初めてのダンス①
イリアス曰く「過去一最悪な晩餐会だった」と語る夕食を無事に済ませた翌日。ヴィエラと王子を会わせるのはよくないと判断され、その日一日、ヴィエラは部屋で過ごすよう命じられた。実質軟禁だ。
だがアルノアは『本邸から出るな』とは命じていない。それを逆手に取ったヴィエラは、堂々と別邸に忍び込んでいた。
「ロアン、そうじゃないわ。そこは左足を前よ」
「ひ、左足……」
「そう。それからまたワン、ツー、スリーでステップをふんで……それからクルっとターンを、って逆よ。それだとぶつかってしまうわ」
「はわわわ……」
目をグルグルと回すロアンは、現在『初めてのダンス練習』に勤しんでいた。
「もう、お前は本当にダンスが苦手ね」
「だ、だって、ダンスなんてはじめてだから……。音? とか、曲とか、よくわかんない……」
「まあ。お前、ダンスを見たことがないの? しょうがないわね。カイラスおじさま、お手本を見せてくださいな」
ロアンの家庭環境を鑑みれば仕方のないことではあるが、それはそれとして見本は必要だ。そのため壁際に控えていた、眠たそうな顔をしていたカイラスに声をかける。
「は? なんで俺なんだよ」
「仕方ないじゃない。ここにはおじさま以外の殿方がいないんだから」
正論で論破したヴィエラに対し、カイラスは「へいへい。分かりましたよ」とやる気のない返事をしながら壁にもたれていた背中を引きはがす。そして床に座り込んでいたロアンの両脇に手を入れて椅子に座らせると、ヴィエラに視線を向けた。
「で? お相手は誰だ?」
「リゼルはピアノ役だからダメよ。フィリア。お願い出来るかしら」
「かしこまりました。カイラス様、お願いいたしますわ」
「了解しましたよ。ったく……俺もダンスは得意じゃねえんだが……」
ぼやきつつもカイラスは羽織っていた白衣をメアリに預ける。そして普段の粗暴さが嘘のように丁寧にお辞儀をし、フィリアに片手を差し出した。
「レディ。どうか一曲、お相手願えませんでしょうか」
「ええ。喜んで」
フィリアの生家は伯爵家だ。そのためダンスは習得済みである。また彼女は両目の視力が殆どないが、その他の感覚が優れているため、カイラスと踊ることに躊躇はなかった。
「ではリゼル。演奏を始めてちょうだい」
「かしこまりました」
ダンスの曲としてメジャーなワルツの曲が流れると、二人は優雅にお辞儀をし、向かい合う。そしてカイラスが片手を差し出せば、フィリアは穏やかな笑みを浮かべてそこに手を乗せた。
そこから始まったのは、三拍に合わせた基本のワルツだ。サークルを描くように回り、回転し、手を重ね合う。その繰り返しだ。ロアンは初めこそじっと見ていたが、途中から首を傾けた。
「ヴィー。なんでダンスってずっとクルクルするの?」
「なんでって、ダンスはそういうものだからよ。自分と相手を知るためのものなの。パーティーの規模や、誰が開いたかによってもかわるけど、ここで男性と女性は会話をするのよ」
「ふぅーん……。なんで?」
本当に『何のためにダンスをするのか』が理解出来ないのだろう。ロアンは「なんで?」を繰り返す。流石のヴィエラも「ここまで知らないとは……」と半ば呆れていると、曲が終わり、カイラスとフィリアは手短な挨拶を交わしてダンスを終えた。
「はあ。久々とはいえ、まあ形にはなっただろ」
「ええ。思っていたよりもお上手でしたわ。おじさま」
「そりゃどーも。フィリア嬢が俺に合わせてくれたからだけどな」
「まあ、ご謙遜を。カイラス様はお上手でございましたよ」
口元に手を当てて微笑むフィリアに対し、カイラスは「男を立てるのがうまいねえ」と肩を竦める。またそれでいい気にならないのがカイラスだ。そこを含めてヴィエラはカイラスを評価している。
だがロアンは『ダンスとは』という疑問から抜けられず、むくれたように膝を抱えていた。
「カイラスせんせ~……なんでダンスってあるの? どうしてクルクルするの? 手をヒラヒラさせなきゃダメなの?」
「お前そんなこと考えてたのか。また変なところに目をつけたな、お前さんは」
カイラスはキチンと靴を脱いでから椅子の上で膝を抱えていたロアンの前で膝を折り、視線を合わせる。
「いいか、ロアン。俺もな、何でダンスをするのかはよく知らん」
「おじさま」
あまりにも蓮っ葉な物言いに流石のヴィエラもどうかと思い名を呼ぶが、ロアンはこの『誤魔化さないカイラスの言葉』だから信用が出来た。
「だがまあ、普通の男女ってのはこうでもしねえと話す場所がねえんだよ。いきなり知らない家に行って「お嬢さんいますか?」「お話しませんか」「庭園に行きませんか」なんて言われたら怖いだろ。お前なら平気か? 顔も名前も知らない女の子からそんなことされたら」
「うーん……。ちょっと、こわいかも」
ロアンも想像したのだろう。姉のような女性がいきなり自分の目の前に現れ、腰に両手をあてながら「ちょっと来なさい」と言っているところを。そんなロアンに、カイラスも「そうだろう」と頷く。
「ダンスをするのは『社交の場』と決まっている。社交ってのは「あなたを知りたいからお話しましょう」が前提だ。それが許されてる、と言ってもいい」
「じゃあ、さっきヴィーが『ダンスの間に話をする』って言ってたのは、そのせいなの?」
「せい、って言い方はよくねえが、認識としては正解だ。だからダンスが出来ないやつは『話すことが出来ない』ってことになるんだよ。お前さんだってイヤだろ。お嬢様と話せないのは」
カイラスがロアンの隣に座るヴィエラに視線を向けて考えるよう促せば、ロアンはすかさず頷く。
「やだ! ぼくはもっとヴィーと話したい!」
「そういうこった。まあ、何を話すかは相手次第だがな。俺なら薬草の話でもなんでもいいが、普通の令嬢には向かないからやめておけ。普通にドレスが綺麗だとか、そういうことを言っておけば大体なんとかなるから、お前もそうしとけ」
「おじさま。失礼なことを教えないでちょうだい」
ちゃんと教えるのにどうして途中で余計な言葉が挟まるのか。苦言を呈するヴィエラだったが、ロアンは納得したらしい。ふんふん。と頷く。
「わかった! ぼく、ヴィーとダンスの時もお話できるように、ダンスがんばるます!」
「おう。がんばります、な」
やる気を出して椅子から飛び降りたロアンの頭を、カイラスはぐしゃりと掻き乱してからちょっとした『言い間違い』を訂正した。
次回更新6/19予定です。




