去りし者
アレクシスが北部に訪問し、四日目。王都に帰還するため、公爵邸の門前には複数台の馬車が並んでいた。
「殿下、道中お気をつけください」
「ああ。公爵も、感謝する。とても勉強になった」
アルノアとアレクシスが挨拶をする中、ヴィエラはいつも通りの無表情で、兄達と共に見送りのため立っていた。
今回もロアンは『マナーがまだ形になっていない』という理由で呼ばないつもりだったが、アレクシスが望んだため、カイラス達と共に公爵家の更に後ろに立っている。
そのため、ロアンはじっとアレクシスの行動を観察していたのだが、今のところ一度もヴィエラに『謝罪』をしていなかった。
「ねえ、カイラス先生。王子様ぜんぜんあやまらないね」
「お前な、声を小さくすればいいってもんじゃねえぞ。余計なことは口にするな、ってセラフィア様から言われただろ」
「はぁい」
アレクシス達とは離れているとはいえ、ロアンの声は不思議とよく通る。そのためセラフィアから「話す時は声を小さくよ。約束出来るわね?」と言われていた。だからこそ隣に立っていたカイラスの袖を引き、彼にだけ聞こえるよう声を潜めたのだが、相変わらずその内容は直球過ぎた。
一方のアレクシスはその言葉が聞こえていたかのように、一度視線を彷徨わせる。
だがどれほど考えてもヴィエラが『何に対して怒ったのか』が分からなかった。そのため、ロアンの言葉通り『謝罪』することが出来そうになかった。
「ヴィエラ嬢も……今回は、迷惑をかけてしまった。反省しているよ」
「いいえ。どうぞお気になさらずに」
謝罪こそ出なかったが、それでも『反省している』とは口にする。表情や雰囲気、目を見るに事実なのだろう。
だがヴィエラは元より許す気がない。すまし顔で適当に受け流す。そんなヴィエラにアレクシスは苦笑いした後、ロアンにも視線を向けた。
「ストーンリッジ伯爵令息も、すまなかった。次は王都で会おう」
「ロアン。返事」
「……はぁい。さよなら。王子様」
ロアンは居心地が悪そうなアレクシスに頭を下げた後、結論を出した。
(王子様、ヴィーがなににおこってたか、わからなかったんだ)
声に出さなかったのはカイラスから注意を受けたばかりだからだ。それでも返事が遅れたことでカイラスに背中を突かれ、簡潔な挨拶だけを済ませる。
「では、そろそろ行くとしよう。また王都で会いましょう。叔母様も、どうぞお元気で」
「ええ。殿下も。陛下と、王妃殿下とつつがなくお過ごしくださいね」
「はい。ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
馬車に乗り、去って行くアレクシスの背を皆で見送る。
ようやく一難去ったとヴィエラが息を吐いたところで、アルノアが「さて」と声を上げた。
「ヴィエラへの処分だが、本来は謹慎処分で済ませるつもりでいた。だが別邸に逃げ込んだため、セラフィアから直々に追加で『教育的指導』を行うものとする。いいな?」
「……はい。つつしんで拝命いたしますわ。お父様」
セラフィアは元王女だ。その『指導』となれば正直恐ろしいものがあったが、それが必要な教育であることも分かっている。だからこそ甘んじて受け入れることとした。
「よろしい。ではこれから三日間、私がきっちり『王家への礼儀作法』を教えてあげるわ」
「……よろしくお願いいたします」
そんな妻と娘のやり取りを聞きながら、アルノアは先んじて馬を飛ばした書簡が王城に届いた頃だろうか、と考える。
実のところ、ヴィエラがアレクシスに激怒した翌日、早朝に王城へ事の詳細と、謝罪のための謁見要請を早馬で飛ばしていた。
王子の従者が報告書を提出する前に動くことは当主として当然のことだ。おそらく既に届いている頃だろうが、果たしてどうなるか。アルノアはそっと息を吐きだす。
「それでは、皆も仕事に戻るぞ。ロアン。お前も再び本邸で過ごすように」
「はい! 公爵様! よろしくお願いします!」
元気に返事をし、頭を下げたロアンの頭を、アルノアは応援するように軽く撫でた。
次回更新6/23予定です。




