ロアンの『師』
そして時は現在へと戻り、ロアンは『初めての訓練』に勤しんでいた。
「ほら! もっと腰を落として! 自分の筋肉を感じ取って! 自分を信じるのよ、ロアン!」
「う、うぅうぅ~……!」
「いや、筋トレ初めてのガキになにスパルタかましてんだ、お前は」
本当はサボる気でいたカイラスだったが、準備運動の後に始まった『レナリア流筋肉トレーニング』の有様に、つい口を出していた。
だがそうしてしまうほど、レナリアの指導は初心者相手には本格的すぎたのだ。流石にこれは不味いと判断したカイラスが口を挟めば、レナリアはキョトンとした顔をする。
「何言ってるのよ。アタシが子供の時もこうだったのよ?」
「お前みたいな野猿と王都で育ったボンボンを一緒にするな。おい、チビスケ。レナリアの言うことは一旦忘れろ。まずは正しいフォームを覚えるところからだ」
「は、はい?」
カイラスにストップをかけられ、初めてのスクワットに挑戦していたロアンは動きを止める。そして今度はカイラスを講師として始めたトレーニングは、フォームを正しく覚えるためのものだった。
「最初に両足は肩幅程度に開くんだ。……肩幅が分からなければ適当でいい。次にしゃがんでいくが、この時膝が爪先から前に出るのはダメだ。尻を後ろに押し出すイメージでしゃがんでいけ。いや、待て、そうじゃない。腕の位置は……」
レナリアからしてみればカイラスの教え方はいちいち丁寧でもどかしいが、ロアンは「こうですか?」と言葉と動作を一つ一つ拾い上げながら実践していく。その甲斐あってか、徐々にフォームがよくなっていく。
「うん。さっきより全然いいわ。その調子よ!」
「何でお前が一番誇らしげな顔してんだよ」
「なによ。弟子の成長を喜ぶのは師匠として当然でしょ?」
「デシ? シショウ? それってなんですか?」
初めてのスクワットを行っていたロアンが、聞き慣れない言葉に気付いて顔を上げる。
レナリアは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに腰に手を当て、自慢げに語り始めた。
「いいわよ! 教えてあげる。『師匠』っていうのは、強くなるための方法を教えてくれる人のことよ」
「強くなるための方法を教えてくれる人、ですか?」
「そう。それから『弟子』っていうのは、その『師匠』から教わる人たちのことね。何人いても変わらないわ。みんなまとめて『弟子』って言うの」
「そうなんですね! じゃあ、ぼくの『シショウ』はレナリア様とカイラス様なんですか?」
首を傾け問いかけるロアンに、レナリアは「師匠って響きも悪くないわね……」とまんざらでもなさそうに呟くが、カイラスは「違う」と即座に否定する。
「俺はお前の師じゃない。客人をもてなす側として面倒を見てるだけだ」
「そうなんですか」
拒否されたのが寂しかったのだろう。シュンと俯いたロアンに対し、レナリアは「また意地悪言って」と文句を零す。だがカイラスにとっては関係のない話だ。ツンとそっぽを向く。
だがその方向が不味かった。素振りをしていたヴィエラとしっかり目が合ってしまったのだ。おかげでキツク睨みつけられて気まずくなり、そっと顔を戻す。
「あー……アレだ。そもそも俺は武術はレナリアに比べてアレだからな。『武術の師にはなれない』ってやつだ」
「じゃあ、カイラス様は何の『シショウ』になるんですか?」
「別に師になるわけじゃ…………はあ。もういいわ。朝食の後に話す予定だったが、ここで教えてやる」
何だかんだ言ってカイラスも『振り回される側』の人間だ。昨夜両親から告げられた内容に愕然としたが、最終的んいは受け入れた。
「チビスケ。今日から俺がお前の『先生』だ」
「センセイ?」
「そうだ。公爵家から正式に要請を受けた。お前さんの教育係として、今回の北部への帰郷にも随行することになる。先生と呼びたきゃ好きにしな」
初めこそ「ふざけんな!」とキレたカイラスだったが、大切な母であるイレーナから「お願いよ」と言われてしまえば強く否定は出来ない。また父親であるレオニスからも「たまには外の世界を見てこい。こっちはどうにかする」と言われたのだ。四男であるカイラスに拒否権などあるはずもない。
こうしてロアンの『教育係』としてカイラスは正式に公爵家に招かれることになった。
だがロアンはまだ五歳である。難しいことは分からない。現に殆どの内容を理解出来なかったが、カイラスが自分と共に行動することだけは分かった。そして自分に『何かを教えてくれる人』であることも本能的に察し、笑顔を浮かべる。
「はい! よろしくお願いします! カイラスセンセイ!」
「“先生”な。正しく発音出来るよう、まずは練習だ」
「はい! センセー!」
もうすぐ早朝訓練も切り上げの時刻となる。訓練が中途半端になるぐらいなら、と『先生』や『師匠』という文字や発音の練習をさせたカイラスは、既に立派な『先生』であった。
「ブー。結局アタシの出番はなかったじゃない」
二人の背後では約一名が拗ねていたが、誰もその一言には突っ込まなかった。




