除け者にされた少年
アイゼンヴァルト伯爵家は、グラディアス公爵家が信頼を寄せる由緒正しき直臣家門である。
邸宅は華美ではないが品があり、隅々まで整えられている。当然客室も埃一つなく、同じ伯爵家とは思えない差があった。
だがそんな『豪華さ』に免疫のないロアンはブルブルと小動物のように体を震わせ、ヴィエラに泣きついていた。
「部屋が豪華で怖がるなんて、どうしてそうなるのよ」
「だって、絨毯はフワフワだし、ベッドは大きいし、カーテンもこんなに大きくて厚くて、イスと机も大きくて、りっぱで、ソファーだってあるんですよ?!」
「まあ、客室として普通だと思うが……」
「ロアンは他家に行くこともないからね。知らないのも無理はない。でも、ストーンリッジ伯爵家にも客室はあるだろう? 入ったことはないのかい?」
身振り手振りで衝撃を表すロアンだが、エルディオンとイリアスは「普通のことだよな」と目を合わせている。それでもロアンの境遇と、ストーンリッジ伯爵という昇爵したばかりの家門を考えれば無理もない。
エルディオンは確認のため問いかけるが、ここで思いもよらない言葉が返ってきた。
「入ったことないです。……ぼくは、王都でも領地でも、お父様から『かってにウロウロするな』と言われて、お庭とダイニングと、自分の部屋以外はいけなかったので……」
エルディオンは「やってしまった」と目元を手で覆い、イリアスはそっと目下にいる妹に視線を向けた。
「へえ……。そうなの……。ストーンリッジ伯爵がそのようなことを……」
「うん……。あ! でもね! “屋根裏部屋”はたのしくて好きだったよ! クモが巣をつくるところを見られるんだ!」
それは喜ぶ所じゃないだろう! とエルディオンとイリアスは心の中で同時に突っ込んだが、無類の昆虫好きのロアンにとっては違う。
誰にも邪魔されることなく、芸術品を作り上げる作業を見つめることが出来るのだ。
父親に抑圧されていたロアンにとって“唯一の救い”とも“癒し”とも呼べる時間であり、拠り所でもあった。
だから本人は「楽しかった」と笑うことが出来るが、ヴィエラの瞳の奥にはしっかりと炎が燃え上がっていた。
「ほんっっとうに、聞けば聞くほど、お前の父親はろくでもないわね……!」
「お父様? うーん……あんまりお話しないからよくわかんないです……。目が合っても『こっちを見るな』と言われるし……」
イリアスは思わず「よくそんな親の元でこんな育ち方したよな」と兄のエルディオンに囁き、エルディオンも頷くことで同意を示した。
「でも、お父様にもいいところあるんですよ! ぼくが服とかクツとかをよごしてもいいように、いろんなもの用意してくれました!」
それは兄のお下がりだろう。とは口が裂けても突っ込めなかったが、三人の考えたことは同じだった。
伯爵に対する怒りはあるが、ヴィエラは何よりもそんな状況で育ってきたロアンが憐れになってくる。だからこそ手を伸ばし、出会った頃よりふっくらし始めた頬に手を当てた。
「お前、つらくはなかったの? そんな状況に置かれて」
「えっと……クローゼットの中に閉じ込められた時は、ちょっとこわかったですけど……。でも、クビにされちゃったけど、メアリ、って名前のメイドが、ぼくにこっそりお水とか、パンとかもってきてくれたから……大丈夫でした」
ヴィエラは喉の奥まで出かかった「大丈夫ではないでしょう」という言葉を必死に飲み込んだ。
そうでなければ必死にズボンのすそを握りしめ、恐怖を『なかったこと』にしようとしているロアンを傷つけるだけだと判断したからだ。
「……そう。お前は、強いのね。それから、メアリ、だったかしら。そのメイドはクビになったのね?」
「はい……。ぼくにお水とか、はこんでるのがバレちゃって……。お父さまがおこって……そのまま……」
「そう。メアリはどんな子だったの? 髪の色や、家名は覚えている?」
ヴィエラが何故クビにされたメイドを気に掛けるのか不思議に思いながらも、ロアンは「オレンジ色に見える茶色の髪の毛を、左右で三つ編みにしていた成人前の女性です」と話した。
「家名は分からないです。あとは、目の下から鼻のところにかけて、よこにこう……そばかすがありました」
「そう。そばかすを持つ、茶髪の女性ね。おそらくまだ十四、五歳でしょう。お兄様、お願いしていいかしら」
「分かったよ。今回は僕たちも全面的にバックアップしよう」
肩を竦めたエルディオンはすぐさま踵を返し、両親に与えられた客室へと向かう。
そしてヴィエラはロアンに「辛いことを思い出させたわね」と労わった。
「それから部屋は……一人で過ごすのがイヤなら、わたくしの部屋にいらっしゃい」
「は?! ダメに決まってるだろ! 五歳とはいえ男女だぞ?!」
「なによ! イリアスお兄様といっしょにしたら、ロアンがイジメられるわ! そんなの絶対にゆるさないんだから!」
「誰がイジメるか! そんな趣味も性根も持ってねえよ!」
喧々諤々と言い合う兄妹に、騒ぎを聞きつけた公爵夫妻が顔を出す。そして同時に溜息を吐き出し、元気な子供たちの頭に拳骨を落としたのだった。




