ヴィエラを理解する者
アレクシスは「なぜこうなったのだろう」と必死に考えていた。乳母と護衛が視界を遮るかのように前に立ち、ヴィエラと言い合う中、ずっと脳を働かせた。
アレクシスは言い争いが嫌いだ。心底無意味で無駄な時間だと思っている。だからこそ「争うぐらいなら謝罪した方がいい」「許した方がいい」という考えがある。
だがヴィエラは一歩も引かなかった。大人に凄まれても怒鳴られても、少しも恐れることなく睨み返している。そして聡明な頭脳と鋭い言葉で容赦なく相手を傷つけ、叩きのめす。現にアレクシスの心臓にも刺さった。『赤』を持たないと切り込まれたことに。
(『赤』……か。確かにそうだ。僕は父上のような『赤い瞳』も、叔母様のような『赤い髪』も持っていない。大臣や他の貴族たちがそれを残念がっていることも知っている。でも、持ってないんだから、しょうがないじゃないか)
髪の色は父親に、瞳の色は母親に似た。だがどこをどう引き継ぐかなど、自分で選べるものではない。そしてアレクシスは『赤』がないからこそ母に愛されていることも知っている。王族としては残念な結果であったとしても、アレクシスにはどうすることも出来ないことだ。
だからこそヴィエラが『羨ましい』と思う。
叔母譲りの『赤い瞳』は間違いなく王家の血が入っている証明だ。
国王である父親よりも『優秀だ』と囁かれていた叔母の血が入った子供。アレクシスがどんなに欲しくても手に入れられない『赤』を持つ少女。
聡明な彼女に期待を寄せる貴族は少なくない。むしろ大臣の中には「彼女が王妃になってくれれば王家も安泰なのだが……」と話している者もいる。それほどまでに尊い血統を維持し、それを証明するかのように聡明な彼女が羨ましかった。
「ヴィエラ嬢。私の従者たちが失礼をした。謝罪させてほしい」
「フン。お前、簡単に頭を下げるのね。ずいぶんとお安いお立場ですこと」
ヴィエラの嫌味に乳母が奥歯を噛みしめるが、アレクシスは何も思わなかった。むしろこの程度で公爵家と対立せずに済むなら安いものだ。面倒ごとが起きるぐらいなら頭を下げた方がいい。それがアレクシスの考えだった。
だからこそ腹を立てることなく、素直に「すまなかった」と謝罪する。
乳母も護衛騎士も悔しさを顔に出していたが、ヴィエラが反応する前に、ずっと口を閉じていたロアンが声をかけた。
「どうしてあやまるんですか?」
「え?」
「ロアン?」
思わずヴィエラが振り返れば、ロアンはじっとアップルグリーンの丸い瞳でアレクシスを見つめながら、もう一度問いかける。
「王子様は、どうしてあやまるんですか?」
「どうして、って……それは、僕の従者が彼女に失礼を働いたからで……」
「じゃあ、王子様は『自分は悪くない』って思ってるんですね。わるいのはぜんぶあの人たちだ、ってことでしょ?」
あの人たち、とロアンが小さな指を向けたのは、先程までヴィエラに食って掛かっていた護衛と乳母だ。そのことに一同はギョッとするが、ロアンは目を丸くするアレクシスに構わず思ったことを素直にぶつけていく。
「王子様、なにもわからないならあやまらなくていいですよ。なにもわからないのに『ごめんなさい』されても、ヴィーはゆるしてくれないよ」
「ロアン……」
先程まで怒り心頭だったヴィエラでさえ、ロアンの鋭すぎる一言に瞠目する。周囲にとってはもっと驚きだろう。
土埃がついた服に、ピョンとあちこちにはねた癖毛。どこをほっつき歩いていたのか分からない見た目と匂いをさせながら、ぼんやりとヴィエラの後ろに立っていた。
そんな子供がアレクシスの『事なかれ主義』な部分を見抜くとは、誰も思っていなかったのだ。
「あのね、王子様。『ごめんなさい』ってする時は、ちゃんとそう思った時じゃないと意味がないんだよ。あの人たちが悪いなら、あの人たちがヴィーに『ごめんなさい』しなきゃけないのに、どうして王子様がかわりにあやまるの? あの人たちは、王子様に『ごめんなさい』してもらわないと、ヴィーにゆるしてもらえないの?」
「ち、違います! 私達は──」
「うるさい。口を挟むな」
「ッ!」
アレクシスから『これ以上恥を晒すな』と睨まれた乳母が口を噤むが、やはりロアンはそれを見ても首を傾けるだけだった。
「あの人、自分が『わるいこと言った』って思ってないですよね? ヴィーのことキライって、ずっと言ってるもん」
「伯爵令息、そういうことでは……」
「王子様。ヴィーはね、あの人たちにおこってないよ。おこってるのはね、王子様がヴィーをきずつけたからだよ。どうしてそれがわからないの?」
アレクシスは何も言い返すことが出来なかった。何故なら『分からなかった』からだ。
ヴィエラが何に傷つき、何に腹を立てているのかを。
ただ純粋に『従者が失礼な態度を取ったから公爵令嬢として指摘した』のだと判断した。
だがロアンは違う。もっと“根本的な部分”を見ていた。
ヴィエラが何を大切にし、どんな未来を描き、どんな気持ちで北部を、家門を背負っているのか。それがどれほど強い思いであるか。本当に『見れば分かる』と思っているのだ。
そうでなければ五歳の少女がここまで気高くあれるわけがないのだから。
「思ってないならあやまらないほうがいいよ。ヴィーは、そっちの方がもっとキライだから」
ロアンはそこまで言うと、ようやくヴィエラに視線を向ける。そしていつものように笑顔を浮かべた。
「ヴィーはちゃんと言ったもんね! イヤだから『イヤだ』って!」
「……ええ。そうよ。わたくしは、ちゃんと自分の気持ちに正直だもの」
ヴィエラは心中で自身の代わりに静かな『怒り』をアレクシスにぶつけたロアンに感謝する。
自分が何に怒り、どんな意味の謝罪を求めていたか。ロアンだけは間違うことなく察してくれたのだ。おかげでささくれ立っていた心も穏やかになっていく。だからこそ「もういいか」と思うことが出来た。
頑固なヴィエラが、初めて徹底的に追い詰めることなく、他者の無礼に目を瞑ることを許したのだ。
「ありがとう、ロアン。わたくしのために怒ってくれて。それと、殿下。この場はロアンの善意により、収めるとしますわ。ですが、二度とわたくしを軽んじる発言はなさらないでください」
「……わかった。約束しよう」
ヴィエラは「フン」と鼻を鳴らすと、ロアンの手を自分から握る。そしていつまで経っても戻ってこないロアンを戻しに来たカイラスとメアリの元に向かって歩いて行った。
「部屋に戻るわよ。メアリ、カイラスおじさま。ついてきなさい」
「いや、お嬢様。あんたは向こうの本邸に──」
「いいから。わたくし、今日はあちらに戻りたくないの。おじさまがムリヤリ戻そうとしても抵抗するわよ」
「はあ……分かったよ。しょうがねえなぁ」
後ろ頭をかきつつ、カイラスはヴィエラの後ろに続く。メアリもオロオロしながらも一同に頭を下げ、すぐさま主人たちを追いかけた。
そして取り残されたアルノアとセラフィア達は、この後どうすればいいのかと心底頭が痛い思いをしていた。
次回更新6/9予定です。




