対照的な二人
その後、ヴィエラ達は市場に何があるか歩きながら説明し、再び馬車に乗り炭鉱の周辺で何が採掘出来るかを話す。勿論説明役はヴィエラではない。当主であるアルノアだ。
王子はそれを素直に聞き、ただ「そうか」「すごいな」「すばらしいな」と感嘆するだけだった。
「ヴィエラ。お前、もう少し愛想よく出来ないの?」
「すでに限界ですわ、お母様。あの凡骨の頬を張り倒さないだけよくやっていると自分を褒めたいですもの」
「はあ、まったく……。お前という子は……」
セラフィアとてヴィエラの『言いたいこと』は分かるのだ。元王女として、王族として、王子はあまりにも『興味がなさすぎる』と。
各領地の『視察』に来たのであれば、疑問点があれば切り込むべきだ。現にセラフィアはそうやって知識を蓄えた。統治に役立つはずだと、果敢に立ち向かっていったのだ。
だがアレクシスはそれをしない。ただニコニコと愛想よく笑い、当主が『喜びそうな言葉』だけを繰り返している。それではダメだと、セラフィアも言いたかった。
だが実弟とはいえ、王の子だ。幾ら親族とはいえ、臣籍降下した自分がどこまで口を挟むべきか。セラフィアも掴みかねている。
(アレクシスアは悪い子ではないけれど、あまりにも自分の意思がなさすぎる。一体どんな教育を受けているのかしら……)
セラフィアが王女であった頃、それはもう厳しく辛い日々だった。口煩い教師に、山のような教本。マナーからその年の流行に至るまで、事細かに学ばされたものだ。逃げ出したい。と思ったことも一度や二度ではない。
だがプライドの高いセラフィアは口煩い教師に叱られるのが嫌で、血が滲むほどにペンを握り努力した。
貴族の名前を暗記し、系譜を暗記し、特産物を覚え、かつての災害の規模を調べて頭に叩き込んだ。
そんなセラフィアからすれば、今のアレクシスはフワフワと宙を漂う羽のようだ。
何も持たず、何も興味がない。流されるままに流れ、そのうち落ちてしまうだろう。
(危険だわ。早く何とかしてあげないと)
だが弟がどんな教育を施しているのか確認しなくては『余計なお世話』になってしまう。教師は既にいるはずなのだ。相手の仕事を妨害することも避けなくてはならない。
セラフィアは「余計な仕事を請け負った気分だわ……」と広げた扇の奥でそっと息を吐いた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。ロアンは領地内の一画にある畑にいた。
「うわー! ほんとに土の中に野菜があるー!」
「はっはっは! 驚いたか、坊主!」
「はい! ビックリしました!」
今は夏だが、北部の秋は短い。すぐに訪れる冬を越せるよう、既に領民は『冬支度』を始めている最中だった。
「こうして土の中に野菜を入れておくとな、雪が積もっても凍らないんだ」
「土の中ってあったかいんですか?」
「そりゃあ雪よりはなぁ。雪触ったことあるか? めちゃくちゃ冷たいんだぞ」
「雪……見たことないです。でも白くてフワフワしてる、って聞きました」
「そんな可愛いものばっかじゃねえぞ、北部の雪は」
農夫とそんな会話を繰り広げるロアンの後ろでは、カイラスが「なんでこうなったんだか……」と呆れていた。
元より公爵であるアルノアからは「ここからここまでなら自由に見ていい」と地図を見せられていた。だからと言って毎日出かける羽目になるとは思っていなかったし、結果的に公爵家の庭師や馭者まで巻き込むことになっていた。
その一助となったのは、ロアンのこの『天然の人懐こさ』だ。これが大人たちに刺さるのか、皆気付けばロアンに手を貸してくれる。北部民という警戒心の強い人間たちでさえ、こうして情報開示しては体験させてくれるのだ。
結果としてロアンは王子よりもよほど密に『視察』している状態だった。
「そうだ。おもしれえもんが見てえなら、向こう側に行ってみろ。保存食を作ってるからな」
「ホゾンショク? って、なんですか?」
「冬は畑に出られないだろ? けど食い物がないと死んじまう。だから冬の間に食えるものを作っておくんだ」
「なるほど! すごいですね!」
「はっはっは! 俺らにとっちゃあたりめえのことだけどな!」
ロアンは軍手や服についた土を払ってから「ありがとうございました!」と頭を下げ、手を振る農夫に両手を振ってから馬車に乗り込む。そうして今度は『保存食』を作る『食品加工所』へと向かうことになった。
「バレリーさん! 北部ってたのしいですね!」
「はっはっはっ。ロアンお坊ちゃまにそう言って貰えると嬉しいですな。それでは、次の目的地は『食品加工所』でよろしいですかな?」
「ええ。お願いします」
「かしこまりました。少し揺れますので、お気をつけくださいませ」
バレリーとは、王都でもロアンとヴィエラを乗せた馬車を管理していた馭者だ。今ではすっかりロアンを連れ回す専属馭者の扱いになっている。カイラスは「馭者とも仲いいのかよ……」と呆れたものだが、今では自分も言葉を交わす間柄になっていた。
「エドワルおじいちゃんがいたら、もっと面白い話が聞けたかなあ?」
「エドワル様にもお仕事がございますから、今度お話しましょうね。ロアン様」
「うん! いっぱい話したい!」
エドワル、とは公爵家の庭師だ。庭師と言っても『元兵士』という異例の肩書を持っている。だがガーデニングが趣味だったことが幸いし、退役した後も公爵家で庭師として働くことが許されていた。
そんなエドワルともロアンは親しくなっており、植物や作物のことで聞きたいことがあればよく相談や質問をしていた。
正直カイラスもかなり勉強になっているので、強く注意することが出来ずにいる。
「『ホゾンショク』ってどんなものなんだろう……楽しみだなぁ」
窓の向こうを見つめるロアンのアップルグリーンの瞳は日差しを浴びた新緑のように輝いており、カイラスは「本当、物好きな坊主だよ」と呆れる。それでも教育係として、保護者として、揺れた馬車の中で転がるロアンを抱き留めた後、膝に乗せた。
次回更新6/1予定です。




