうから王子殿下が来るのにこちらが何もしないのは外聞が悪い。というわけで、アレクシス王子殿下も参られるから、そちらも頼むよ」
カイラスはもう人目も憚ることなく両手で顔を覆い、天を仰いだ。
アレクシス第一王子殿下は、つい先日ヴィエラとロアンを激怒させた問題児だ。本人に問題がなくとも、ヴィエラとロアンとの相性の悪さはピカイチである。
そんな子供たちに囲まれる生活が始まるのかと思うと、カイラスの胃と脳みそは悲鳴をあげるしかなかった。
「クソがよ……! 俺は『子守係』じゃねえぞ……!」
「諦めなさい。セルディア公爵に気に入られた時点でこうなることは分かっていたのだから」
「慰めになっていません……!」
セラフィアにポンポンと背中を叩かれたカイラスだったが、何の慰めにもならねえ。と項垂れるばかりだった。
次回更新7/7予定です。




