アレクシスの失態
ロアン達が視察から戻る中、ヴィエラ達もアレクシスとの視察を終え、帰路を辿っていた。
「今日はとても有意義な時間がすごせました。ありがとうございました」
「とんでもございません。我々も北部の生活を見ていただき、ありがたく思っております」
ヴィエラが完全に『婚約者候補』としての働きを拒否したため、結局アルノアとセラフィアがアレクシスを接待していた。
そんな中戻ってきた正門の前で、ヴィエラは「あら?」と声を上げる。丁度向こうから走って来る一台の馬車が見えたからだ。向こうもヴィエラ達に気付いたのだろう。馬車を停める。
そして主家に挨拶すべく目礼したバレリーの横を、馬車から飛び降りたロアンが駆け抜けた。
「ヴィー!」
「ロアン。お前、今日も出ていたの?」
「うん! あのね、いっぱい、いろんなもの見てきたよ!」
心底嬉しそうに話すロアンに、ヴィエラも馬車から降りて「そう」と表情を緩める。ヴィエラからしてみたらとんでもなく『無意味な一日』だったが、最後にロアンと会えたのであれば中の下ぐらいにはなる。
だがそんなヴィエラの心中など察せない男が、この場にはいた。
「誰だ? 君は」
「へ?」
ヴィエラの背後から声をかけ、あまつさえヴィエラの前に立ち、守るかのように片手を出してきたのはアレクシスだった。
「君は彼女が誰だか知っているのか? グラディアス公爵令嬢だぞ。口の利き方に気をつけるんだ」
「え……でも、ヴィーが『いい』って……」
「“ヴィー”? 君は公女をそう呼んでいるのか?」
睨みつけるように見下ろしてくるアレクシスに戸惑いつつも頷けば、アレクシスは「やれやれ」と言わんばかりに溜息を吐く。そして改めてロアンを見下ろし、頭から足先まで検分するように眺めてから口を開いた。
「君のような“卑しい出自”の子供が話しかけていいほど、公女は暇ではないんだよ。自分の家に帰るといい」
アレクシスとしては優しく話しかけたつもりだ。何故ならロアンのことを『平民』だと勘違いしたのだ。
何せ上から下まで土で汚れ、獣のような魚のような生臭い匂いがする。何も分かっていなさそうな顔は痩せてはいないものの、決して知性があるように思えなかった。
それでもアレクシスは努力したのだ。下々の者に優しく接するのも為政者の務めだと考えていた。
だがその考えは、後ろから腕を叩き落とされたことで覆る。
「いたっ?!」
「……いい加減にしなさいよ」
守るように差し出した手を弾いたのは、後ろに立っていたヴィエラだ。その目は感謝するどころか、アレクシスを憎悪にも似た憤怒の色で睨みつけてくる。王家に連なる者にしか現れない、自身が持たない赤い瞳だ。それが恐ろしいほどに赤く輝いている。
その目に睨まれたことでアレクシスは思わず後ずさり、駆けつけてきた乳母と護衛も足を止めた。
「一体誰を“卑しい”と言ったのかしら。お前は」
「ヴィ、ヴィエラ嬢……?」
ヴィエラはアレクシスを強く睨みつけると、ズンズンと大股でロアンへ近づき、その手を取った。
「ロアン。お前は決して“卑しい子”ではないわ。あんな凡骨バカ王子の言うことなど聞いてはダメよ」
「でも……ぼく……」
「いいの。わたくしが許可したのだから、お前はわたくしを『ヴィー』と呼んでいいのよ」
ヴィエラはそう言って微笑むと、アレクシスにも聞こえるように言い放つ。
「お前は『ストーンリッジ伯爵家』の子ですもの。れっきとした貴族だわ。例え泥だらけになっていても、それは変わらないことよ」
「ストーンリッジ伯爵家……?」
その名前をどこで聞いたのか、アレクシスは思い出してハッとする。服を汚し、ヴィエラに慰められている少年は、間違いなくこの正門で出会った子供と同じである。
見た目と染みついた匂いで判断を誤ったことに気付いたアレクシスが口を噤んでいると、ロアンがしょんぼりと下げていた目をヴィエラへと向ける。
「でも……王子様おこってるよ……?」
「だからなんだというの? わたくしが許可したことよ。王子が口出しできることではないわ。だから気にせず、これからもわたくしのことを『ヴィー』と呼びなさい。わかった?」
そっとロアンの頬に手を当て、微笑むヴィエラにロアンも安心する。だからこそ小さく「うん」と頷くと、ヴィエラも手をおろす。そんな二人の元にアレクシスは歩いて行く。
「君。ストーンリッジ伯爵令息だったか。すまない。てっきり、この地の子供かと思い……」
「いいです。王子様がぼくをおぼえてなかっただけなので」
「うっ……すまない……」
確かに門前で挨拶を受けていた。すっかり失念していたことを素直に謝罪すれば、ロアンは「もういいです。大丈夫です」と首を横に振る。ヴィエラもロアンが許したことで怒りを鎮めたが、続いた言葉で再び場は凍った。
「ところで、伯爵令息が許されているなら、私も公女のことを『ヴィー』と呼んでもいいだろうか」
次回更新6/3予定です。




