セルディア公爵家からの要請
新しく東部編スタートとなります。まだちまっとした五歳児編が続きますが、お付き合いいただけますと幸いです。
また昨日しれっと登場人物一覧と、閑話休題を一話UPしています。ご興味がございましたら是非。よろしくお願いいたします。
本格的な夏も中旬に差し掛かった頃、アルノアの元にとある書信が届けられた。
「皆、聞いてくれ。来月向かう予定だった東部だが、予定が前倒しになる」
食事の席でそう切り出したアルノアに、セラフィアが「どういうこと?」と声をかける。
「今朝方、セルディア公爵家から書信が届いた。急遽隣国の王子が訪問されることになったとな。そのため、グラディアスから警備兵を追加で出してほしいとのことだ」
「隣国から? 随分と急ね」
セラフィアは元王族として「きっと何かあったのでしょうね」とピンと来たが、子供たちは「隣国の王子かぁ」と顔を見合わせる。
「兄上は会ったことあるか?」
「ないよ。名前は聞いたことがあるけどね。確か、西部辺境伯のレオニス様の第一夫人、ラディア様の甥にあたる、って話だよ」
「ああ、ラディア様の。なるほどね。向こうは一夫多妻制だから、年齢差があってもおかしくはないわ」
公爵家の子供達がヒソヒソと話し合う中、ロアンが「はい!」と手を上げる。
「何だ? ロアン」
「公爵様、王子様はなにをしにくるんですか?」
「さあな。そこまでは書かれていなかった。本人に直接聞かない限り分からない」
ロアンの質問に答えたアルノアに対し、ロアンも「そうですかぁ」と答える。そしてすぐに後ろに控えていたメアリに声をかける。
「ねえ、メアリ。セルディア公爵家って、たしか東部と南部をまとめてるお家だったよね?」
「ええ。カイラス様はそう仰っていましたね」
「あら、ロアン。ちゃんと勉強しているじゃない」
隣に座していたヴィエラが驚いたように声を上げれば、ロアンは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「カイラス先生の授業たのしいよ! 知らないこといっぱい教えてくれるから!」
「そう。勉強が楽しいだなんて、お前らしいわね。それとも、おじさまのおかげかしら」
「ふむ……。先延ばしにしていたが、これは本格的にカイラス殿を教師として雇いたいな……」
ボソリとアルノアが呟いた言葉に、セラフィアも「ご実家にも許可をとらなくてはね」と小声で返す。その真向かいでは子供たちが知識をつけ始めたロアンを褒めていた。
「ロアン、よく覚えていたね。それじゃあ、セルディア公爵家はどんなお家か教えてもらったかい?」
「はい! えっと、『国民の生活を守るため、国家の血液となる家門』って教わりました!」
「お。よく覚えてたなぁ。偉いぞぉ。でもそれがどんな意味か、分かるか?」
エルディオンとイリアスの復習を兼ねた質問に対しても、ロアンは迷わず答えていく。
「はい! カイラス先生に教えてもらいました! みんなが苦しまないように、いっぱい食材を仕入れて、いろんなところに売ってるお家です!」
「おお。正解だ。ロアン、本当に頑張ったなぁ」
「えへへ」
イリアスに褒められ、ロアンが嬉しそうに笑う。アルノアも「何も知らなかった頃とは大違いだな」と口元に浮かべ、雑談に興じる子供達に改めて告げた。
「出発は来週だ。各自用意をするように。そして隣国の王子に対し、失礼のないようにするんだぞ」
「はい!」
こうしてグラディアス公爵家は、本来来月向かう予定だった東部に急遽向かうことになった。勿論、それにはロアンの教師役であるカイラスも同行することになる。
「は? 東部行きが前倒しになったぁ?」
「はい。どうやら隣国の王子殿下が参られるそうで……。グラディアス公爵家に警備兵の増援要請があったそうなんです」
「ああ……。なるほどな。そういうことか」
ロアンの授業をするために準備していたメアリが報告すれば、察しのいいカイラスはすぐに「こりゃ隣国で何かあったな」とセラフィアと同じ予測を立てる。だが子供に聞かせるものでもないため、黙って教本を開いたロアンの前に移動した。
「それじゃあ予定変更だ。来週行くなら東部のおさらいをした方がいい。ロアン、前回公爵閣下に教わった『何故グラディアス公爵家が東部に行くのか』、覚えてるか?」
「はい! 公爵家は軍をたばねるお家なので、辺境伯家に問題がないか、しさつとカクニンをするためです!」
「よし。覚えてたな」
頷くカイラスもざっくりと耳にしたことはあったが、グラディアスは毎年この夏から秋にかけて東部と南部に向かい、直接当主同士が会談する時間を設ける。従者や書信で終わらせないのは、他所に漏れると困る話もあるからだ。そのため当主であるアルノアが領地の視察も兼ね、各辺境伯家に顔を出す。西部に顔を出しているのも同じ理由だ。
「それでは、『東部辺境伯はどのような家門か』答えてみろ」
「えっと……東部は隣の国とボウエキをしている場所だから、フネをまもるお仕事をしてます」
「何から船を守るか、覚えてるか?」
「えっと、うんと……カイ、ゾク?」
必死に思い出しながらも答えたロアンに、カイラスは頷く。
「そうだ。海賊だ。船に乗せた荷物を根こそぎ奪っていく悪い奴らから、東部辺境伯は積荷・人・船、すべてを守っている。では、東部辺境伯家の家名は覚えているか?」
「はい。マルコス家です」
「正解だ。では次。南部の辺境伯については?」
カイラスの質問攻めに、普通の五歳児であれば悲鳴を上げただろう。だがロアンは必死に記憶の引き出しを開け、書き留めていたページを開いていく。
「えっと……南部はヒヨクな大地をもつ土地で、他国にねらわれやすいから、一番大変で、一番大事な家門です」
「その通りだ。では、南部辺境伯家の家門の名は?」
「南部辺境伯は……シルヴァーン家です」
「よし。合格。ちゃんと覚えてたな」
「えへへ。がんばりました」
ようやく復習を兼ねた質問が終わり、ロアンはホッとする。そしてドアの傍で控えていたメアリも、学校に行けなかった分カイラスの授業が有難かった。
「日程にもよると思うが、恐らく閣下は東部での仕事を終えた後、そのまま南部を通って北部に戻るだろう。いちいち戻ってたら冬になっちまう。それに秋は収穫の時期だ。南部も困るだろうよ」
ロアンもメアリも南部に実家がある。そしてカイラスには予め通達されていたことだが、この『南部』で、ロアンは生家に一時帰還させられることとなっている。とはいえ一人ではない。カイラスも同行するし、予定が狂わなければ当主であるアルノア自らが送り迎えに随行することにもなっている。
それにより伯爵家に圧をかける予定なのだが、カイラスは「いつ切り出したもんかね」と頭を悩ませていた。
「ちなみになんだが、ロアン。お前さんの実家は南部だろ。領地にいた頃は何をしてたんだ?」
「なにもしてないです。ずっとお庭にでて虫を見るか、お家からちょっと出た畑にある麦とか見てたから……」
カイラスは思わず天井を仰ぎ見る。詳細まで聞いてはいないが、アルノアからある程度ロアンの家庭環境について報告を受けている。むしろ最初は『適当に教えてさっさと西部に戻る予定』だったのだ。カイラスの本業は薬師であり、植物学者である。
だが毎日一緒に過ごしすぎたせいか、既に情が湧いて来ている。カイラスは改めて渡された資料を読み直すか、と頭を掻き、ロアンの前に膝をついた。
「ロアン。お前、実家に戻りたいと思うか?」
「え?」
「え?」
ロアンだけではない。メアリも驚いたように声を上げたが、カイラスは目を逸らすことなく、見開かれたアップルグリーンの瞳と視線を合わせた。
次回更新6/27予定です。




