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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
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57/88

つまらない男


 ロアンと別邸の前で別れ、ヴィエラは本邸に戻る。多少気分はマシになっていたが、この後の夕食で王子と顔を合わせるのかと思うと憂鬱だった。

 だがそれが『義務』だということも分かっている。

 だからこそ迎えてくれたセラフィアに「家出は楽しかったかしら」と皮肉を言われても、笑顔で「とっても」と言い返すことが出来た。


 それでもやはり“嫌い”なものは嫌いだ。ヴィエラとて人間なのだから好き嫌いはある。


 豪奢な食事の中に潜む苦い野菜のように、「空気を読むこと」にだけ長け、責任から逃れているアレクシスは好きになれなかった。


「ヴィエラ嬢。よければ明日、北部領を案内してもらえないだろうか」

「…………」


 ヴィエラはいつもの倍以上時間をかけて咀嚼していたが、会話イベントが発生してしまう。本音を言えば「イヤよ」と断りたかったが、母に睨まれては答えなくてはならない。致し方なく「かしこまりました。拝命いたします」と答えれば、セラフィアが「やれやれ」と言わんばかりに息を吐いた。



 ◇ ◇ ◇



 そして迎えた翌日。早朝から起こされたヴィエラは着せ替え人形にされ、現在馬車の中で“人形のように”手足を揃えて座っていた。

 つまり“一言も発していない”のである。

 馬車内の空気は最悪だった。


「……あの、ヴィエラ嬢」

「はい」

「その……僕は、何かしてしまったかな」


 ヴィエラの隣にはセラフィアが座している。だが質問されたのはヴィエラだ。問われた本人が答えなければならず、ヴィエラを口を開いた。


「いいえ。ただ“殿下の真似”をしているだけですわ」

「え?」

「“何も言わず、座している”姿の模倣でございます」

「ヴィエラ!」


 流石に隣から鋭い声が飛んでくるが、ヴィエラは驚きも怖がりもしない。ただ黙って、精巧に出来た人形のように前だけを見続ける。

 当然そこにはアレクシスがいるのだが、宝石のような赤い瞳に自分が映されている気にはなれなかった。


 結局セラフィアが謝罪したが、アレクシスは隣に乳母を乗せなくて本当によかった。と胸をなでおろす。

 アレクシスを我が子のように大事にしている彼女が聞けば怒り狂っていただろう。そして問題を起こしたに違いない。

 そうならなかったことにホッとしつつ、止まった馬車から先に下りる。そしてエスコートの為に手を差し出そうとした瞬間、ヴィエラはするりと脇を抜け、地面に下りていた。


「ヴィエラ」

「…………」


 セラフィアが「いい加減にしなさい」の意味を込めて名前を呼ぶが、ヴィエラの目は町中を映している。

 ──愛してやまない、北部の町を。


(どうせ来るなら、ロアンと来たかったわ)


 こんな空っぽの王子ではなく、今まで気にも留めなかったものに関心を向けて、新たな驚きを見せくれるロアンと来た方がよほど楽しかっただろう。


 町民はヴィエラやセラフィアに気付くと頭を下げる。二人は何度も現場を見に来ているため、顔が知られているのだ。だが今日は王子であるアレクシスがいる。皆も『見知らぬ貴族がいる』と思ってか、近付いてこなかった。


「こちらが領内の中心地、民の生活の基盤である『メイン市場』でございます」

「そうか。……うん。活気のある場所だね」


 ──嘘つき。とヴィエラの目が僅かに細くなる。


 現に殆どの家の者は働きに出ている。炭鉱、毛織工場、製革所、鋳造所、酒造所、といった北部のメイン産業だ。もちろん畑もあるため、そちらに出ている者もいる。だからこそ市場はこの時間閑散としており、閉まっている店も幾つかあるのだ。

 それでも市場を見せると意見を出したのは、他でもないヴィエラだった。


「申し訳ありません、殿下。この時間、民は仕事に出かけております。そのため市場も見ごたえがないのですが……」

「そんなことないよ。見慣れない景色だから、楽しいさ」


 近付いてきたアルノアが説明すれば、アレクシスは笑顔を崩さずに頷く。まるで『笑顔の仮面』を貼り付けたかのように。

 だがヴィエラはこの閑散としている市場にも意味があると思っている。


 耳を澄まさずとも聞こえてくるからだ。カーン、カーンと鉄を打つ音、煙突から伸びる煙。風に乗って聞こえてくる女性たちの笑い声。荷を乗せた荷車が少しずつ行き来する音。


 ──冬が来る前のあたたかな時間が、ここでは感じられる。

 だからヴィエラはこの静かな場所も好んでいる。そして『王』になるならば問わなければならなかったのだ。


『何故この誰もいない時間帯にここに連れて来たのか』と。


 領民はどこで何をしているのか。この音は何なのか。女たちは何をしているのか。子供たちは何をしているのか。

 それを聞くことが『視察』への第一歩だ。ただ案内されるのをうんうん。と聞くのが視察ではない。

 だが王子はこの『何もない市場』を見てただ一言「活気がある」とそれらしい言葉で濁した。


 疑問も、苛立ちも見せることなく。


 六歳、という年齢を考えればかなり頑張っている方ではある。癇癪も起こさず場をうまく収めようとしているのだから。

 だがヴィエラは『王となる者がそんなのでいいわけがない』という考えがある。


 疑問があれば聞き、時には空気を凍らせてでも切り込むのが『統治者』だ。現に自分の父母はそうしている。その『覚悟』と『気位』を持っている。

 親がまともな統治者であればその姿を知っているはずだ。だが『誰もいない市場』を選んだヴィエラの“試験”に、王子は“無難な回答”で逃げた。


「本当、見どころのない男……」


 ポツリと呟いたヴィエラの声は、隣に立っていたセラフィアにさえ聞こえないほど小さかった。



次回更新5/30予定です。

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