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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
47/55

器の違い


 正直なところ、メアリは『クビにされる』と思っていた。

 幾ら公爵令嬢とはいえ、ヴィエラは五歳だ。五歳児が決めた採用など公爵夫妻からしてみれば悪戯にしか感じないはずだ。だからこそ覚悟を決めていたのだが、実際は予想の斜め上をいく話だった。


「お前のことはある程度調べたわ。そこで確認をしたいのだけど──」

「はい……」

「ストーンリッジ伯爵家を追い出された時、退職金は貰ったのか?」

「……はい?」


 タイショクキン。


 メアリの頭の中に大量の疑問符と銀貨がちらつく。だがその反応から「退職金の存在すら知らなかったの?」とセラフィアは眉間に皺を寄せ、アルノアは口を噤む。流石に「誤解が生じているのでは?」と気づいたメアリが慌てて否定した。


「ち、違います! 退職金のことは存じております! ですが、その、伯爵家からは……えっと……」

「はあ……。貰えていなかったのね」

「予想はしていたが……。さぞ苦労したことだろう」

「ぃ、いえ、そんな……」


 苦労していないと言えば嘘になる。

 アレスト家は大家族だ。小さな領地に反し、子供が七人もいる。


 血の繋がった母親は弟を出産後他界したが、その後に実父は再婚し、義母の連れ子と合わせて六人家族となった。その後二人の間に三人の子供が産まれ、九人の大家族になったのだ。


 メアリは『長女』として家族を養うために七歳の頃から働き始め、今年で十八になる。もう成人だ。

 だが学院に通うことは出来なかった。幼い子供達の養育費に当てて欲しいと、自ら『貴族令嬢』としての人生を捨てたのだ。


 だがその選択を後悔したことは一度もない。メアリにとって大切なのは家族だ。家族が飢えることなく生活するためならば、メアリは幾らでも犠牲になる覚悟が出来ていた。

 だからこそ「大丈夫です」と答えたが、公爵夫妻は格が違った。


「メアリ・アレスト。受け取りなさい」

「へ?」

「ストーンリッジ伯爵家が支払わなかった『退職金』の代わりだ。これにはロアンを気にかけていた謝礼も入っている。拒否も固辞も不要だ。受け取りなさい」

「へえ????」


 ──意味が分からなかった。

 ストーンリッジ伯爵家が支払わなかった退職金を、何故公爵家が代わりに支払うのか。そして何故公爵家がここまでロアンを大切に扱うのか。


 あまりにも驚きすぎたメアリは、つい尋ねてしまった。本来ならば許可なく口を開くことが許されない立場だと言うのに、直接聞いてしまったのだ。


「ロアンお坊ちゃまは、公爵家にとってどのような存在なのでしょうか」


 口にしてから気づく。「やってしまった」と。だが一度口から出てしまった言葉は戻らない。

 スカートを強く握りしめ、答えを待つメアリに対し、セラフィアの代わりにアルノアが答えた。


「君が不審に思うのも無理はない。だがロアンは、現状ヴィエラの『婿』として最有力候補だ」

「む、婿?!」


 思わず叫びそうになったため、咄嗟に手を口に当てる。だがそれすらも失礼だと慌てて背筋を正すなか、二人は頷いた。


「伯爵家にいた頃のロアンしか知らないお前にとっては、信じられないことでしょうね。だけどヴィエラはロアンをとても気に入っているの」

「我々も、親として出来ることならヴィエラの要望を叶えたいと思っている。あの子が変わったのはロアンのおかげだからな」


 それを言うなら逆ではないかと思ったが、流石に言い返すことは出来ない。

 また、かつてのロアンしか知らないメアリにとっては、ヴィエラこそがロアンを変えたのでは? と考えているのだ。それほどまでにロアンのヴィエラを見つめる瞳はあたたかな愛情と尊敬に満ちている。


「本邸の者にも伝えたけれど、ロアンは公爵家で教育するわ。でも面倒なしがらみがあるせいで、すぐに侍従を選定することが出来ないのよ」

「そこでかつてロアンの世話をしていた君を呼んだというわけだ。普通の人間であれば利のない人間に尽くすことはないが、君はあの家で唯一ロアンを見捨てなかった。そんな君だからこそ、今のロアンを預けても問題ないと判断した」

「つまり、この『退職金代わり』の中には謝礼の他に、これからの『期待』も込めた『気持ち』が入っているのよ。まさか、断ったりしないわよね?」


 セラフィアに笑顔で圧をかけられ、メアリは頷くしかなかった。

 何せメアリは先ほどの出迎え時、セラフィアを目にした瞬間内心で「ヒギャー! 本物の美人がきたー!」と悲鳴を上げていたのだから。田舎貴族であり、学院にも通っていなかったメアリですら聞いたことがある、この国の『小さき太陽』──セラフィア本人を前にしたのだから無理もない。


 ギクシャクとした動きで『退職金代わり』の大金が入った袋を受け取ろうとしたところで、セラフィアが「そうそう」と声を上げる。


「伝え忘れていたけれど、これがお前に渡す月々の支給額よ」

「どぅえ?! こ、こんなにいただけるんですか?!」


 セラフィアが差し出した書面に記されていた月給は、伯爵家の二倍はある。更に言えば南部の食堂で働いていた時の半年分の給料が一月の給料として支給されるのだ。メアリが驚愕するのは無理もなかった。

 だがセラフィアは当然のように答える。


「これはうちでの最低賃金よ。お前のことはロアンの『専属侍女』として扱うけれど、実際の立場は『下級メイド』と同じなの」

「これまで働いてきた者達の立場もある。南部から雇用した君を、他の専属侍女たちと同じ給金で雇うことは出来ない」

「と、とんでもございません! むしろ多すぎるぐらいです!」


 あらゆる決定権を持つ権力者であっても、働く者達のパワーバランスを崩すことは出来ない。

 もちろん、まったく出来ないわけではない。だが秩序を乱すのは褒められたことではない。


 そのため南部から雇われたメアリは『ロアンの専属侍女』という肩書こそ与えられはするが、実質『下級メイド』と同じ給金でのスタートとなる。

 それでもこれだけ貰えるのだ。メアリにとって文句はなかった。


「……本当に、ありがとうございます。おかげで私は、またロアンお坊ちゃまにお会いすることが出来ました。それに、あんなにお元気になられて……。とても嬉しいです」


 間違いなくメアリの本心だった。六人の弟妹を持つメアリにとって、ロアンはどうしても放っておけない存在だったのだ。だからこそ伯爵家を追い出された時は後ろ髪を引かれたし、気掛かりだった。


 あの冷たく寂しい家で、いつかあの子が一人きりで死んでしまったらどうしよう。と、ずっと気掛かりだったのだ。


 だがそうはならなかった。ロアンは、ヴィエラと出会ったことで救われたのだ。


 メアリはそれが嬉しかった。本当に、心の底から嬉しかったのだ。


「……素直なところは主従で似るのね」

「これは早いうちに護衛をつけなくてはいけないな」

「フフ。そうね。メアリ、もう用は済んだわ。行きなさい」

「はい! ありがとうございました! 失礼いたします!」


 おさげが勢いよく跳ね上がるほど、大きく腰を曲げて頭を下げてから出ていく。そんなメアリに夫妻は暫し沈黙した後、本当によく似た主従だと微笑み合った。



次回更新5/10予定です。

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