初めてのダンス②
ダンスが何たるか、ではなく、何故ダンスを踊るのか。理解したロアンだったが、いきなり上達するものでもない。そのため今はカイラスの足に乗り、実際に動いた時の空気の流れや体の動きを体験している真っ最中だった。
「ワン、で左足を前に、ツー、で右足横に、スリー、で揃える。これが基本のステップだ。もう一度やるぞ」
「はい!」
「ワン、ツー、スリー。繰り返すぞ。ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。この流れだ」
カイラスの声に合わせて手拍子を打つのはフィリアだ。今はピアノの音がないため、より体の動きに集中出来るのだろう。ロアンは先ほどよりも体の動かし方を理解しているように頷く。
「それから今度はターンだ。ワン、ツー、スリー、ターン。ワン、ツー、スリー、ターン。ターンはグルッと大きく回るというより、女性と立っている場所を入れ替えるための動きだと思えばいい」
「ふんふん」
まるで操り人形のようにされるがままではあるが、こちらの方がロアンの学習には合っているらしい。カイラスの足から降りた後も、先程とは打って変わって様になっている。
「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。ターンはこう、ですか?」
「あら。おどろいたわね。さっきより上手じゃない」
「ほんと?! やったー!」
ピョンと跳ねて喜ぶロアンに対し、フィリアとメアリはにっこりと笑みを浮かべる。対するヴィエラは本当に驚いたらしく目を丸くしたが、すぐに「でも、わたくしと踊るには早いわよ」とスッパリと切り捨てた。
「うう……。がんばる……」
「そうね。わたくしもお前と踊るのが楽しみよ。ロアン」
「うん! がんばるね!」
落ち込んだかと思えばすぐに笑顔になる。そんなロアンにカイラスは呆れたが、それでも懸命に覚えようとする姿は評価している。
とはいえまだ五歳だ。カイラスが「そろそろ休憩にするか」と声を上げたところで、別邸の使用人がドアを叩いた。
「失礼いたします。ヴィエラお嬢様。実は──」
「あ! ヴィエラ! やっぱりお前こっちにいたな?!」
「ヴィエラ。本当に反省してるのかい?」
「あら。イリアスお兄様にエルディオンお兄様まで。どうしたんですの? こちらに来るなんて」
別邸と本邸はそう離れているわけではないが、少しばかり歩く必要がある。そんなところに二人が来たためヴィエラは素直に驚いたのだが、二人は「お前が言うな」と言わんばかりに呆れた表情を浮かべる。
「お前が殿下とやりあって謹慎処分受けてる、って聞いたから部屋に行ったのに、誰もいねえからよ。どこに逃げたのかと思ったら……お前、本当に反省してんのか?」
「イリアスの言う通りだよ。今頃腹を立てているんじゃないかと思っていたのに、ロアン達と何をしていたんだい?」
イリアスもエルディオンも、気難しい妹が腹を立てているのではないかと心配していたらしい。だがヴィエラは『反省』の二文字など最初からなかったかのように堂々と返事をする。
「ダンスの練習ですわ。必要でしょう? ロアンだっていつかはパーティーや社交界にでるのですから」
「そりゃそうなんだがよ」
「まったく……。殿下はずいぶんと反省しておられたというのに、お前という子は……」
アレクシスはヴィエラとロアンに言われたことが随分と効いていたらしい。だいぶ落ち込んでいる様子だったと二人が告げる。だがヴィエラからしてみたら「当然のこと」なので、特に同情することはなかった。
一方ロアンはというと、不思議そうに首を傾けただけだった。
「王子様、ヴィーに『ごめんなさい』するかな?」
「さあ。知らないわ。まあ、あやまられても許さないけど」
「お前なあ」
「何があったかは知らないけど、あまり騒ぎにしちゃダメだよ」
エルディオンがやんわりと注意をするが、ヴィエラは「フン」と顔を逸らすだけだ。対するロアンはというと、昨日のことを思い出し──ポンと顔を赤くした。
「お? どうした、ロアン。顔赤いぞ? ダンスがんばりすぎたか?」
「あ、う、や、ち、ちがうんです、えっと、えっと……カ、カイラスせんせ~!」
「なぁんで俺のところに逃げてくるんだよ、お前は」
「うぅぅうぅ~だって~……」
ヴィエラから頬にキスされたことを思い出したらしい。カイラスの足にしがみついてグリグリと顔を押し付ける。
見たことのない反応にエルディオンとイリアスは疑問符を浮かべるが、一部始終を知っている侍女達は「コホン」と咳払いをし、カイラスは恥ずかしがるロアンに「忘れてたわけじゃなかったのか」と心中で呟いた。
「ヴィエラ。お前何か知ってるか?」
「さあ。ロアンの気持ちはロアンにしかわからないことよ。わたくしに聞かないで」
「そりゃそうだけどよ」
「ところで、お二人はなにをしに来たんです? 本邸に戻るよう、お母様から言われました?」
心当たりはあったが、敢えて話題を逸らしたヴィエラに、エルディオンは「違うよ」と否定する。
「お前のことが心配で探してただけさ。でも、思ったより平気そうでよかったよ」
「そうですわね。ロアンがいなければ、今頃お兄様たちに“訓練”をお願いしていたはずですもの」
「あー……一方的な八つ当たりな。はいはい」
すべてを悟った顔で頷いたイリアスだったが、ロアンと出会ったことで妹の空気や性格が丸くなったことは感じている。だから下手にツッコムことはしなかった。
「代わりにダンスの練習してたってわけか。ま、訓練よりは優雅だな」
「そうでしょう? せっかくですもの。お兄様たちも練習されては?」
「そうだね。ロアン、僕達も教えてあげよう。こっちにおいで」
「あ、はい! おねがいします!」
カイラスの足にひっついていたロアンだったが、エルディオンに呼ばれてすぐに飛び出す。カイラスも兄のような少年たちに教わる方がいいだろう。と壁際に戻る。
「さて、俺も少し休憩を……」
とカイラスが休もうと肩の力を抜いた瞬間だった。ドターン! と誰かが倒れる音と、ヴィエラの「キャア!」という悲鳴が聞こえる。
すかさず振り返ったカイラスと、侍女たちが「ヴィエラ様! ロアン様!」と声を上げながら駆けつけた先では、ロアンを下敷きにして倒れているヴィエラがいた。
「も~……ロアン! だからターンの方向が逆なのよ! ぶつかってころんだじゃない!」
「ふえ~……ごめんなさい……」
ロアンがターンの方向を間違え、イリアスと練習をしていたヴィエラと衝突したらしい。怒りに任せてロアンの頬を引っ張ったヴィエラだったが、心配する侍女を他所に小さく笑いだす。
「まったくもう……フフ。わたくしがころぶなんて……ああもう! 本当にお前じゃなかったら許さなかったわ!」
「ごめんなしゃあい」
されるがままのロアンに手を添えたカイラスも、大きな怪我やたんこぶがないことにほっとする。そしてヴィエラにも怪我がないことを確認すると、呆れたように息を吐いた。
「お前ら、もうちょっと離れて練習しろ」
「はぁい……」
前途多難なロアンのダンス練習は、こうして幕を開けたのだった。
次回更新6/21予定です。




