王家の血筋
ヴィエラの発案により始まった『貴族の名前』についての講義は、少し枝を広げて『王族について』話すことになった。
「それじゃあ、ロアンが言ったように母上を例に出すとしよう。今の母上はグラディアス公爵家に嫁いできたから、王家の血を継いでいるけど“公爵家の人間”と判断されるんだ」
公爵家の女主人となったセラフィアは、今でこそ『セラフィア・ルファリエ・エルドリア・グラディアス』と名乗っているが、結婚する前は『セラフィア・ルファリエ・エルドリアス』という名前の王女だった。
「王家のミドルネームは“尊称”とも呼ばれていてね。王族以外に名乗ることが許されていないんだ」
「それも男女で違うから、間違えて覚えるなよ。めちゃくちゃ怒られるからな。色んな人に」
以前やらかしたことでもあるのか、イリアスが補足する。それに対しヴィエラは顔を顰めたが、ロアンたちは真剣な顔で頷いた。
「イリアスの話はともかくとして、王家の人たちは男性なら『ラディウス』、女性なら『ルファリエ』を継ぐことになっている。王家に嫁入り、婿入りしたら、その尊称を名乗ることを許されるんだ。だから現王妃殿下も『ルファリエ』を継いでいるんだよ」
「ここで気を付けなきゃいけないのが、王族が『臣籍降下』した場合だな。母上みたいに他家に嫁いだ時でも、尊称は引き継がれるんだ」
「ま、例外はあるけどね。平民になったとか、男爵家や子爵家といった家格の低い家門になったとか、そういう『血筋に釣り合わない』ことになったら尊称を名乗ることを禁じられるんだ」
何だかんだ言ってイリアスも公爵家の次男だ。よく学んでいる。
質問をしたロアンもふむふむと頷いており、フランとグランツも「そうだったのか」というような顔をして聞いていた。
「それで、ここからがまた大切なんだけど、王家の人間が親族……親や祖父母にいる場合だけ、子供たちにその“尊称の一部”を与えて、名乗ることが許されるんだ」
「要するに、自分たちは『王族の血筋ですよ』っていうアピールだな」
「じゃあ、ヴィエラ様たちにもあるんですか?」
丸い目を瞬かせながらロアンが尋ねれば、ヴィエラは誇らしげな顔をして頷く。
「そうよ。女性なら『ルファリエ』の頭文字を取った『ル』を、男性なら『ラディウス』の頭文字を取った『ラ』を名乗ることが許されるの」
「ただ、王族の血が入っていても、血縁的に『薄い』と思った時は敢えて『ロ』と名乗るんだ。父上のようにね」
「公爵様ですか?」
キョトンとした顔でアルノア公爵のことを思い浮かべるロアンは、本当に何も知らない。
だからこそ公爵家が『いかに雲の上の存在であるのか』も本当の意味では理解していない。本来であればロアンが話しかけてもいい立場の人間ではないのだ。
だからこそフランとグランツは「公爵家の人たちと軽々しく言葉を交わすなんて……」と厳格な祖父を思い出して若干引いていた。
だがそれを気にする公爵家ではない。変わらぬ態度で「そうだよ」と返している。
「父上の祖父が第五王子だったんだ」
「公爵家に婿入りしたんだと。で、この尊称を与えられるのは二親等までなんだ」
「毎回王家の血が組み込まれるわけじゃないからね。割と珍しいことなんだよ。公爵家に立て続けに王家の血が入るのは」
だからこそグラディアス公爵家はより一層高貴な家門として認知されるようになったのだが。
元より開国にも関わりのある、軍務を纏める重要な家門ではあったが、王家の血を濃く継いでいる親戚筋でもある。
故に『王家に最も近い家門』とも言われていた。
貴族であれば誰もが羨むような家門だ。そんな家門の人々に受け入れられていることを改めて学んだロアンは、ポカンと口を開けて「ほああ」と間の抜けた声をあげた。
「公爵家って、ほんとうにすごいんですね……」
「ええ、そうよ。だからお前もがんばりなさい。このわたくしが見つけてあげたんだから」
気後れしたかのようにもじもじと指先を遊ばせるロアンに、ヴィエラは楽し気に笑ってその柔らかい頬を人差し指で突く。途端にロアンは「うあぁ」と再び気の抜けるような声を出したが、嫌がることなく突かれるままだった。
「はい。それじゃあ名前についての話は終わり。皆、理解出来たかな?」
「はい! エルディオンお兄さま!」
「ちょっとむずかしかったですけど……がんばって覚えます」
フランとグランツはすぐに返事をしたが、ロアンはヴィエラに頬を突かれているため返事が出来ずにいた。
エルディオンはそんな妹の姿に苦笑いし、イリアスは呆れたように息を吐き出した。
「発案者が遊んでどうするんだよ」
「ヴィエラにとっては暇な内容だっただろうからね」
「だからってなぁ……。はあ。もういいや」
ソファーの背もたれに身を投げ出したイリアスの斜め向かいでは、ご機嫌な妹がロアンにちょっかいを掛け続けていた。
「フフ。お前の頬はつつき甲斐があるわね」
「むえぇ、なにも楽しくないよぉ~」
「フフフ。わたくしが楽しいからいいのよ」
「ひょんなぁ」
発案者だというのに、授業の内容がつまらなかったヴィエラはこうして地味に溜まったストレスを発散したのだった。




