メアリ・アレスト
辺境で子供たちが様々なことを体験し、学ぶ中、一人の男が南部の大地を馬に乗って移動していた。
「えーっと……三つ編みをした、鼻の頭から頬にかけてそばかすのある、十五歳ぐらいの女の子、か。似姿がなかったらザックリしすぎて探せなかっただろ、これ」
まだ二十代半ばの若い男は、少女の似姿が描かれた羊皮紙を眺めながら顔を顰める。しかも描かれた姿も『凡庸』としか言いようがない。
特別美人でもなければ可愛くもない。本当によくいそうな一般的な、平々凡々とした顔立ちの少女だった。
それでも命令とあらば探すしかない。
男は愛馬と共に、麦畑が続く小さな町へと足を踏み入れる。
「あ。ちょっと待ってくれ! 奥さんたち!」
「ん? なんだい?」
「見たことない顔だね」
洗濯籠を手にした奥方二人に声をかけ、男はすかさず羊皮紙を広げて似姿を見せる。
「ちょいと聞きたいんだけどよ、この辺に『メアリ・アレスト』って女の子いないか?」
「メアリ? メアリならこの先にある食堂で働いてるよ」
「働き者のいい子だよ! あ! まさかアンタ、あの子の恋人か何かかい?!」
「違う違う。単なる人探しだ。とにかく助かったよ。じゃあな!」
男はニンマリとした笑みを向けられたが、すぐに否定して愛馬に跨る。若干変な勘繰りもされたが、あっさりと情報を得ることも出来た。内心感謝しつつ、町の中心部へと向かう。
とはいえ、小さな町だ。数分と経たずに必ず一軒は存在する『食堂兼宿屋』の前に辿り着いた。
「いらっしゃいませー! 開いている席にどうぞ!」
「ああ。ありがとな」
男は声をかけてきた給仕に片手をあげ、カウンター席へと腰を下ろす。するとすぐさまオレンジ色にも見える明るい茶髪を三つ編みにした女の子が傍らに立った。
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら、お声かけくださいね」
「お。もしかして、アンタが『メアリ・アレスト』さんか?」
「へ? あ、はい……。私がメアリですが……」
見知らぬ男性に声をかけられ、メアリは丸い目を困惑気味に瞬かせる。
こんな田舎の宿屋で働いているが、メアリも立派な『貴族』である。爵位は男爵家だが、古くから続く家門だ。歴史だけはある。
だが『歴史しかない』ため、多くの貴族からは見向きもされない田舎貴族でもあった。
そんな自分に一体何の用があると言うのか。メアリが困惑していると、男はニッと白い歯を見せて笑うと立ち上がる。
「いきなり声かけて悪かったな、メアリさん。実はアンタを探している人がいるんだ」
「え? わ、私を、ですか?」
「おう。俺も直接会ったことはないんだが……まあ、高貴な『お嬢様』からの依頼だ。悪いが、荷物を纏めてついてきてくれないか?」
「え。……ええええ?!」
メアリは思わず持っていたお盆を落としそうになったが、どうにか胸に抱くことで留める。だがいきなり『ついて来い』と言われても困る。すかさず「無理です!」と答えようとしたが、男が見せた紋様に思考が停止した。
「申し遅れたが、俺はグラディアス公爵家の傘下にある家門の騎士でな。この依頼は『公爵令嬢』から直々に下されたものなんだ。悪いが、アンタに拒否権はない」
「グ……グラディアス、公爵家……」
メアリは全身から血の気が引いていくのを感じた。
何故なら貴族の中で最も王家に近いと言われる、あの『グラディアス公爵家』の家紋が刻印された封書を見せられたのだ。これを偽造するなど許されることではないし、もし出来たとしても重罪だ。
何故そんな『格式高い家門』が自分などを探すのか。
メアリは訳が分からずに立ち竦む。
「ま、こんなの見せられたら固まるよな。だが、そう不安にならなくてもいいと思うぜ。もし本当にアンタが『罪人』だとしたら、公爵家はこんな呑気な形で探したりはしない」
事実封書の中の命令には『期間は設けない』と記載されている。だからこそ「何か理由があって探すのだろう」程度の認識だったのだが、それでもメアリにとっては雲の上の存在だ。ただ古いだけの田舎貴族に何の用があるというのか。
メアリはフラフラと力が抜けたように数歩後ずさり、そのままへたり込んだ。
「お、終わった……公爵家に呼び出されるなんて……。お父さん、みんな、ごめんなさい……メアリは、メアリは……! 首を斬られに行ってきます!!」
「いや、だから、そういうのじゃねえって。多分だけど」
若い騎士は心底呆れたように突っ込んだが、おいおいと泣き始めたメアリには届いていなかった。
その後メアリを泣かせたと言って周囲の人間から袋叩きにあいそうになったため、慌てて「公爵家からの依頼なんだよ! 連れて行かねえと俺が殺されちまう!」と叫ぶ。流石に『公爵家』と聞けばただ事ではないと理解出来る。周囲もようやく冷静になり、互いに顔を見合わせた。
だが南部にとっての『公爵家』は軍務を司る『グラディアス家』ではない。東部と南部を統括する、もう一つの公爵家──セルディア家のことだ。だからこそもう一方の公爵家については知らない者が多い。
「公爵家、ってこたぁ……」
「メアリ、お前さんセルディア家に呼ばれたのか?」
「おい、メアリ。お前さん一体何したんだ。盗みでも働いたのか?」
「なにもしてないですよう! メアリは無罪です!!」
「分かった、分かったから泣き止んでくれ。あと依頼主はセルディア家じゃない。軍務を司る『グラディアス公爵家』だ。ないとは思うが、もし邪魔をしたらアンタたちもどうなるか分からない。頼むから、メアリを連れて行かせてくれ」
町民たちは『グラディアス公爵家』がどれほどすごいのかよく分からない。それでもメアリと男に「逆らってはいけない」と言われたら頷くしかなかった。
「せめて……せめて家族に、挨拶だけはさせてもらえませんか……?」
「そんな死にに行くような顔しないでくれ。とはいえ、逃げられても困るからな。俺もついて行くぞ」
「ヒエェェ」
メアリは再び涙目になったが、男の馬に乗せられ、こじんまりとした男爵邸へと戻る。そこには六人の子供と両親が住んでおり、メアリを見ると目を丸くした。
「メアリ! どうしたんだ? そんなに泣きはらした顔をして!」
「姉ちゃんどうしたの?! また転んだの?!」
「誰かにいじめられたの?!」
「姉ちゃんを泣かせた奴はオレたちがぶっとばしてやる!」
「お、落ち着いて! 大丈夫だから!」
メアリはどうにか笑顔で押し留めると、両親だけを連れて小さなリビングへと入る。そして自分が『グラディアス公爵家』に呼ばれている。と話した途端、両親は息をすることも忘れて固まった。
「グ、グラディアス公爵家……? それは、本当なの?」
「なぜ、どうして……メアリが公爵家に……」
「分からない。でも、迎えに来た騎士様が『公爵令嬢の命令だ』って。わたし、なにをしたのか、自分でもわからなくて……!」
メアリは再び恐怖から涙を流す。両親はそんなメアリを強く抱きしめるが、所詮古いだけの男爵家だ。
だがその歴史も、開国に関わったグラディアス公爵家の比ではない。
初代国王と共に『暗黒の時代』と呼ばれる乱世を戦い抜き、国王の右腕として、国を守る盾と剣となった家門だ。そんな相手に抗議することなど、命を賭けても実現不可能なことだった。
だからこそメアリは覚悟を決めるしかない。
下級貴族であれば誰もが恐れ戦く『本物の貴族』に会うため、メアリは震える足に力を込めた。
「も、もし、こ、ころ、ころされても、せめて、て、手紙だけは、渡してもらえるように、おね、お願い、してみるからねっ」
「メアリ! 縁起でもないことを言うんじゃない!」
「そうよ! あなたほど優しい子が罰せられるはずなどないわ! 必ず……必ず戻って来るのよ、メアリ!」
「うぅ……! お父さま、お義母さまぁ……」
涙もろい父親と共にベソベソと再び泣き出したメアリ達の声は薄い壁越しにちゃんと届いており、年若い騎士は「だから殺されねえって……」と呟くしかなかった。




