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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
44/56

神々しき少女


 グラディアス公爵令嬢ことヴィエラ・ル・ルナリエ・グラディアスは、現在自治領である北部の本邸にいた。


「そう。『メアリ・アレスト』が見つかったのね。それで? 彼女は今どこにいるのかしら」

「もうすぐでこちらに到着いたします」

「ご実家が南部の端でございましたから、移動に時間がかかっているそうですわ」

「ああ……。そういうこと。ストーンリッジ伯爵領も南部の端だったわね。それなら時間がかかるのも納得だわ」


 辺境の地から北部へと帰ってきたヴィエラは、かつてロアンを『唯一見捨てなかったメイド』を迎えるべく立ち上がる。

 そのロアンは現在カイラスと共に外出しており、西部や南部では見られない植物を意欲的に採取しに行っていた。


「どうせ予定もないことだし、お母様のかわりにわたくしが『面接』しましょう」


 ヴィエラはそう言って口角を上げると、侍女たちに「着替えるわ。手伝って」と声をかける。

 そうして室内着から客人を迎える『外交用』のドレスに着替えると、既に到着していた、生まれたての小鹿以上に震えているメアリの前に立った。



 ◇ ◇ ◇



 南部から北部へ。かつてない大移動を余儀なくされたメアリは、馬車の中でぐったりと倒れこんでいた。


「だいじょうぶ……だいじょうぶ……わたしはなにもわるいことしてない……」


 ブツブツと呟きながら馬車に揺られること数日。辿り着いた『グラディアス公爵邸』は、メアリの目には『ほぼお城』にしか見えなかった。


「こ、こここここここれが、グ、グラ、グラディアス公爵家、様がく、暮らしている、お屋敷……なんですか?」

「らしいな。俺も初めて来るから確信はないが……。いや、むしろこれで違ったらどこが家なんだ、って話だろ」


 今回はメアリを見つけた騎士も随行している。ヴィエラに「メアリを発見した」という報告を上司があげたところ、「褒美を与えるから見つけた者も共に来ること。ただし、名誉を横取りした人間には相応の罰を与えるから、決して我が家の信頼を裏切らないように」ととんでもなく恐ろしい『命令』を送ってきたため、騎士──バートンも覚悟して門を潜っていた。


「いやあ、俺も面倒ごとを押し付けられただけだったんだが、こりゃあとんでもない『当たりくじ』を引いたもんだぜ」

「面倒ごとってなんですか?! 私にとっては生死に関わることなのに!」

「あ! 泣くなよ! 公爵令嬢に殺されたらアンタのせいにするからな?! 末代まで呪うぞ?!」

「ヒエェェン」


 泣きじゃくるメアリと、緊張で全身を固くするバートンを執事が迎え入れる。通された応接室は豪華すぎてもはや床に座ることが正解な気がしてきた二人が待つこと数十分。温かかった紅茶が冷めきった頃に、二人を呼び出した張本人がやってきた。


「よく来たわね。わたくしが『ヴィエラ・ル・ルナリエ・グラディアス』よ」

「は、はわわ……」

「お、わ……す、っげ……」


 僅か五歳の少女だというのに、二人の目の前に現れたヴィエラからは『上に立つ者』としての品格が溢れ出していた。


 メアリは思わず地面に膝をつき、ボロボロと涙を零す。

 逆にバートンは立ち上がり、怖気づいたように数歩後ずさっていた。


 だがヴィエラはその反応に何も言うことはなく、目の前のソファーへ静かに腰掛ける。


「さて、それではいくつか質問をするわ。メアリ・アレスト。返事をしなさい」

「は、はい! わた、わたくしがメアリでございます!」

「フッ、死にそうな顔の割に元気があるじゃない。いいわ。そこに座りなさい」


 ヴィエラは穏やかに微笑んだつもりだったが、メアリは生まれてこのかた、こんなにも高貴で優雅な少女を見たことがない。まるで魂すら見透かされそうなほどに澄んだ赤い瞳は宝石のようで、メアリは侍女たちに支えられなければ立つことすらままならなかった。


「いきなりのことで驚かせたのでしょうね。だけど多くを語ると面倒ごとが増えるでしょう? だから必要最低限の情報だけで探すよう命じたの。小心者のお前には悪いことをしたわね」

「い、いえ……ひょんな……めっそうもないれす……」


 呂律すらうまく回らないメアリだったが、ヴィエラは気にせずにメアリを見返す。途端にメアリは石のように固まったが、ヴィエラは何も言わずにじっくりと観察した。


「そうね……。小心者ではあるけれど、悪い人間ではなさそうだわ。お前、一つ聞くけれど、『ロアン・ノア・ストーンリッジ』を覚えているかしら?」

「へ? ロアンおぼっちゃまのことですか?」


 ヴィエラの高貴さにすっかり魂を抜かれていたメアリだったが、ロアンの名前を聞いた瞬間意識が戻って来る。


 ──ロアンはメアリにとって、決して忘れることなど出来ない、小さくて哀れな『主人』であった。


 かつては子爵家であったストーンリッジ家は、メアリの生家であるアレスト家と領地が近かった。その縁もありメイドとして働くことが出来たが、そこにいたのは傲慢な家族と虐げられる少年だった。


「覚えております。……いえ、忘れることなど出来ません。ロアンお坊ちゃまのことを忘れるなど……私には、出来ません」


 メアリは無力だった。男爵家では長女ということもあり、下の兄弟達をなんとか食べさせようと学院に通うことすら諦め、必死に働き続けた。そんな中出会った伯爵家の次男は、貧乏男爵家のメアリが言葉を失うほど酷い生活を送っていたのだ。


 食べ物もまともに与えられず、服も兄のお下がりばかり着せられていた、小さな男の子。

 兄姉の罪をすべて着せられてはクローゼットに閉じ込められ、泣き声一つ漏らさず死んだように膝を抱えて蹲っていた小さな男の子。

 そしてその姿をあざ笑う、性格の悪い家族と使用人達。


 あの『可哀想な生活』を思い出すだけで怒りと無力さが襲い掛かって来る。

 メアリは唇を噛みしめ、痛ましい記憶を耐えるようにスカートを強く握りしめる。


 そんなメアリに対し、ヴィエラは「合格ね」と小さく呟いた。


「メアリ・アレスト。今日からお前は公爵家で働きなさい」

「はい…………はい?!」


 聞き間違いかと思い、俯かせていた顔を上げれば、ヴィエラは「聞こえなかったの?」と呆れたように口にする。


「三度目はないから、ちゃんと聞きなさい。メアリ・アレスト。アレスト男爵家の長女であり、小心者でありながらも善良な魂を持つお前に、このわたくしが栄誉を与えてあげる。今日付けでお前は公爵家のメイドよ。このヴィエラ・ル・ルナリエ・グラディアスが命じるわ」

「は……え……こ、公爵家の……メイド……?」

「ええ。光栄に思いなさい。お前にとってはこれ以上のない栄華でしょうから。永久に誇るといいわ」


 到底五歳児とは思えない『上に立つ者』としての自信あふれる笑みに、メアリは今度こそ頭の中が真っ白になった。

 そしてそんなメアリを他所に、ソファーの後ろで立ち尽くしていたバートンへとヴィエラは視線を移す。


「それから、お前。確か、ハリソン子爵家の騎士だったわね」

「はっ! さようでございます!」

「では、お前にも栄誉を与えてあげる。うちの兵士の訓練に一日混ざることを許可するわ。しっかり学んで帰りなさい」

「あ……ありがとうございます! 心から感謝いたします! 女神よ!」

「フッ、バカね。わたくしは神ではないわ。ただの人間よ」


 ヴィエラはそう言って髪を軽く払うと、侍女たちに「あとは任せるわ」と告げて退室する。


 ──その姿はあまりにも美しく、神々しかった。


 メアリとバートンは呆然と小さな背中を見送り、同時に「はあぁ……」と心から安堵の息を零したのだった。



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