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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
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63/86

相談相手


 ロアンを連れて別邸に戻ったヴィエラは、一先ず客室で自身の専属侍女が来るのを待った。

 その間泥と保存食の匂いを纏わせていたロアンは汗を流しに行っており、代わりにカイラスがお茶を淹れていた。


「俺が普段飲んでるハーブティーだ。少しは気分が落ち着くだろう」

「あら。説得力のある売り文句ね、おじさま」

「ケンカ売ってんのか、お嬢様」


 口は悪いが、その目は決して怒っていない。むしろゆっくりとカップを傾ける気の強い少女を静かに観察していた。


「それで? 何で賢いお嬢様があそこまで王子様に腹立てたんだ?」

「わたくしが賢いのは事実だけど、先にケンカを売ってきたのは向こうよ。わたくしはそれに応えただけだわ」

「はあ。そりゃよっぽど嫌なこと言われたんだなぁ」


 カイラスの思わぬ返答にヴィエラが目を丸くすれば、当の本人は「何だその顔は」とツッコミを入れる。


「さっきも言ったが、お嬢様は賢いからな。くだらないことで言い争うほどバカじゃないことぐらい分かる。加えて、公爵令嬢としての矜持もある。そこらの五歳児とは比較できないほどにな。そうなりゃよっぽど腹の立つことを言われない限り、お嬢様は声を荒げたりしないだろ」

「……おどろいたわね。おじさま、わたくしをそんな風に見ていたの?」


 カイラスとは去年から顔見知りであったが、話したことは殆どなかった。今でさえ『ロアンの教育係』として自分よりもロアンと一緒に過ごす時間が多いのだ。そんな相手が自分をそんな風に見ているとは思っていなかった。

 だがカイラスからしてみれば「ちょっと見りゃ分かることだろ」と口にする。


「お嬢様は俺みたいに粗野な男だろうと、ロアンみたいにポヤっとしていようと、平民だろうと、相手が『本気』ならそれを認めるだろう。となると、その反対の存在──無責任、事なかれ主義、他責思考の奴は嫌いなんじゃないか? そう考えただけだよ」

「……その通りよ。わたくしは、自分の言葉や行動に責任をもたない人は、年齢性別関係なくキライなの」


 ヴィエラは公爵令嬢だ。北部の民を守ると心に誓った『次期当主』である。だからこそ自分の行動に責任を持たない人間が理解出来ず、また許すことが出来なかった。


「おじさまは、あの王子をどう見ます?」

「さあなぁ。俺は挨拶したこともなけりゃ話したこともない。さっきチラッと顔を見たのが初めてだ。だけどなんつーかまあ……ロアンとお嬢様の態度を見りゃ『何かやらかしたな』ってのは分かる。じゃなきゃ、ロアンがあんなに怒るわけがない」


 ロアンは穏やかな子だ。いつも朗らかに笑い、目を輝かせ、子供らしく走り回っている。

 そんな子供が、一つ年上の王子と向かい合っている時、両手を握りしめていた。何かを耐えるように。


「ロアンは誰よりも、何よりも、お嬢様を大切にしている。そんなロアンがあそこまで腹を立てたんだ。お嬢様にとって侮辱にも似た言葉でも言われたんじゃないか? 殿下は見た感じ優男だが、何を考えているかなんて分からねえからな。王族でもガキはガキだ。しょうもねえことの一つぐらい言った可能性は否めん」


 カイラスはチラリと部屋の出入口に目を向ける。そこにはヴィエラを追いかけて来た専属侍女──フィリアとリゼルが立っており、二人はカイラスと目が合うと静かに頭を下げた。


「ま、俺からしてみれば仲直りするかどうかはお嬢様達次第だな。お嬢様が許せねえ、って言うならそれでいいんじゃねえか?」

「フッ。相変わらずおじさまは破天荒ね。普通は王族の味方をするものではなくて?」

「面倒なアレコレに縛られるのは嫌いなんだよ。王族だろうと何だろうと、人としてやっちゃいけねえことやったなら怒られて当然だ。王族だからって肩持つかよ」

「フフ。そうね。その通りだわ」


 ヴィエラはカイラスの蓮っ葉な、それでいて権力に屈しない性格に心地よさを覚える。二人の侍女もヴィエラの機嫌が戻りつつあることにホッとしたが、振り返ったヴィエラにジトリと見上げられ、背筋を正した。


「わたくし、今日は戻らないわよ」

「ヴィエラ様……そうおっしゃられましても……」

「イヤったらイヤ。なんで無礼を働かれたこちらが譲歩して夕食に付き合わないといけないのよ。あんな男の顔を見るぐらいなら、食べない方がマシだわ」

「お嬢様……」


 フィリアとリゼルが心底困った様子で顔を見合わせていると、パタパタと軽快な足音が響いてくる。そしてメアリの「ロアン様ー! お待ちくださーい!」という声も響き渡り、カイラスの眉間に皺が寄った。

 そして開かれていたドアの前に、風呂場から勢いよく走ってきたロアンが姿を現した。


「ヴィー! お待たせ!」

「ロアン! ちゃんと髪乾かせっていつも言ってんだろうがあ!」

「ロアン様~! メアリ、メアリを、置いていかないで、ください……!」


 スカートを両手で持ち上げ、必死に走ってきたメアリが息も絶え絶えにタオルを差し出す。それをソファーから立ち上がったカイラスが奪い取ると、ロアンの頭を乱雑に拭き始めた。


「だって~、ヴィーが待ってるのに~」

「だって~でも、待ってるのに~、でもねえ! 風邪ひいたらもっと長い間お嬢様に会えないんだぞ! 分かったか!」

「はーい……」


 口は悪くとも面倒見はいい。そんなカイラスと、床にへたり込みながらもロアンの乱れた服を整えるメアリに、ヴィエラはフッと表情を緩めた。



次回更新6/11予定です。

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