上に立つ者の責任
一方その頃。目立つ容姿を持つため、視察を控えていたセラフィアは『枯死虫』を発見したことを国王に報告すべく、現時点で分かっていることを纏めていた。
「公爵夫人。誠に申し訳ございません。私の管理が甘かったばかりに……」
「お前のせいではないわ、伯爵。今回は運が悪く、また同時に良かっただけよ」
枯死虫が庭で発生したことは運が悪かった。だが同時に早期発見が出来た。これは大きい。
そしてそれを発見した少年が今回同行していたことは、伯爵にとって間違いなく『運のいい』出来事であった。
「ヴィエラの我儘だと一蹴せず、ロアンを連れて来て本当によかったわ」
「まことに。あの幼子がいなければ我が領だけでなく、数多の土地で死者が出ていたことでしょう」
アイゼンヴァルト伯爵が言うことは最もだ。
もしここから枯死虫が大量発生した場合、王都、西部、南部は間違いなく打撃を受けることになる。
特に南部は国民の命を培う『穀倉地帯』だ。ここを食われでもしたら何人の死者が出たことか。想像するだけでも恐ろしい。
「昔、王城で記録を見たわ。五十年ほど前に南部の作物が八割は食いつくされた、と。その時の死者は数万人にも及んだそうよ」
「……まことに、申し訳ございません」
深く頭を下げる伯爵の心中はいかほどか。セラフィアは思わず目を伏せる。
元王女として、セラフィアは『国民を統べる者』としての教育を受けている。
当時の記録は今ほど正確ではなかったため、あくまでも『おおよその被害』でしかなかったが、それでも王国の三割以上の人が亡くなっていた。これには飢饉以外の流行り病なども関係しているが、因果関係がないとも言い切れない。
セラフィアもアイゼンヴァルト伯爵も、改めてロアンが早期発見してくれたことに感謝した。
「お前を責めるつもりで言ったわけではないわ。そうならなくてよかったわね、という話よ。それから、陛下には私から報告するわ。お前は急ぎ周辺地域にこのことを伝達し、枯死虫が発生していないか調査して頂戴」
既に自治領には昨日の時点で馬や兵士を走らせていたが、隣接する領地には伝達が出来ていない。枯死虫は一度発生すると一気に増えるため、早めの対策が必要だった。
だからこそ促したセラフィアに、伯爵は「すぐに馬を走らせます」と深く頷いた。
「ああ、そうだわ。話は変わるけど、調べていた庭師のことはどうだったの?」
本来であれば、庭に枯死虫が発生することはない。庭師が毎日様子を見ているからだ。
だがここ一週間ほど伯爵邸に庭師は来ていない。元々体調不良で出勤出来ない連絡は来ていたが、詳しい病状は誰も知らなかったのだ。そのため伯爵は至急人を遅らせ、調査していた。
「はっ。体調不良のため暫く休養することは聞き及んでおりましたが、改めて調査したところ、庭師が罹患していたのは『吐き下し』でございました」
「あら。それは大変ね。長く休んでいるみたいだけど、そこまで酷い状態なの?」
『吐き下し』とは、嘔吐と下痢を繰り返す厄介な病だ。原因は様々だが、夏前は特に起こりやすい。
庭師という職業柄、土に触れることも多く、食事の時間も不規則になりがちだ。常温で置いていた食事が当たった可能性はある。
だがそれ以外の理由、何かしらの『感染病』であった場合は注意しなくてはいけない。吐き下しは感染力が強く、酷いと町民全員が罹患することもあるからだ。
現に庭師の妻と息子も同じ病に罹っているらしく、被害拡大を防ごうと伯爵邸に赴くことを自粛しているようだった。
「本人と息子は一週間ほどで治ったそうですが、妻の容体が悪いと……」
「分かったわ。今回のことは様々な要因が重なったことであり、すべての責任をお前に負わせることはしません。だから庭師を不当に解雇しないようにね」
「このような状況にも関わらず、寛大なお言葉を賜り、感謝の念がつきません。今後はより一層、領内の衛生管理に気を配りたく存じます」
深く頭を下げる伯爵に労わるような笑みを向け、セラフィアは手紙をアルノアの右腕でもあるオットーに渡した。
「では、オットー。この報告書を陛下に届けてくれるかしら。本来なら今日の視察を任せるはずだったのに、悪いわね」
「とんでもございません。枯死虫の件も、病の件も、陛下へのご報告は欠かせないものでございますから。むしろ奥様のお手を煩わせてしまい、恐縮に存じます」
アイゼンヴァルトの次期伯爵としても、アルノアの右腕としても、オットーは申し訳ないと謝罪する。
だがセラフィアは鬼ではない。むしろ実直に、規則に則り働いてくれる二人を信頼していた。
「非常時にはそれなりの対応をするのが当然よ。私も今は公爵夫人ですもの。夫と家門を支えないとね」
「寛大なお言葉、ありがとうございます。それでは、行ってまいります」
オットーはアルノア公爵の右腕として顔が知られている。王城にも通っているため、すぐに報告書は届けられるだろう。
セラフィアは枯死虫と吐き下しに因果関係がないことを祈りつつ、今後の予定を変更する必要性も考え始めた。
一方、セラフィアが一人頭を悩ませているとは露知らず、子供たちは露店で購入した串焼きにかじりついていた。
「んいひいれふ!」
「こら。食べながら喋るんじゃないわよ。はしたないわよ」
「そういうお前は口の端にソースついてるけどな。痛え! スネを蹴るなんて卑怯だぞ!」
「レディに失礼なことを言ったのはお兄様が先でしょう!」
「はいはい。ケンカしない」
「セラフィアにも何か買って帰るか……」
高位貴族とは思えないほどその姿は市場に馴染んでいたと、ヴィエラ付きの侍女はそっとその日の日記に書き記した。




