歪な王家
今回で『領地編』が終わります。次回からは『東部編』が始まります。
どうぞよろしくお願いいたします。
一方その頃王城では、届いたばかりの書簡を目にした国王ことセリオスが、姪が息子にやらかしたという内容を読んで楽し気に笑っていた。
「ククク。流石姉上の娘だな。よく似ている」
「陛下。笑っている場合ではございません。王子が侮辱されたのですよ? これは正式に謝罪と処罰を求めるべきです」
冷静に話しているつもりだが、王妃であるミリアンナの手は震えている。大事な息子をコケにされたのだ。許せるわけがない。
だが息子に興味のないセリオスは、妻であるミリアンナに視線を向けると、浮かべていた笑みを消した。
「ヴィエラは姉上の子だぞ。理由なく腹を立てるわけがない。むしろ王子の言動に問題があったと考えるべきだろう」
「な、にを……! 王子は私たちの息子なのですよ?! この国の、次代の国王となる子なのです! それなのに、このような酷い扱いを受けたのに“許せ”とおっしゃるのですか?!」
「“酷い扱い”とはどういうものか、本人が帰還した際に聞けばよい。それよりも謁見の日取りを決めねばならんな」
ミリアンナはブルブルと怒りで震える手を組んで必死に怒りを抑えつける。そして何としても公爵にはヴィエラに重い罰を下して貰わなくては、と考えていたのだが──結局帰還した王子からは「自分が悪い」「ヴィエラ嬢は悪くない」の一点張りで話しにならなかった。
そして迎えた一週間後。北部から単身で謝罪に来たアルノアが登城し、静かに頭を下げる。
「王国の太陽たる陛下にご挨拶申し上げます。また、この度は娘が礼を失しましたこと、深くお詫び申し上げます」
「顔を上げよ。事の詳細は息子からも聞いた。ヴィエラ嬢と……伯爵家の令息だったか。二人から叱責を受けたとな。だが従者の質が悪かったことは息子からも聞いておる。つまりはこちらにも非があるということだ。お前と、ヴィエラ嬢だけのせいにはするまいよ」
「陛下!」
思わずミリアンナが声を上げるが、セリオスは一瞥も与えることなくアルノアを見下ろす。
「それに子供同士の喧嘩だ。思いあればぶつかるのも当然のこと。むしろ姉上の方が胃を痛めたのではないか?」
「は……。胃よりは頭の方かと……」
セリオスはちょっとした揶揄のつもりだったが、真面目で正直なアルノアは「頭が痛い、と言っていたな」と思い出し、素直にそれを伝える。当然ながらそんな答えが返って来るとは思っていなかったため、セリオスは声を上げて笑った。
「はははは! そうか! 姉上の頭を痛めるほどとは、ヴィエラ嬢もなかなかやるな。それに、お前も何もせず許したわけではあるまい? すでにヴィエラ嬢への処罰は下したと推測するが、どうだ」
こう見えて国王であるセリオスとアルノアも古い付き合いだ。むしろ姉と共に三人で過ごした時間は多い。俗にいう『幼馴染』と呼べる関係でもある。だからこそ気安く声をかけたセリオスに、アルノアも頷く。
「はい。数日の謹慎処分と、妻から改めて『王家への礼儀指導』を行う予定です」
「クク、そうか。姉上からの指導とあらば、ヴィエラ嬢も深く反省するであろうよ。よかろう。此度の件はそれにて収めるとする。二度と同じことが起きぬよう、よく教育するよう姉上にも伝えてくれ」
「はっ。かしこまりました。寛大なお言葉、ありがとうございます」
「陛下……!」
王妃であり、アレクシスの母であるミリアンナは納得できないと言わんばかりに声をかける。だがセリオスはそれすらも黙殺した。
「公爵よ。もう下がってよいぞ。次は宴席で会おうではないか」
「はっ。ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
礼節を欠いてはいないが、それでもミリアンナの怒りは収まらない。何せ彼女は付き添わせていた乳母からヴィエラが息子にどんな『暴言』を吐いたかすべて報告を受けているのだ。だからこそヴィエラに対し「絶対に許さないわ……!」と腹を立てていたのだが、セリオスは「そうだ」と声を上げる。
「姉上とヴィエラ嬢に迷惑をかけた乳母と護衛は全員解雇とする。特に乳母は何を言うか分からんからな。舌を切れ」
「は? へ、陛下、今、何と……」
目を丸くするアレクシスの代わりにミリアンナが声をかけるが、セリオスは「既に決定したことだ」と告げて立ち上がる。そして先ほどとは打って変わり、冷たく光る赤い瞳でミリアンナを睥睨した。
「王妃よ。そなたの教育が甘いから乳母がつけあがったのだ。たかが乳母の分際で姪に噛みつくなど……公爵家の剣がこちらに向なかったことに感謝するんだな」
「陛下、それはあんまりです! お考え直しください! 乳母は私たちの息子を、アレクシスを庇おうとしたのですよ?! それのどこがいけないのですか!」
「処罰は変えん。以上だ」
「お待ちください! 陛下!」
ミリアンナは慌てて席を立つが、従者たちに引き留められる。そんな両親の姿を後ろから見ていたアレクシスは、「これが今の王家か……」と虚しさに襲われた。
そこに長年自身に仕えて来た乳母や護衛に対する思いはなく、ただ「公爵家に身を置いていた時の方が気持ちが楽だったかもしれない」という思いしかない。
何せ公爵家は『静か』なのに『居心地が悪くなかった』のだ。
粛々と動き、礼儀を尽くし、仕事をする者が多かったからだろう。実の母親にでもなったかのように口出ししてきた乳母や、友人になったかの如く気安く声をかけてきた騎士たちの方がよほど不愉快だった。
だからこそヴィエラの言葉が突き刺さったのだ。『命令を聞いて貰えない主人』であることを自覚したからこその痛みだった。
「母上。もう行きましょう。父上の決定は絶対です」
「アレクシス! あなたまで……!」
ミリアンナは驚愕に染まった顔を向けてくるが、アレクシスの答えは変わらない。
「公爵家にツバをはいたのはこちらです。ならば報いは受けるべきでしょう。きっと父上は、これこそが『尊いギセイ』なのだと教えてくださっているのです」
「アレクシス! どうしてそんな冷たいことが言えるの?! ずっと、あなたが生まれてからずっとそばにいた乳母なのよ?! どうして……!」
それはさっき自分で言っていたじゃないか。とアレクシスは心中で呟く。だが悪態部分だけは心の中だけにし、事実だけを伝えることにした。
「それは僕が『次期国王』だからですよ、母上」
「────」
呆然自失と言うべきか。
打ちひしがれたかのように目を見張るミリアンナに背を向け、アレクシスは新たに与えられた護衛騎士と従者と共に謁見の間を出る。
そして巨大で華美でありながら、何のぬくもりも感じられない王城の廊下で、小さく息を吐き出したのだった。
次回更新6/25予定です。




