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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
33/52

辺境の訓練


 ──薬草はあるのに薬はない。


 レオニスから告げられた衝撃の事実に、ロアンは初めて言葉を失った。

 喉に何かつかえているような気もするのに、それが言葉となって出てこない。ただハクハクと、何度も口を開けては閉じる。その素直な様子に、レオニスは安心させるように笑んだ。


「驚いたか、坊主」

「は、はい……ごめんなさい……ぼく、なにもしらなくて……」

「気にするな。お前さんみたいな子供が知らないのは当然だし、薬を売ると決めたのは俺達だ。謝る必要はない」


 レオニスはそう言うと、アルノアへと視線を向けた。


「アルノア。ちょいと早いが、先に兵共の様子を見ていくか?」

「……そうだな。ロアンも、見るのが怖いかもしれないが、ちゃんと見ておきなさい。グラディアス公爵家にいる兵士と何が違うのか、一目で分かるからな」


 アルノアもレオニスも子供に優しいが、それでも『見せるべきものは隠さず見せるべきだ』という考えの持ち主でもある。

 そして既に『兵とはどういう存在か』を知っているグラディアス家の子供達は、気遣うようにロアンへと視線を向けた。


「ロアン。お前はグラディアス家の騎士でも見習いでもない。だから『無理だ』と思った時は無理するな」

「僕も隣にいるから、もしもの時は後ろに隠れてもいいからね」

「は、はい……」


 あのイリアスが真剣な表情でロアンに『無理はするな』と説き、エルディオンは『隠れてもいい』と口にする。

 二人がここまで心配する理由がこの先にあるのかと思えば恐ろしかったが、同時に『それを知る必要があるから止めないのだろう』ということも伝わった。


 ロアンは体を固くしつつも砦の中庭部分にあたる訓練場へと向かい──凄まじい光景を目にした。


「負傷した者は後方へと下がれ! 第三班! 前へ!」

「負傷者はこちらへ!」

「応急処置、始めます!」

「体勢を崩すな! 攻め込まれるぞ!」

「押し込め! 好機を逃すな!」

「頭を叩け! 一兵卒など気にするな!」


 本当にただの訓練なのかと疑ってしまうほど、緊迫した空気と怒号が飛び交っている。そして負傷した兵士は二人掛りで抱えられ、医療班のテントへと連れ込まれて行った。


「今日はお前さんたちが来る日だったからな。敵と味方に分かれて陣地を取り合う訓練をしていたんだ」

「相変わらず訓練とは思えない気迫だな」

「本気でやらないと戦場で動けなくなるからな」


 軍人であるアルノアとレオニスは淡々と言葉を交わすが、ロアンは初めて──疑似的ではあるが『戦場』を目にしたため、どこを見ていいのか分からずにうろたえる。


 何せ『訓練』とは思えないほど兵士達の戦いは血気迫っている。互いに一歩も引こうとしないのだ。

 むしろ敵側と思わしき赤い布を腕に巻いた人々は、鎧を纏った兵士に向かって「殺せ!」「死ね!」と荒々しく叫び続けている。

 その血走った目や飛び交う殺意と怒号に、ロアンの体は耐えきれなかったようによろめいた。


「ロアン様!」

「ロアン!」


 咄嗟にその体を支えたのは、ヴィエラの後ろに控えていた二人の侍女だった。ロアンは「ありがとうございます……」と囁くように告げた後、そのまま座り込んでしまう。


「ロアン、気分が悪いなら下がりなさい。お前達、ロアンを──」

「大丈夫です。ただ……どうしたらいいのか、わからなくて……」


 座り込み、膝を抱えたロアンは戸惑った様子で戦場を見つめる。


 兵士の動きに合わせて舞う砂が砂塵となって視界を覆う中、それでも戦闘訓練は続いている。その後方では医療班が忙しなく動き、新人相手に「遅い!」「もたもたするな!」と声を荒げながら手を動かしていた。


「……ヴィエラ様」

「なに?」

「ヴィエラ様たちも……グラディアス家の兵士たちも、みんな、こういう風にたたかうんですか?」

「さすがにここまで苛烈な訓練ではないけれど……。そうね。私達は、国を守る兵士は、皆こうやって戦い、国民を、国を守るのよ」


 ヴィエラも三歳から剣術を習い始めた。センスがいいと褒められたヴィエラではあるが、その訓練はやはり厳しく辛いものがある。

 それでも本格的な陣地合戦はしたことがなく、ヴィエラにとっても今回の訓練は初めて目にする『疑似的な戦場』であった。


「ロアンはまだ見たことがないかもしれないけど、グラディアス家には女性の兵士もいる。彼女たちもこうして、戦争が起きた場合は戦地に赴くことになるだろうね」

「流石にヴィエラは参加させられないけどな」


 いつものように補足を入れたのはエルディオンとイリアスだ。そしてロアンはイリアスが口にした「ヴィエラは参加させられない」という台詞に、不謹慎ながらも安堵した。


「よかった……。ヴィエラ様はあぶないめにあわないんですね」

「バカね。実際の戦場に行くことはなくても、私は公爵家の娘として無関係ではいられないわ。いずれ参加する日がくるでしょう」

「そんな!」


 まるで『裏切られた』と言わんばかりに顔を上げたロアンに、ヴィエラはもう一度「バカね」と告げる。


「一言で『戦場』と言っても、全員が前線に立つわけではないわ。だから安心しなさい」

「そ、うですか……。それなら、いいけど……」


 再びしょんぼりと肩を落として膝を抱えたロアンだったが、その視線は激しい戦いと指示を繰り返し兵士ではなく、忙しなく動き回る医療班へと向けられていた。



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