特産品と薬
その後も一行は市場を練り歩く。時には皮を剥がれた動物の干し肉や、加工肉にロアンが悲鳴を上げたが、無事視察は終わった。
また、視察と言っても買い物は自由だ。現に道中購入した香辛料は北部では滅多に手に入らないため、アルノアは「今度東部に顔を出してみるか」と考えていた。
そんな一行が次に向かったのは、川沿いに連なる様々な畑だった。
「うちで作られているのは主にトウモロコシや豆よ。豆は幾つか種類があってね、えーっと、この辺に植えていたのは確か……」
「レンティル、ガルバンゾ、カウピー、バンバラだ。特産品の名前ぐらいちゃんと覚えとけ、このアホ」
「あ! カイラス先生!」
パッと嬉しそうに顔を輝かせたロアンが視線を向けた先には、砂除けの長いローブを羽織ったカイラスが立っていた。
「引継ぎ業務をしていたらバカでかい声が聞こえたもんでな。嫌な気配がしてみて来たらこれだ。案内をするならちゃんとしろ」
「うっ、しょ、しょうがないじゃない。どれも似たような形してるんだから……」
「似てねーよ。ったく……。公爵閣下、うちのレナリアが失礼いたしました」
「いや、構わない。彼女なりによく案内してくれている」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
アルノア相手にはしっかりと腰を折って謝罪するカイラスだったが、すぐに顔を上げ、青々とした作物の生る畑へと視線を移す。
「ここからはレナリアの代わりに私が案内します。現在地は川沿いのため、主に育てている作物はトウモロコシになります」
カイラスの言う通り、この一帯には背の高い作物が育てられている。ロアンは「これがトウモロコシなんだ……」と興味深そうに見上げ、それからカイラスへと視線を戻す。
「はい、先生! マメはどこで育ててるんですか?」
「豆は乾燥に強いからな。川沿いではなく、少し離れたところで育ててるんだ。お前さんは小さいから、ここからじゃ見えないだろう。位置としてはここから先の平地に、マメ科の作物を育てている畑が広がっている。その更に向こうは乾燥地帯だから、主に生えているのは薬草や香りの強い香草だな」
「そうなんですね。マメ、見たかったなぁ」
残念そうに呟くロアンに対し、カイラスは一瞬面倒くさそうな顔をする。だがすぐに懐中時計を取り出すと、時刻を確認してアルノアを見上げた。
「公爵閣下。『教育係』としてロアンを薬師の作業場に連れて行きたいと考えておりますが、如何でしょうか」
「こちらとしては構わないが……。いいのか? 秘匿すべき事業だろう」
「クソ親父、失礼。父上からも『必要があれば見せてもよい』という許可は頂いております」
「そうか。ならば厚意に甘えるとしよう」
「ありがとうございます。レナ、予定変更だ。工場に向かうぞ」
「了解」
カイラスに案内を委ねていたレナリアは『護衛役』として即座に動く。先程までとの変わりようにロアンは目を丸くしたが、ヴィエラから「兵士とはそういうものよ」と囁かれ、頷いた。
「薬の調合といっても、まずは川で汚れを落とす作業が入ります。その後乾燥させ、用途によっては擦り潰し、練って薬にします」
「おっきなナベがある……!」
馬車の中から見えてきたものは初めて目にするものばかりで、ロアンは瞳を輝かせる。現に遠くからでも分かるほど、中庭で煮詰め作業をする薬師達の傍には巨大な鍋や作業台があった。
「あそこで作られているものは飲み薬ですね。主に発熱やのどの痛み、悪寒といった症状に効くものから、胸やけや胃腸の調子を整えるものまで様々です。季節によって生産量の差は多少出ますが、王都で使用される薬の殆どがここで作られています」
「道理で嗅いだことのある匂いだと思ったぜ……」
幼い頃に発熱し、苦い薬を飲んだ記憶のあるイリアスがげんなりとする。レナリアも同じ気持ちなのか、馬上で小さく「分かる」と呟きながら頷いていた。
「ですが、粉末状にして使用する薬や、軟膏などはここから離れた別の拠点で制作されます。湿気が大敵ですからね」
「なるほど。用途によって拠点を分けているんだな」
「その通りです。閣下」
工場の入口に馬車が停まると、扉を開けずとも青臭い香りが漂ってくる。他にも湿った土の匂いも感じられ、ロアンはどこか懐かしい気持ちになる。だが不慣れな公爵家一行は微妙に顔を顰めていた。
「入口から奥にかけて、工程順に作業が変わります。おい、ロアン。勝手にウロチョロするなよ」
「はい! カイラス先生!」
ビシッと手を上げ、元気よく返事をしたロアンは既に工場内に入りたくてウズウズしている。その様子に半ば呆れつつ、カイラスは扉を開けた。
「うわっ!? 主任?!」
「うわ、とは何だ。うわ、とは」
「ヒイ! すみません!」
扉付近にいた薬師に酷い反応をされたため、カイラスは睨みつけるように眉を吊り上げる。だがすぐに客人の前だと思い出し、気持ちを切り替えた。
「ここは主に洗浄した薬草の選別を行っています。品質の差により卸し先が変わりますから」
「なるほどな」
頷いたアルノアだったが、やはり薬草を扱うだけあって青臭い匂いが非常に強い。エルディオンとイリアスもこの匂いは苦手らしく、こっそりハンカチを当てていた。
だがロアンはこの匂いに慣れているかのように、キラキラとした目で棚や道具を見上げている。
「すごいです! カイラス先生! 見たことがないものがいっぱいあります!」
「だろうな。詳しい説明をすると時間がなくなるから、中庭に行くぞ。閣下たちもこちらへ」
「ああ」
ロアンが勝手に消えないように、という配慮だろう。小さな手を繋いだカイラスの後ろに続き、一行は中庭へと出る。
イリアスは「外に出たら少しは匂いがマシなるかな」と期待していたが、そんなことはなかった。
「煎じ薬や、煮詰める必要のある薬はここで作業を行います」
「おっきいナベだー!」
「だー! やっぱりこうなると思ったよ!」
「うわっ!?」
先んじてロアンと手を繋いでいたため、カイラスは駆け出そうとしたロアンを咄嗟に引き寄せ小脇に抱える。荷物のように抱えられたのは初めてなため、ロアンは目を丸くしたが、すぐにカイラスを見上げて頬を膨らませた。
「先生! これじゃあ見えないです!」
「おめーが勝手に走ろうとするからだろ! ちゃんと見せてやるから大人しくしてろ!」
「はぁい」
カイラスに抱えられたまま、ロアンはしょんぼりと項垂れる。その姿にヴィエラは心底呆れた眼差しを向けたが、ロアンが気づくことはなかった。
「ほら、これが煎じ薬だ。今作っているのは発熱後や疲労で肉体が疲れている時に飲む、回復薬みたいなものだ」
「すごい匂いですね」
青臭い匂いには慣れていても、煎じ薬の濃い香りには流石のロアンも驚く。公爵家にとっても鼻の奥にこびりつくような、えぐみを感じる強い香りに、アルノアでさえ口元を覆っていた。
だが薬師たちは慣れているのか、嗅覚が麻痺しているのか、誰も気にすることなく薬を煮詰めている。
「これが王都に運ばれるんですか?」
「そうだ。あとは神殿や施療院、医師以外が治療を施す場所にも卸される。……が、そっちは品質が少しばかり……な」
腕のいい薬師だからこそ思うことがあるのだろう。後ろ頭を掻いたカイラスに、ロアンは首を傾ける。だがカイラスがそれ以上何かを言うことはなく、そのまま淡々と工場内の視察は進んだ。
「もう一方の拠点も基本は似たようなもんだが、こっちは今ちょっと刺激的なものを作ってるんでな。慣れてねえと目や鼻に痛みが生じるから、今回は見せられん」
「いや、もう十分です」
「イリアスに同じく……」
馬車に戻った一行は、嗅ぎ慣れない薬の香りにすっかりグロッキーになっていた。あのヴィエラでさえ死んだ魚のような目をしているのだ。カイラスとロアン以外にとっては文字通り『過酷な環境』であった。
だがここで見聞きしたことや、薬師たちの働く姿はロアンの中にしっかりと刻み込まれた。むしろ『もっと知りたい』という欲に繋がったと言ってもいい。
だからこそ馬車が走り出しても、ロアンだけはずっと工場が見えなくなるまで建物を見つめ続けていた。
そんなロアンをカイラスは「存外見所があるじゃねえか」という目で見ていたが、やはり当人が気づくことはなかった。




