友であり師である男達
そもそも何故ロアンが訓練に参加することになったかと言うと、『グラディアス公爵家で保護される』ことが決定したからだった。
──話しは昨日まで遡る。
当主同士、改めて膝を突き合わせたアルノアとレオニスは、これまでのことを報告がてら話し合っていた。
「ほぉー。枯死虫を見つけたのがあの坊主だったのか。意外だな」
「そう思うのも無理はない。あの子はぼんやりして見えるからな。だが直感と観察力が抜きんでている。しっかりと教育すれば本人の強みになると判断した」
「なるほどな。しかしお前たちが他家の子供を面倒見るとはなぁ。伯爵家も公爵家と縁が出来たと喜んでいるんじゃないのか?」
意地悪く笑ったレオニスだったが、アルノアは首を横に振る。
何せあの家は二度も公爵家の顔に泥を塗ったのだ。ロアンを通して縁を結ぼうなどすれば、今度こそアルノアは容赦なく潰すつもりでいる。
向こうもそれを分かっているのだろう。『ロアンを当家にて教育することにした』『当面の間当家にて生活させる』という一方的な通達にも速攻で了承の返事を出してきた。むしろあの家での境遇を思えば『体のいい厄介払いが出来た』とすら考えているのかもしれない。
アルノアは底の浅い人間の考えることに不快感を抱くが、あの家からロアンを切り離すことが出来るのだ。伯爵家のことは放っておこうと思考を切り替える。
「ストーンリッジ家と親しくするつもりはない。我が家が保護するのはロアンだけだ」
「ほほーう。お前さんがそこまで言うとはな。まあいい。俺も伯爵家なんぞに興味はない。それで? お前さんはあの坊主にどんな教育を施したいんだ?」
レオニスに問われ、アルノアは改めてセラフィアと話し合ったことを伝える。
「基本的な学問は全て教えるつもりだ。学院にも通わせる。恐らくあの子がヴィエラの婿になるだろうからな」
「そこまで考えているのか。だが婚約は結んでいないようだな。何故だ?」
「立場的な問題だ。ヴィエラは今、第一王子の婚約者候補の一人として選ばれている。そのためロアンを正式な『婚約者』として迎えることが難しい。だが、ヴィエラはロアン以外の男を受け入れないだろう」
「ほほーう。小さなお姫さんはそれほどまでにあの坊主を気に入っているのか」
「ああ。言われずとも分かるほどにな」
恋愛ごとに興味が薄いアルノアですら気付くほどなのだ。ヴィエラのロアンに対する愛情は。
流石に『恋』と呼ぶには早いかもしれないが、いずれ『そういった感情』に発展することだろう。
父親として複雑な気持ちがないわけではないが、あれだけ露骨に好意的であれば諦めもつく。それにロアンからの好意も分かりやすい。
そんな二人を陰ながらに応援している者は存外多かった。
「それに、歴史は浅くとも伯爵家の子だ。家格が釣り合わないわけではない」
「だが『元子爵家』だろう? そこを突いてくる輩は出て来るぞ」
「分かっている。だからこその『教育』だ。ロアンは必ずその実力を発揮する。あの子はヴィエラの為に『努力する』と宣言したからな」
例え実家の力が弱くとも、ロアンはいつか必ず大成すると信じている。
他人を見抜く目を持つ妻と娘が認めた人間なのだ。例えグラディアス公爵家のように剣で身を立てられずとも、必ず何かの形でその名を轟かせることになるだろう。
「なるほどなぁ。それで? わざわざ詳しく話した理由はなんだ」
レオニスは知っている。アルノアが『ただの世間話』をするはずがないと。
だからこそニヤリと笑って踏み込めば、アルノアはしっかりとその巨躯を見上げながら口を開いた。
「──カイラス殿をロアンの教育係として招きたい。あの子は植物にも興味を持っている。カイラス殿の知識と経験は必ずあの子の役に立つ」
だが一方で彼の立場もよく理解している。カイラスはこの辺境の地で重宝される『薬師』の一人だ。その実力も知識も他所に流していい物ではない。ましてや辺境の地のみで言えば彼は『第四王子』に当たる身分を持っている。
王国内にあると言えど、実質『辺境伯』という肩書を王国側から与えられただけの『王族』なのだ。彼らは。
幾ら公爵家と言えど、断られたら引き下がらなくてはいけない。
古くからの付き合いがあるとはいえ、アルノアは断られることも視野に入れたうえで頼んでいる。
それに対しレオニスは暫く口を噤んだ後、視線を天井へと向けた。
「……イレーナに相談してみよう。アレが『いい』と言えば外に出してもよかろう」
「いいのか? こちらから願い出たとはいえ、彼はこの地の要でもある。そう易々と手離せる存在ではないだろう」
何せここは『薬を売って金を稼ぐ土地』である。穀倉地帯の南部や貿易が中心の東部とは違う。薬師の存在はそれほどまでに大きいのだ。しかもカイラスは現状、薬師の中で最も腕のいい調合師でもある。
知識といい、センスといい、そう易々と手離せるものではない。
だがレオニスは『辺境伯』である以前に『カイラスの父親』だ。
親として、子供の世界を広げてやりたい。という気持ちがあった。
「領主としては確かに困る。手痛いを超えて大打撃だ。だがな、カイラスも人間だ。この狭く、過酷な土地で終わらせるにはあまりにも勿体ない。父親として、あの子にはもっと大きな世界を見て欲しいんだ」
生まれつき病弱で、いつ儚くなってもおかしくないと言われてきたイレーナが産んだ子供だ。母親に似て体が弱いのではないかと危惧されたが、彼は母と同じく逞しくこの土地で生きている。
そんな我が子が西部を出たのは、学院に通った数年間だけだ。それはあまりにも勿体ないと、レオニスはずっと気にかけていた。
「だが、イレーナが許してもカイラスが断ればこの話を受け入れることは出来ん」
「分かっている。こちらとしても、カイラス殿を無理矢理引き抜きたいわけではないからな」
「うむ。ならばイレーナには話を通しておこう。結果は本人の口から聞くといい」
「恩に着る」
王国内の立場としてはアルノアの方が上だ。だがこの地ではレオニスの方が上となる。実質『半独立国家』なのだ、この地は。
だからこそ礼を持って頭を下げたアルノアに対し、レオニスはいつもとは違い、苦笑いを浮かべた。
「そう硬くなるな。俺とお前の仲だろう。公爵になったことで立場やしがらみが出てしまったが、お前も俺の息子のようなものだ。息子の頼みを叶えてやるのは父親として当然だろう?」
「……感謝する。だが、どちらかと言うと親ではなく『師』ではないか?」
先程までとは違い、上下関係のない『盟友』としての表情と声音で軽口を叩き合う。
何せアルノアに戦の『いろは』を実戦で叩きこんだのはレオニスだ。だからこそ『師』と仰いでいると伝えたアルノアに対し、どうにも納得がいかないらしい。レオニスは不満げに顔を顰める。
「何だとぅ。兄の背中を追って突然戦場に飛び込んで来た、豆粒のようなチビを誰が育ててやったと思っているんだ?」
「さあ。誰だったかな。少なくとも、俺は兄上に育てて貰ったと思っているが」
「カーッ! 可愛げのないやつめ!」
額に手を当て、嘆くように天を仰いだ大男にアルノアは小さく笑う。
その表情は『公爵』というより、少年時代に記憶を引っ張られた青年のように穏やかだった。




