知らない言葉
予想外の登場をしたセルディア公爵当主本人と共に向かったのは、建国時から東部と南部を収める大貴族の豪邸であった。
「わあ……おっきい……」
「こりゃ圧巻だな」
北部とも西部とも違う。迎賓館としても機能するセルディア公爵家の屋敷は非常に絢爛豪華だ。要塞の雰囲気を持つ北部や西部とは雲泥の差である。
ロアンは「王都のお城もこんな感じなのかな」と考えてしまうほど、白亜の屋敷には圧倒されるばかりであった。
「長旅で疲れただろう。まずはゆっくりと広い部屋で、のんびりとお茶でも飲もうではないか」
「ご当主様。準備は既に整っております」
「ああ、ありがとう。相変わらず気が利くねえ。さあさあ! 皆こっちにおいで! 私自ら案内しようじゃないか!」
ブンブンとご機嫌でステッキを振る公爵に、執事長と思わしき人物が「危険ですのでおやめください」と静かに注意をしている。そんな姿にカイラスは「何だあの奇怪なじいさんは」と顔を顰め、ロアンはヴィエラへと視線を向けた。
「セルディア公爵様ってずっとあんな人なの?」
「ええ。とんでもなくゆかいで底知れないおじさまよ。頭から食べられないように気をつけなさい」
「ヒエッ! せ、先生~! ぼく食べられちゃう!」
「ああ? 何の話だあ?」
咄嗟にカイラスのズボンを握ったロアンに、カイラスは怪訝な目を向ける。そしてすぐにヴィエラへと視線を向ければ、ヴィエラから「老獪な商人に気をつけなさい、と教えたところよ」と返され、秒で納得した。
「いや~、それにしても子供の成長っていうのは早いねえ。エルディオンくんにイリアスくん。それにヴィエラちゃんも、以前会った時よりうんと大きくなってるんだから、おじさんビックリだよ。ああ、挨拶はいいよ。今は来客対応中だからね。また後で話そう」
小さな宮殿のような邸宅の中には、沢山の人が行き来している。中には異国の商人らしき者もおり、セルディア公爵を見かけると頭を下げた。だが当の本人は軽く手を振るだけだ。それが許されているのは、公爵が他国からも一目置かれている存在に他ならない。
元より同じ『公爵』という立場ではあるが、グラディアスとセルディアでは役割が違う。
国民を守る『剣と盾』がグラディアスならば、セルディアは『血液と肉体』を作る物資を運ぶ家門だ。それ故に屋敷の中には大勢の客人と商人が集い、まるで上質な市場のような賑やかさがあった。
「さて。遠い所呼び出してすまなかったね。仕事は大丈夫だったかい?」
「ああ。事が事だからな。それで、隣国から王子が来ると言う話だが、随分と急ではないか?」
客間についた途端本題に入ったアルノアに対し、セルディア公爵は「相変わらずせっかちだな君は」と顔を顰める。
「アルノア~。ここは戦場じゃないんだよ? もっと優雅に、上品に、穏やかに! 楽しく会話を楽しむ場面じゃないか。そうやってすぐ本題に行こうとするのは君の悪い癖だよ?」
「貴殿との会話は情報を引き抜かれるだけだから遠慮したい。それで? 王子が来る理由はなんだ」
「言うことを聞かないなあ、君は! まあいい。ここは私が大人になって身を引こうじゃないか。だがその前にお茶をいただこう。いい茶葉が手に入ってね。君達に飲ませたかったんだよ。ああ、喜びたまえ。ちゃんと初出しだ。是非感想を頼むよ!」
会話になっているのかなっていないのか。傍から見ると判断し辛い当主同士のやり取りの中、静かに淹れられたお茶をそれぞれが口にする。アルノアは特に表情を変えなかったが、セラフィアとヴィエラは「あら」と声を上げ、ロアンは「おいしい!」と目を輝かせた。
「公爵様! このお茶おいしいですね!」
「そうだな」
「ありがと~! そう言ってくれると嬉しいよ。子供の口にも合うということは、飲みやすいということだからね。他には何かあるかい?」
しっかりと調査を兼ねて感想をせびるセルディア公爵に対し、ヴィエラは「本当に抜け目のないこと」と呆れながらもセラフィアに視線を向ける。当然元王女であるセラフィアはこの手のやり口に慣れている。そのため穏やかに微笑みながら「香りがいいわね」とだけ返した。
「やはりご夫人は香りを気にするものだね。うちには女性が少ないからねえ。二人の意見は助かるよ」
そう言いつつもセルディア公爵の目は扉の傍に立っていた、侍従たちと同じ位置で控えていたカイラスへと向く。
「カイラスくん。君もこちらへおいでよ。西部辺境伯家の四男として、そこに立つのは立場的にどうかと思うんだがね」
「お気遣いありがとう存じます。ですが、恐れながらも今の私はグラディアス公爵家に雇われた『教育者』です。貴賓として扱われる身ではございませんので、ご容赦ください」
「あらら。振られちゃった。しっかし、流石レオニスの子だね。見た目こそ優男だが、中身は獅子だ。物怖じすらしないとはね」
「……褒め言葉としてお受けいたします」
カイラスは一瞬イヤそうな顔をしたが、すぐに表情を戻して一礼する。その姿にセルディア公爵は声を上げて笑いたくなったが、アルノアから「公爵」と名を呼ばれたことで姿勢を正した。
「分かった。分かったよ。せっかちなアルノアに刺される前に本題に入ろう。だがね、生憎と私にも詳細は分からないんだ。唯一ハッキリとしていることは、王子の到着予定日は三日後であること。従者の数は護衛含めてたったの十名。これだけだよ」
「三日後か。時間がないな。すぐにでも東部在中の兵士と共に巡回路を決め、当番も決めなければ間に合わない。それに護衛の数も気になる。何故そんなに少ないのか、それすらも分からないのか?」
「さあね。流石の私の耳も遠く海を越えた先の国にまでは届いていないのだよ。残念なことにね」
肩を竦めるセルディア公爵に、アルノアは「本当か?」と訝しんだが、深堀するのは後でもいいか。と気持ちを切り替えた。
「分かった。では話を変えよう。セルディア公爵。何故今回の件にロアンを呼び出した」
「え? ぼくですか?」
まさか話の矛先が自分に向くとは思っていなかったのだろう。ロアンの目が丸くなる。だがアルノアは書信に記載されていた『ロアン・ノア・ストーンリッジ伯爵令息を必ず連れてくるように』の一文がずっと引っかかっていたのだ。もしや伯爵家から何か言われたのかと警戒したが、なんてことはない。実態は公爵の『気遣い』だった。
「何をそんなに警戒しているんだね、君は。私は子供を誑かす悪いおじさんじゃないよ? 単にもうすぐロアンくんの誕生日だから呼んだんだよ。欲しいものがあるなら聞こうと思ってね。さあ、ロアンくん! 好きなものはなんだい? おじさんが何でも揃えてあげようじゃないか!」
見た目と言動からは想像し辛いが、商業都市を束ねているだけあり、セルディア公爵の情報網は他家を凌駕している。だからこそグラディアス公爵家の誰もがまだ口にしていなかった『誕生日パーティー』について話し出したのだが、そんな公爵でも固まってしまうほどの言葉が本人の口から飛び出した。
「あの……『たんじょーび』って、なんですか?」
次回更新7/3予定です。




