傷口に愛を
二人が互いの存在を確かめ合うようにくっついていると、セラフィアの侍女を伴って戻ってきたフィリアをカイラスが迎え入れる。そして「やっぱり本邸に戻されるか」と考えながら客室へと戻ると、恋人のように抱き合っている二人を見てギョッと肩を跳ね上げた。
「おわっ?! お前ら、何やってんだ?!」
「あら、おじさま。どこに行っていたの?」
「そりゃ色々と準備を……ってそれはいいんだよ! ああもう、よく分からねえが、お迎えだ。お嬢様」
カイラスが後ろに立っていた侍女たちに視線をやれば、フィリアは申し訳なさそうに頭を下げ、セラフィア付きの侍女は恭しくヴィエラに頭を下げた。
「セラフィア様より本邸に戻られるよう、仰せつかっております」
「……そう。分かったわ」
今日は父母には多大な迷惑をかけた。冷静になったヴィエラはそのことを理解しており、駄々を捏ねる気は湧かない。
それでも後ろ髪を引かれるのは、自分が傷つけてしまったロアンを一人残すことになるからだ。
幾らメアリやカイラスがいるとはいえ、本来であれば本邸で過ごしていたはずだ。それを、王子が来たせいで別邸に追いやることとなってしまった。それが、ヴィエラには心苦しい。
「ごめんなさいね、ロアン。本邸に戻らないといけなくなったわ」
「ううん。ぼくこそ、ありがとう。ヴィー。うれしかったよ」
ヴィエラから『守る』と言われたことがよほど嬉しかったのだろう。ロアンはいつもの朗らかな笑みに戻っている。
だがヴィエラはじっとその顔を見つめると、そっと片手でロアンの頬を引き寄せ、そのまま反対の頬に唇を押し当てた。
「おッ?!」
「なっ!」
「お、お嬢様!?」
大人たちが驚きのあまりひっくり返ったような声を上げる中、ロアンの頬に口付けたヴィエラはそっと顔を離して笑みを浮かべる。
「わすれてはダメよ、ロアン。お前には、いつだってわたくしがついているのだから」
「は、はえ……」
ロアンはポカンとヴィエラを見つめ返したが、次の瞬間にはポンと顔を赤くした。
「あ、え、あっ、ヴィ、ヴィー……! い、いま、ほっぺに……!」
「フフ。その顔ができるならもう大丈夫ね。ロアン。また会いましょう。──大好きよ」
「えっ」
真っ赤に染まった顔で、頬を押さえて後ろに倒れかけていたロアンに、ヴィエラは悪戯が成功したような顔で笑う。加えてさらりと愛の告白までしてしまう。
その衝撃的な瞬間を目撃してしまい固まる侍女達に向かって、当の本人は「戻るわ。ついてきなさい」といつものように凛とした主人の顔で命をくだし、部屋を出て行った。
「…………マジかよ、お嬢様……やりやがった……」
「ろ、ロアン様! ロアン様! しっかりなさってください! ロアン様!」
呆然と、振り返ることなく立ち去ったヴィエラの背を見送っていたメアリ達だが、すぐにハッとしてロアンへと視線を向ける。慌てて駆け寄ったメアリが肩をゆすれば、すかさずロアンの体がベシャリとソファーの上に崩れ落ちた。
「ロアン様!」
「おーい、ロアン。大丈夫かあ?」
「ロアン様! ロアン様! お気を確かに!」
「………………ヴィーが……ぼくのほっぺに、ちゅって……」
ロアンはドクドクと自身の心臓がけたたましく胸を叩く音を全身で感じとる。
自分の頬に触れた、あたたかく、柔らかい唇。伏せた睫毛が肌をくすぐった感触。柔らかな金糸が微かに視界の端で揺れたこと。すべてを思い出し、声なき声で悲鳴を上げてゴロゴロと身もだえた。
「おうおう。お前も男だったか、ロアンよ。俺はちょっと安心したぞ。お前も男なんだと分かってな」
「ロアン様?! しっかりしてください! ロアン様!」
「う、うぅぅううぅうぅぅ~……! こんなのムリだよぉ……」
さっきまではあんなにも胸が痛くて張り裂けそうだったのに、今は別の意味でどうにかなってしまいそうだった。
「ずるいよ、ヴィー……ぼく、もっとヴィーのこと好きになっちゃう……」
クッションを強く抱きしめ、顔を埋めてもぞもぞし始めたロアンに、カイラスは「微笑ましいこったなぁ」と笑みを浮かべ、メアリはオロオロと二人を交互に見るだけだった。
次回更新6/15予定です。




