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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-領地編-
32/52

辺境の地


 砦と言えど中には休憩室もあれば談話室もある。レオニスは一行を談話室へと案内すると、机の上に置いていた封書を掲げた。


「世間話もしたいところだが、まずはこの話がしたい」


 そう言ってレオニスが長机にポイッと投げたのは、王家の紋章が押印された手紙だった。封は既に開けられている。中身の確認は済んでいると分かったが、相変わらずの態度にアルノアは顔を顰めた。


「レオニス。セラフィアもいるんだ。もう少し配慮してくれ」

「ああ、すまんすまん。夫人はともかく、今の“王様”ってやつはどーもいけ好かなくてなぁ」

「レオニス」


 現国王である『セリオス・ラディウス・エルドリアス』はセラフィアの弟だ。腹違いではあるものの、決して仲が悪いわけではない。だからこそアルノアが注意するが、セラフィアは手を翳して「構わないわ」と伝えた。


「セリオスのことをどう思おうと、個人の自由よ。私が口出しすることではないわ。それに、レオニス卿がそう判断したのであれば、それに至る理由があったのでしょう。だからあなたが気にすることではないわ」


 最後はアルノアに向けた言葉ではあったが、レオニスの無礼も、アルノアの気遣いも全て形よくまとめ切った器量は流石としか言いようがない。

 アルノアは「すまない」と小声で謝罪し、レオニスも「そう言ってくれると助かる」と笑みを浮かべた。


「それじゃあ話を戻すぞ。枯死虫が王都近辺で発生したそうだな。対策はどうなっている」

「現状大きな被害は出ていないが、やはり幾つかの町では発見された。ここ数日の間にも複数の領で畑と果樹園を焼いたと報告が上がっている」


 例え馬車での移動中であろうと、軍務を司る公爵家には必ず報告が上がって来る。その役目は主に伝達兵だが、時には右腕であるオットーが書状を持って来る時もある。それほど今回の『枯死虫発生』は大きな出来事だった。

 だが発見者本人はキョトンとしており、事態の重さを理解していなかった。


「そうか。幸い、西部では今のところ枯死虫は見つかっていない。警戒は怠らないがな。とは言ってもなぁ、そもそも西部にはあまり枯死虫が発生しないからなぁ」

「え? どうしてですか?」


 思わず、と言った様子で呟いたレオニスに対し、真っ先に反応したのは『枯死虫の第一発見者』であるロアンだった。


「ん? おお、そうか。坊主が知らないのは当然だな。よし、教えてやろう。坊主、ちょっとこっちに来い」

「はい!」


 ソファーから立ち上がり、ロアンは駆け足でレオニスの元に向かう。そんなロアンにレオニスは笑みを向けた後、軽々とその体を抱き上げた。


「うわあ?!」

「ははは! どうだ? 高いだろう。ほら、このままこっちの窓から向こうを見てみろ」


 そう言ってレオニスが指さしたのは、果てまで続いているように見える荒野だった。


「ここは作物が育ちにくくてなぁ。ああした雑草ぐらいしかないんだ。つまり、やつらのエサになるものがない。ゼロじゃあないがな。ただ、畑や民家があるのは水辺だけだ」

「お水、あるんですか?」

「おお、あるぞ。ここからは見えないがな。ここは砦だから、町とはちょっと離れてるんだ」


 レオニスはロアンを抱えたまま荒野の端に指先を向ける。


「町には山から続く川が流れている。その川沿いに作物を育てていてな。そこで一緒に育てているのが『薬草』だ」

「ヤクソウ?」

「そうだ。薬の元になる植物のことだ。それには枯死虫が食いつかなくてな。だから西部は今までも被害にあったことが殆どない」


 セラフィアも王城で学んだから知っている。西部は最も過酷な土地ではあるが、それゆえか枯死虫の被害は最も少ない。またこの地でしか生息しない植物もあるため、資源に乏しくとも切り捨てることが出来ないのだ。


「じゃあ、西部にはお薬がいっぱいあるんですね」

「それがなぁ、そうでもないんだ」


 レオニスは苦笑いを浮かべると、ロアンをソファーへと下ろす。


「坊主。お前さん、砦がどんなところか知ってるか?」

「はい! ヴィエラ様から『テキのシンニュウを食い止める場所』だ、って聞きました!」

「そうだ。小さな姫さんも、しっかり勉強してて偉いな。それじゃあ『敵の侵入を食い止める』には何が必要だ?」

「えっと……兵士、さん? ですか?」


 沢山の人間が攻めてきたら、建物だけで食い止めるのは流石に難しい。幾らこの砦が『城』のようであっても登ってきたり、壊されたらひとたまりもない。

 ならばやはり必要なのは『兵士』なのではないか。そう答えたロアンに、レオニスは「正解だ!」と言って笑みを向けた。


「お前さんは賢いなぁ! だがな、兵士にも必要なものがある。それが何か、分かるか?」

「兵士さんに必要なもの……。うん、と……ブキ、ですか?」

「ああ。間違いじゃない。だが武器よりももっと大事なものだ。必要不可欠、とも言えるな。分かるか?」


 武を司るグラディアス公爵家に身を寄せているからこそ『武器』という単語が出てきたロアンだったが、もっと必要なものがあると言う。しかも不可欠であると言われるものは何なのか。

 必死に頭を巡らせ、出てきたのは『アイゼンヴァルト伯爵家』のことだった。


「お金……が、必要になるもので、兵士さんにいるもの……だから……あ! ごはん! です!」

「正解だ! よく分かったなあ! 偉いぞぉ!」


 レオニスは「よく出来た!」とロアンの頭を撫で回す。

 ロアンもイリアスから聞いた『装備はもちろん、食事も満足に調達できなくなる』という説明を覚えていなければ辿りつけなかった答えだ。だからこそ「イリアス様が教えてくれました!」とレオニスだけでなくイリアスにも笑顔を向ければ、イリアスは「よせやい」と顔を背け、レオニスは「そうかそうか」と頷いた。


 だがレオニスはすぐに表情と声を落とし、まだ『何も知らない』ロアンに迷いなく告げた。


「俺達はな、金を稼ぐために薬草を売る。だから、殆ど手元に残らないんだ」

「え」


 それは、ロアンにとって初めて『辺境で生きることの厳しさ』を突き付けられた瞬間だった。



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