黒き災い
改めて公爵家の立ち位置、名前の意味を学んだ子供たちは、息抜きとして庭の散策に出ていた。
「アイゼンヴァルト伯爵って実直だけど、ちゃんと貴族の体面も保つよな」
「華やかとは言えないけど、清廉とした空気があるよね」
夏が目前ということもあり、日差しは日増しに強くなっている。そんな中花々は逞しく生命を謳歌し、自らを飾り立てていた。
だがその庭を『普通に』楽しむ面々とは異なる存在が、ここには一人いる。
誰もが先を歩くエルディオンとイリアスについて行く中、不意にしゃがみこんだロアンのために足を止めたのはヴィエラだけだった。
「ロアン? 何か見つけたの?」
「あ、ヴィエラ様。あのね、ここに黒くて小さな虫がいるなぁ、って思って。最初は土かな、汚れかな、って思ったんですけど、ちょっと動いたから……。それで、この虫なんですけど、もしかしたらこの花を食べてるのかな、って……」
「やだ! それ“枯死虫”じゃない! 花や木の栄養をうばって枯らす、悪い虫よ。一昔前は“黒き災い”と呼ばれていたほど、正真正銘の『害虫』だわ」
「そうなんですか?! コシチュウ……怖い虫だ……」
目を丸くするロアンとは対照的に、ヴィエラは侍女に目配せする。
「ひどい時は大量発生して、庭の植物をぜんぶ枯らしてしまうのよ。メイドでも使用人でもいいから、誰かに伝えてきてちょうだい」
「かしこまりました」
ヴィエラ付きの侍女がスッと離れ、庭の出入口に立っていた使用人に声を掛ける。報告を受けた使用人はギョッとし、慌てて邸宅内へと走った。
「よくやったわ、ロアン。お手柄じゃない」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。さっきも言ったけど、この虫は見つけた時にクジョしないと、大変なことになるの。見たところ他の花には問題なさそうだから、きっと雨上がりに発生したばかりなのでしょうね」
ヴィエラはそう言うとロアンの隣にしゃがみ、何かを探すように視線を彷徨わせた。
「やっぱりあったわ。ロアン、こっちの奥を見なさい。コシチュウがすでに食い荒らした花があるわ」
「あ! ほんとだ! 気づきませんでした……」
驚くロアンの視線の先には、土の中に埋もれるようにして食い荒らされた花が倒れている。虫食い、と呼ぶにはあまりにも悲惨な姿に、ロアンは思わず口元に手を当てた。
「ぼく、お庭でこんな虫見たことないです……」
「この虫は雨上がりに発生しやすい、と言われているの。あとは庭師の腕にもよるわね。伯爵がおろそかにするとは考えにくいけれど……」
貴族として庭を美しく保つのは義務でもあり、意地でもある。どれだけ美しい庭を保つことが出来るか、花を咲かせることが出来るのか。
要するに『財力』を見せつけるために一役買っているのだ。それを疎かにするのは貴族としても伯爵家としても褒められたことではない。
そもそも堅物のアイゼンヴァルト伯爵が庭を放置するとも考えにくい。恐らく偶然のことだろう。だが庭師の腕に問題がないとも言えない。
直臣家門の庭で発生したのであれば、なおのこと見過ごすことは出来ない。
「重要な家門は大切にしないとね。それに、いい機会だわ。ロアンの優秀さも売り込んでおきましょう」
「え? どういうことですか?」
「見てなさい。もう誰もお前を笑いものになんてさせないから」
「えっと、はい」
ヴィエラが自信満々なのはいつものことだ。そしてロアンも、いつも通り『興味があるもの』を観察していただけに過ぎない。
だがこの『枯死虫』の発見は伯爵家だけでなく、王国にとっても非常に重要なことであった。
何せコシチュウは花だけでなく、麦を始めとした穀物や野菜、果実も食べつくしてしまう雑食の悪虫なのだ。
また、繁殖期になると食いつくした植物や土の中に卵を産み落とし、そこから更に大量発生する。
だからこそ報告を受けた伯爵はすぐさま人員を投入するよう指示し、ヴィエラたちはやんわりと庭から邸宅内に戻るよう誘導された。
そして一時間と立たずに大量の人員が投入され、コシチュウの駆除作業が始まったのだった。




