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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
37/55

はじめての訓練


 大家族との晩餐会を終えた翌日。セラフィアを抜いた面々は『訓練着』を纏って中庭に整列していた。


「これより『早朝訓練』を始める!」

「はい!」

「おぉ……すごい……」


 訳も分からず叩き起こされ、眠い目を擦りながら参加していたロアンも兵士たちの気迫に目が覚める。

 その隣には、髪を纏めたヴィエラが周囲と同じ『訓練着』を纏って立っていた。


「ロアン。お前はムリヤリ参加させられただけだから、ムリをしてはダメよ」

「はい、ヴィエラ様! ……でも、『ソウチョークンレン』って、何をするんですか?」


 訓練どころか剣すらまともに見たことがなかったロアンだ。これから何が始まるのか分からず尋ねれば、慣れているヴィエラは小声で流れを教えてくれる。


「まずは『基礎訓練』と呼ばれる運動をするの。走ったり、重しを使って筋肉をきたえたり、素振りをするのよ。本格的な訓練は朝食後から夕方にかけて行われるわ」

「なるほど……」


 現に兵士たちは既に走り出しており、二人もそれに続く。

 だが大人と同じ距離を走れるわけがない。またロアンは走ることすら殆どしてこなかったのだ。レオニスからは「一周だけ走ってこい」と緩めに指示されていた。


 だがヴィエラは既に訓練を行っている身なので、五歳と言えど三周走るよう言われている。子供にとって大きな訓練場を三周走るのは中々に酷な指示であったが、ヴィエラは文句一つ言わずに受け入れた。

 そんな二人の元に、とある人物が颯爽と駆けつけて来る。


「ヴィエラちゃーん! ロアン! おっはよう!」

「あ、レナリア様。おはようございます」

「おはようございます。レナリア様」

「もう! そんなに堅苦しい呼び方しないでよ。レナでいいわよ、レナで」


 弾むような足取りと声で挨拶をしてきたのは、辺境伯の八番目の子供である『レナリア』だった。

 彼女は波打つ長い髪をポニーテールにし、それを揺らしながら元気いっぱいに挨拶をする。そして子供たちと並ぶと、とびっきりの笑顔を見せた。


「お母様からの指示でね、今日はアタシがロアンの面倒を見ることになったから。よろしくね!」

「はあ?」

「え? それって、どういう意味ですか?」


 思わず怪訝な表情を浮かべたヴィエラと、目を丸くしたロアンにレナリアは「そのままの意味よ」と返す。


「ロアンは訓練自体が初めてでしょう? だから、美人で可愛くて、運動神経が抜群で、教え上手なアタシが先生役に選ばれた、ってわけ!」

「最悪……不安でしかないわ」


 レナリアをよく知っているヴィエラは心から嫌そうに呟くが、ロアンにはサッパリ分からない。そんな一行の後ろから、再び別の声がかかる。


「なぁーにが『美人で可愛い教え上手』だ。このボス猿が」

「ゲッ! なんでカイラス兄さんがここにいるの?!」


 子供たちに合わせているため、ノロノロと走っていたレナリアに合流したのは四男のカイラスだった。

 昨夜と同じく神経質そうな顔を歪めながら、レナリアの隣に並ぶ。


「お前がガキんちょの面倒なんか見れるわけないだろ。本当の講師は俺だ、このボケ」

「はあ?! ウソでしょ!? 何で兄さんが先生役に選ばれるのよ! アタシより弱いのに!」

「強さは関係ねえよ! 人語を話せるかどうかが大事なんだよ」

「はあ?! アタシだって普通に喋ってるわよ!」


 早朝であるにも関わらず、今日も元気に口喧嘩が始まる。そんな二人にヴィエラはうんざりとした表情を浮かべ、ロアンはオロオロと二人を交互に見やる。


「言っておくが、俺だってやりたいわけじゃねえぞ。母上とクソ親父に頼まれたから仕方なくだ、チクショウ」

「ああ、そういうこと。イレーナ様に頼まれたんだ。このマザコン」

「うるせえ! 誰がマザコンだ!」

「お二人とも。ケンカがしたいならどうぞご自由に。ですが、今は『訓練中』です。私語はつつしんでくださいな」


 二人の言い合いに頭が痛くなってきたヴィエラが釘を刺せば、即座に二人は口を噤む。これでも辺境伯の子供だ。訓練中の私語が如何に厳禁であるか知っている。現に監督役である父親──レオニスは「二十周追加だ」としっかりと睨みつけながら罰を与えた。


「クソッ……! おい、ガキ! 俺が戻ってくるまで体ほぐしてろ! いいな!」

「分からなかったらヴィエラちゃんか、そこら辺にいる誰かに聞いてね! じゃ、また後で!」

「あ。行っちゃった……」

「やれやれだわ」


 本格的に走り始めた二人を呆然と見送るロアンに対し、ヴィエラは疲れ切ったように首を横に振る。


 実のところ、ヴィエラは彼女──レナリアが苦手だった。

 何せ物理的にも精神的にもヴィエラを振り回すことが出来るからだ。


 あの裏表のない素直さは魅力だと分かってはいるが、如何せんエネルギーに溢れすぎている。


 ヴィエラは「ロアンを預けるのが不安だわ」と思いはしたが、今は『訓練中』だ。訓練生扱いであるヴィエラに上の決定を覆す力はない。

 精々ロアンが倒れないよう、こまめに視線を送るしか出来ることはなさそうだった。


 そして無事一周走り終えたロアンが必死に息を整える中、ヴィエラが三周走って戻って来ると、既にレナリアとカイラスはロアンの前に立っていた。


「よぉーし! それじゃあ早速ストレッチから始めるわよ! まずは屈伸運動から! はい、アタシの真似をして! いっち、にー!」

「いっち、にー!」

「声のデカさまでマネしなくていいからな」

「……やっぱり不安だわ」


 思わず呟いたヴィエラに頷いたのは、その場にいた兵士全員と、グラディアス公爵家一行だった。



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